お茶の時間
どうもお久しぶりです。
ほぼ2か月ぶりとなる更新ですが、定期更新は望めそうにありません。
神が絶対なる力を持つと仮定しよう。
この世界は完璧であるはずだ。
故に、この世界は絶対なる力を持つはずだ。
故に、他の理入り込む隙間など無いはずだ。
故に、この世界の最強の力は、奇跡でも、魔術でもない。
故に、この世界の最強の力は……
アイツとの戦いから、すでに数日が経過した。
僕の方はと言えば、いまだに打開策を見いだせずにいる。
「……最近悩んでるね」
「ん……まあ、ね」
ナクアにまで心配される始末だ。
これは大変よろしくない。
だけれど、考えても考えても、妙案なんて思い浮びやしない。
それどころか、考える分だけ思考が逸れて行くような錯覚さえ覚える。
「気分転換に、外行ってくるよ」
「あ、じゃあ、塩と……卵かな、買ってきてくれる?」
「……わかった」
仲間に、相棒に気を遣わせ続けるワケにはいかない。
早いところ何とかしないと……。
街の喧騒の中へ身を躍らせると、瞬く間にその喧騒は僕を仲間として組み込んだ。
これを見て、人は増えすぎたと言う人がいたのを思い出したが、そうではない。
――――人が集まりすぎてるだけだ。
ナクアの話では、この街は数年前までは活気も何もないただの閑静なところだったらしい。
フォマルティアの都市侵攻によって、住む所を失った人々の受け入れを行ううちに、こんなにも人が集まるようになったのだとか。
改めて、この街を見回してみた。
高層建造物はいくらでも見当たる――そもそも、今の世の中で高層建造物はどこにでも当たり前のように存在するのだが――が、その中で真新しいデザインのビルはほとんど見当たらない。
リフォームか何かを行って、外観は綺麗になっても、旧世代のデザインを振りほどくことができずにいるのがほとんどだ。
新たな建設計画はそこそこに進行しているらしいが、どれもこれも、完成には程遠い。
どんなに新しくても、着工し始めたのがつい1年前、というのがせいぜいだ。
完成にはもうしばらくかかるだろう。
こうして見ると、この街はまだ始まったばかりの街だ。
――――しかし、こういうことはわかるのに、なんで自分のことは思い出せないかな……僕。
「……あ、ナクアからおつかい頼まれてたっけ」
工事現場で忙しなく働く建工機――資材と設計図さえ与えれば、人間が何もせずとも自動で工事を行う機械のこと――を視界から外し、市場の方へと足を向けた。
――――その道中
「ありゃ、レイトだ」
思えば、看病してもらってから一度も会っていなかった友人と遭遇してしまった。
「あ、リアだ」
「やー、偶然というものは恐ろしいですなあ。運命とか感じちゃう?」
「感じる感じる」
「何その生返事ー。心がこもってないぞー…………と、まあいいや。さっそく、連絡してくれなかった言い訳を伺いましょうかな?」
…………そういえば、僕の情報素子にはリアのアドレスが登録されている。
この間の戦いですっかり忘れていた。
「さあ、聞くも涙、語るも涙の感動的な言い訳を!」
「べ、別にそういうのはないよ。ただ、その……忘れてたと言いますか」
「ま、理由なんてどうでもいいんだけどねー」
どうでもいいのか、理由。
「連絡してこないから、さみしかったな、って。それだけ」
「そんなさみしいなら、そっちから連絡してくれればいいのに」
「やー、実をいうと、レイトのに私のアドレス入れたはいいのですが、肝心の私の方にレイトのアドレスを入れそこないまして…………」
やはは、とばつの悪そうな表情を浮かべながら、頭を掻いてみせる。
「ま、それはともかく、今ヒマですかな?」
「あー……うん、まあね」
ナクアからおつかいを頼まれているとはいえ、今の僕は充分暇人の仲間だろう。
