重力に引かれる者
僕と言う人間はつくづく落下と言うものに縁があるらしい。
きっと今ならどんな絶叫マシンに乗っても色あせて見えるだろう、と思えるくらいに。
ビルの屋上に着地、強烈な衝撃に足がしびれる。
再生したばかりの身体で多少不安があったが、それ以外には身体に異常は感じられない。
すべて順調だ。
ここならある程度落ち着いてナクアに連絡できるだろう。
センサーを起動して、ナクアの付近に生体反応が無いことを確認し、連絡する。
「ナクア。そっちは?」
《大丈夫。今金庫破ってるとこ》
どれだけ科学が進歩しようと、貨幣というものは必要になっている。
それは人類の電子マネーへの不信が、今なおぬぐえていないことを意味しているようだった。
《レイトは?》
「かなり近くまで来たみたい。そろそろ合流できると思う」
《ん、わかった。待ってるね》
通信が切れると同時、僕は屋上の柵を乗り越え、舗装された地面に降り立つ。
装備が心許なかったので、近場にあったノーマルの死体から小銃と予備弾倉をむしり取った。
機関部に血がべっとりと付着していたが、作動には問題ないだろう。
とりあえず目についた仮面の2人組に向け発砲。フルオート射撃でも難なく命中した。
2人組のシルエットが崩れ落ちる。
それと同時、違和感を感じ、空を見上げた。
懐かしい感じがする。
アレはいつだっただろう。そうだ、数週間前、ナクアと出会った時だった。
鉛色の空から飛来する、鉛色の…………。
「砲弾だ!?」
行きがけの駄賃と言うか、置き土産と言うか、砲弾のシャワーだった。
アイツら、不発弾のこととか考えてないのか!?
なんて地域のことを気にかけている場合じゃないな…………迫りくる砲弾の軌道を読むことは造作もないことだけど、安全地帯に移動するというのは何かと面倒だ。
「だぁー、めんどくさい! 撃ち落してやる!」
《呼び出しを確認。Gr‐T通常起動》
かと言って、まともに動作するのは左手のGr-TとDn-Tのみ。
とりあえず自分に降りかかってきそうな分だけ叩き落としておいた。
――――そして数秒後、鋼の嵐が到来した。
あちこちで石片と土砂の入り混じった煙が立ち上り、轟音で僕の鼓膜を揺るがす。
時々至近弾が出て、小片が僕の身体を殴りつけるけれど、直撃でもないし、この程度どうということはない。
砲撃の間隙を無理やり作りながら僕は移動を始めた。
▼
「た、助かったのか?」
レーフェル4は電気系統が故障し、暗室となったコクピットの中で呟いた。
途中で強烈なGが2度ほどかかったが、何とか失神もせずに着地までこなすことができた。
自分は生きている。五体満足だ。
――――ただ、着地の衝撃でこの機体は完全におシャカになっちまったみたいだが。
《レーフェル4! 生きてるか!?》
彼の隊長が拡声器に向けて怒鳴りつけるように訊ねてきている。
応えるのもおっくうであったが、応答しないわけにもいかない。
「大丈夫ですよ隊長。生きてます。いろいろ壊れたんで、ハッチも開きませんが」
電気系統がイカれているので、肉声で返事をする。機動装甲の集音器なら、この程度の音量でも拾えるはずだ。
《待ってろ、今こじ開けてやる…………おい、アンタ、いつまで引っ付いてんだ?》
どうやら、レーフェル4の命の恩人に話しかけているらしい。
返答があったかどうかはただの暗室となったコクピット内からは確かめることはできないが。
《悪い、無理やりはがすぞ》
コクピットハッチ越しとは言え、重い金属の衝突音やら何やらがレーフェル4の耳にも届く。
衝撃自体は緩衝装置により、ほとんど自分に伝わらないので、レーフェル4本人にしては、遠くの工事の音を聞いているような気分であった。
《…………誰もいない。ワープしたのか? ああ、すまん、そっち開けるぞ》
脱出後の空き機体を敵兵がこじ開けたりできないようにするため、機動装甲のコクピットハッチは外部からの操作で簡単に開くことはない。
なので、レーフェル1は振動粉砕刀で胸部装甲を破壊することにした。
金属が削られる甲高い音がコクピット内にこだまし、レーフェル4は気分が悪くなる。
しばらくして、その音が止まった時、レーフェル4は数分ぶりの太陽を見た。
鉛色の雲越しではあったが、ハッキリ見えた。夕暮れ時特有の、血の色の太陽だった。
《早く脱出するぞ。手に乗れ!》
隊長からの指示に従い、レーフェル4は重い腰を上げた。
その間、視線は雲の向こうの赤に向けられたままだった。