「じゃ、この間言ってた『何かおごってもらう約束』、実行してもらいますヨ」
「げ、今?」
「いまいま」
財布の中身にある程度余裕があるとはいえ、そこまで高いものは無理だ。
「ダイジョーブ。レイトの財布に合わせて、安いところにしときますですヨ」
…………不安だ。不安すぎる。
「ささ、善は急げといいます。参りましょー!」
リアは僕の手をつかむと、無理やり引っ張ってゆく。
ここで抵抗もできるが、無理に振りほどいたりなんかした日には……
『う……ぐす、ひどいよレイト……。私に、飽きちゃったの?』
とか言いながら往来のど真ん中で嘘泣きしてくれるに違いない。
そいつは僕にとって社会的によろしくない。
あきらめて、おとなしくついていくのが得策だろう。
「どこまで行くのさ?」
とは言え、こちらは目的地も何も聞かされていない状況だ。
せめて何をおごらされるのか、くらいは知っておきたい。
「いーいトコだよ」
建設途上の新都市部から、大通りへ。
大通りから、少し人通りの少ない商店街へ。
商店街を抜けて、裏路地の中、喫茶店らしき店の前まで来てようやくリアは足を止めてくれた。
「うん、ここだよ」
アンティークなデザインの店だった。
まず印象的なのは、目で見えるくらいの隙間がある自動ドア。一般的な強化樹脂製でなく、ガラス製だった。
今時こんなドアをしつらえてある店なんて、そうはない。
看板もディスプレイを使わず、手書きだ。
疑似的に見せる技術はいくらでもあるというのに、この店は何もかもが本物のアンティーク製品を用いていた。
「本物……だよね。ここにあるの」
「うん、そだよ。ちょっと触ってみる?」
リアが看板を軽くたたくと、間の抜けた乾いた音がする。
自分も続いて触ってみるが、確かに実体がある。
「回顧主義者ってやつかな。ここの店長やたらと昔のモノ集めたがるんだよねー」
科学の進歩した現代で、あえて昔のモノを扱う。
その美学はわからないでもない。
「ま、立ち話も何だし、入ろっか」
リアがボタンを押して、自動ドアを開く。
元々そういうものなのか、はたまた老朽化が原因か、好意的に見てもスムーズとは言い難い開き方だった。
「あ、うん」
リアに導かれるまま、店の中に入る。
そこには送力線から採った光でなく、蛍光灯の光が待ち構えていた。
「ん……ああ、リアちゃんか。いらっしゃい。今日もかわいいね」
なんだか眠そうな顔をしたおじさんが出迎えてくれる。
この人が店長……だろうか。
「やはは、そのお世辞、もう聞き飽きましたですヨ。マスター」
「お世辞じゃないさ…………って、あれ? 今日1人じゃないの?」
今更のように僕に気付いた店長が視線を投げかけてくる。
「ど、どうも……」
「リアちゃんの友達? カレシ?」
「カレシカレシ」
「ちょ、ちょっとー!?」
ドサクサまぎれに何てこと言いやがりますかこの娘は!?
「だめ?」
美少女の上目づかい+媚びるポーズ。
かなり効く組み合わせ――――だが、リアの人となりを多少なりとでも知っている僕には通用しない。
「ダメ」
「やはは……ここまで力強く否定されるとさすがに自信なくしますネ」
「いや、そんなつもりじゃ……」
「では、どういうおつもりだったのですかな?」
「う…………」
答えに窮する。
いや、まあ答えなんてもう『好きな人がいるから』で決定なんだけど、実際に言ってしまうとほぼ確実に、いや間違いなく、「誰それ?」って話題になっちゃうし……。
「あーあ、フラれちゃうなんて、かわいそうなリアりん…………ここはヤケ食いしかありませんな、レイトのおごりで」
勝手に自己完結してくれて何より…………って!
「フラれた相手にたかるのって、どうなの?」
いや、約束はしたからおごるけど、この流れはどうなんだ!?
「えー、いいんじゃん。それとこれとは話が別だし」
「…………あー、ゴホンゴホン!」
店長がわざとらしい咳払いをするので、何とはなしに会話が中断される。
「2名様、禁煙席ですね。こちらの奥の席へどうぞ」
まるで僕らを追いやるように、店の奥へと誘導してくれる。
いや、実際追いやりたい状態だったんだろうね、うん。
席に着くと、即座にマスターがメニューとお冷、おしぼりをセットで持ってきた。
えらく対応が早いな、と思って見回してみれば、僕ら以外の客はゼロだった。
「ここって、いつもこんななの?」
「え。ああ、うん、そだね。常連客は来るけど、それ以外はさっぱり。
まー、一等地からはずいぶん外れてますしネ」
確かに、駅から遠い、入り組んだ場所にある、など悪条件ばっかりがそろった店だろう。
「そんなんでやっていけるもんなの?」
「うん。この店、本格営業は夕方から夜だから」
「夕方から、夜?」
なんでまたそんな時間に?
「箱入り息子のレイトにはわかりませんかな? 飲んだくれ通りなのですヨ、この辺」
「ああ……」
つまりは本業が居酒屋ってワケだ。
「さてと、マスターもお待ちかねだし、早いとこ注文決めちゃおっか」
リアがメニュー冊子を2冊まとめて手に取る。
片一方は僕の方に差し出される。
「♪ 何たのもっかな~」
暖かい笑顔を浮かべながら、メニューを眺めるリア。
普段はあまり気にしていないけれど、こういう表情を見せられると否が応にも『かわいい女の子』であることを意識させられてしまう。
「うん、これかな。そっちは?」
「え?」
「注文、何にするの?」
「え、あー……リアと同じのでいいよ」
何分、この店に来るのは初めてだ。
ここはオススメをいただいておくのは無難なチョイスだろう。
「そう? んじゃ、マースター! 注文」
リアが手にかけたのは、古めかしいテーブルベル。
回顧主義もここまで来るとただの時代錯誤だろう。
歴史ありそうなテーブルベル、リアは歴史なんぞ知ったことかと言わんばかりに作法お構いなしにぶん回す…………なんてことはなく、お上品に、涼やかに、ベルを鳴らす。
もっとも、口から洩れている大声で全部台無しだが。
しばらくして眠そうな顔をした例の店長がカウンターの方からやってくる。
「ミルクティーとマロンショート2つずつね」
「はいはい、ちょっと待っててね」
いそいそ、という効果音が似合いそうな動作で厨房へと去ってゆく店長を横目で見送ってから、リアが僕の方へ向き直る。
「さて、と。何か悩んでるみたいだから、相談に乗ってあげてもいいよ?」
「な!?」
そんなそぶりは見せなかったつもりだけれど、図星ど真ん中を突かれたせいで、うろたえるしかない。
「フッフッフ、リアりんに隠し事など通用しないのだよ。これでも、いろんな人を『視て』きたつもりだからねー」
…………確かに、今まで彼女がまともな人生を送ってきていたとは考えづらい。
彼女ぐらいの年齢なら、学校に行っているのが普通だろうに――それを言ったら自分もだが――、なぜかこんな平日の昼間からぶらぶらしているし、その割には、ちゃんとした家も持っているみたいだし。
もっとも、彼女がスネかじりならその限りではないが……バイトをしている以上、そこまで酷いものでもないのだろう。
僕は今更のように、『エリアリーネ』という存在は謎だらけであることに気づかされる。
「それで、何の悩み? 好きな娘について?」
「……んー、それもあるけど、違うよ」
好きな娘を守るための方法、だ。
「――――へー、レイトって好きな娘いたんだ」
心底意外そうな顔をされる。心外だ。
「まあね」
「うまくいってないの? その相手と」
「いや、そうじゃないよ。いたって良好」
「じゃ、別件の方が重要なワケだ」
「そういうこと」
とはいえ、何と言ったものか……。
「レイトの好きな娘が誰なのかは気になりますが……ここはぐっと我慢! 悩みを聞いてからですヨ!
ささ、いざ尋常にお悩みを話しなされい!」
興味津々、と言った風に瞳をきらめかせながら訊ねてくる。
正直、どう言えば当たり障りがないか、わからない。
「……あー、もしかして言いづらいこと?」
「うん、まあね…………その……じゃ、じゃあたとえで言うよ。
ケンカで『自分より装備が充実している相手』に勝つためにはどうすればいいかな?」
たとえでもなんでもない。これが真実なんだけど。
「…………ふむ、つまるところ、好きな娘に告白しようにも、彼女の知り合いには自分より顔の良いイケメンがいる、と。そう言うことですかな?」
「ちょ、ちょっとー! それとは違うって言ったよね!?」
「焦って否定するところがアヤシイですなあ」
「だーかーらー!」
「やはは、怒らない怒らない。ほら、お冷でも飲んで落ち着いて」
……まったく、調子のいい女の子だ。
僕はコップに溜まった水を一気に飲み干す。
「おおー、いい飲みっぷり」
「――――どうも。それで、相談に乗ってくれるの?」
「もちのろんでさあ、あたぼーよ。単純にケンカに勝つんだったら、手段は選んでられないけど…………この悩み、こだわる?」
「とりあえずはこだわらない方針で」
「そう。じゃあ挙げられるのは『不意打ち』ですヨ。どんな人間でも、不意を突かれたらどうしようもないですからネ。そう、恋のライバルの与り知らぬところで彼女の好感度を高めるのだ!」
「だから違うって!」
「やはは、実際ケンカで使うんなら、背後からの攻撃か、暗器だよね。特に暗器はヤバいよー。唐辛子スプレーなんかを顔面に被った日には大変なこと大変なこと」
「食らったことあるの!?」
「え? あるワケないじゃん。何年前の技術だと思ってるの?」
いや、そうだけどさ……。
今や護身用のアイテムは半物棒と障壁機――バリアを発生させる装置のこと。数秒間、身体の表面に与えられる運動エネルギーを軽減することができる――が一般的だ。
唐辛子スプレーなんてとうの昔にすたれてしまっている。
「でも実際、食らったらやばいですヨ、唐辛子スプレー。バリアじゃ防げないですからネ」
「確かに……」
……バリアじゃ、防げない? どんなに硬くても、意味がない?
「特に目に入った時がヤバいらしいよー。こう…………こう………………なんだろうね?」
「や、僕に訊かれても……」
「ですよねー」
そりゃあ、食らったことも、使ったこともないんだろう。わかるワケないって。
「とにかく、意外性が必要なんじゃない? 何に悩んでるかは知らないけど、スペックが足りないなら」
意外性……か。
「…………ありがと。何か参考になった気がする」
「どういたしまして、だよ」
「――――ご注文の、マロンショートと、ミルクティーでございます」
タイミングを見計らったように――いや、実際計っていたのかもしれないが――店長が僕らの間に割込み、ケーキを置く。
さっきヤケ食いとか言ってた割には、ずいぶん控えめなサイズだ。
「ごゆっくりどうぞ……」
わざとらしい動作で一礼すると、店長はそそくさという効果音が似合いそうな挙動でカウンターの方に戻って行った。
「それじゃ、今度は私の相談。――――聞いてくれるよね?」
「まあ、僕でよければ」
ここでゴネるのもアレだし……。
「おっ、さすがレイト。話がわかるねー」
リアは嬉しそうに顔をほころばせると、一拍置いて真剣な表情に引き締める。
「大好きな友達と、どうしてもケンカしなきゃいけなくなったら、レイトはどうする?」
「え? えっと……?」
戸惑う僕をよそに、リア本人はケーキに手を付けていた。
さっきまでの真剣な表情はどこ行ったんだよ?
「やはは、そんなかしこまらないでよ。レイトと一緒でたとえ話だから」
「は……はあ……」
へらへらと笑うリア。
真剣さはもう微塵も残っていないらしい。
「それで、どうすればいいと思う?」
…………と、言われても。
友達とケンカ……かあ。
僕は自分がナクアとケンカしてる様を想像しようとしてみるが…………。
ダメだった。彼女が本気で怒ったら何しても勝てない。
問答無用で殺してしまうだろう。
ほかに誰か…………記憶にあるケンカしそうな友達は――――。
ふと、頭の隅を何かが横切った。
記憶……女の子の記憶だ。5歳くらいだろうか。まだまだ背が低い。
対する自分の視点も低い。
つまり、これは過去の記憶。
『…………くんがわたしのケーキ取ったから悪いんだもん』
半物棒でポカポカ殴ってくるその少女が誰かは思い出せないけれど、僕の大事な人であることだけは、なんとなくわかった。
僕も、やられてばかりではなく、応戦しようとはするものの、装備の差が大きすぎる。
体格差でごり押ししようと半物棒を掴み取ろうとしても、掴み取る度に物質化を解除され、再展開される。
…………結局、ケンカは僕が一方的に殴られて負けていた。
ケンカにおける装備の差が重要だっていうのは、この時から学んでいたんじゃないか、僕。
それはともかく。ケンカの後の彼女はなんだかんだ言ってすっきりした表情してたような気がする。
たまったフラストレーションは抑え込むより発散させればいいってことだろうね。うん。
「……とりあえず、気が済むまで殴り合えばいいんじゃない? ケンカってことは、お互いにイラついてるってこと、だよね?」
「お、体育会系のコメントだね。でも、できることなら殴り合いまで発展させたくないんだよねー」
「ま、まあ、そうだよね……」
そりゃあ、友人と殴り合うのが嫌だからどうすればいい? という質問に対する答えに、これは不適切だっただろう。
「それに、殴ってわかり合えるとも限らないからね…………」
少しさみしそうな瞳で、天井の蛍光灯に目をやるリア。
その姿が、一瞬だけ、人生に疲れ切った老人のように……見えた。
「リアりんたち、まだ大人じゃないけど、もう子供でもないからね。殴りあえば、殴りあっただけ、逆に溝が深まっちゃいそう……」
そうか、と僕は納得する。
自分たちは正しい判断ができる大人じゃない。
けれども、間違いを許してもらえる子供でも、なくなっている。
一歩間違えれば闇に沈んでしまいそうなのに、道しるべがないんだ――――。
「でも、殴りあってみるのも、アリなのかな……」
「こらこら」
「ほら、よく言うじゃない? 『やらないで後悔するより、やって後悔した方がいい』って」
「いやいやいや! 何で殴りあうってことで話が進んでんの!?」
「ふ、倒れるなら前のめりだぜ!」
「何か違くない? それ」
「まあ、そうだよね…………殴りあわないですむ方法、無いかなー……」
「思いっきり言葉をぶつけあうとか?」
さっきと根本的に変わってないような気がするけど……。
「またまた体育会系。レイトって結構過激だね」
「そうかな?」
「うん、そうだよ」
リアは薄く笑みを浮かべると、残った一片のケーキを口に運ぶ。
「……でもありがと。なんとなく吹っ切れたかも?」
「何故に疑問形」
「やっはっは。気にしちゃだめですぞー」
へらへらしているかと思えば、突然真剣になったり、その逆もあったり。
リアって、一緒にいて退屈はしないけど、疲れるな。
「それじゃ、そろそろ帰る?」
ケーキもお茶も、すでになくなっている。
話もちょうどいい頃合いだし、このあたりで切り上げるのがベターな選択だろう。
「うん、そだね」
2人で荷物をまとめて、僕は財布もスタンバイしながら、カウンターへ向かう。
「じゃ、また来てね。リアちゃんと金づる君」
「金づるじゃないです!」
勘定を済ませた時のマスターの冗談に反論しつつ、僕たちは店を後にした。
「その、今日はありがとね。おかげで助かっちゃいましたですヨ」
照れ隠しのためか、おちゃらけながらお礼を伝えてくれる。
「まあ、こっちも助けられたよ。うん、今日のところはお互い様、ってことで」
「そう? じゃあ……もいっかいおごってくれるのですかな?」
「いやそれはないけど」
「ちぇー。ケチ。サービス精神が足りないぞ、ボーイ」と以前聞いたようなセリフを吐きながらも、おとなしく引き下がってくれるあたり、素直な子だと思う。
「じゃ、リアりんはそろそろバイトの時間だから、ここでお別れだねー」
「あ、そうなんだ」
と、返事を返した頃にはすでに彼女は人ごみにタックルを仕掛けていた。
あのバイタリティはどこから来るんだろう……?
「…………元気なのはいいことなんだけどね……」
「――――何が、いいこと?」
「うわぁっ!?」
いきなり後ろから声をかけられて、頓狂な声を上げてしまう。
「…………な、ナクア……」
振り向くと、そこには家で待っているはずのナクアがいた。