機動装甲
《全軍に通達。当市街地から撤退せよ。繰り返す、市街地から撤退せよ》
一般の中隊を3つばかり壊滅させた時点で、レーフェル1は信号弾を見、司令部からの通信を聞いた。
「負け戦か…………」
脚部ホバーを吹かせ、反転、全機で後退を開始する。
そうだ。負け戦ならば慣れている。
レーフェル1は今まで何度も経験してきた。
このコールサインをもらう前も、ずっと経験してきた。
そしてこれからも負け戦は続くだろう、と予感している。
あきらめに近い、予感を。
この間の勝利は完全にまぐれだった。
エリートの離反。ただその事実に救われた。
アレが無ければ、死んでいた。
レーフェル1の戦いは、負け戦しかない。
ただ、彼個人が負けていないだけだった。
――――それでもいい。死ななければ。俺個人の負けでさえなければ。
そう自分に言い聞かせるように、ホバーの出力を高める。
「近くに生体反応か!?」
しかも単体で行動している。
音響センサーによる判別を急がせるが、弾き出されるデータからして、素人目にもわかる。
――――こいつは変わり種である、と。
《隊長! 別ルートは!?》
それは彼の部下たちも気づいたらしい。
しかし、すがるような、悲痛な声に応えられるだけの技量を、レーフェル1は持ち合わせていなかった。
それに――――
「もう遅い」
つぶやくのと、化け物が姿を現すのは、ほぼ同時だった。
今度の化け物は、熊を模したものだろうか、とレーフェル1は判断する。
「各機散開! 敵前逃亡は許さんが、とにかく生き残れ!」
《んなむちゃな!》
そう、無茶だ。
だが、俺たちは軍人だ。最初から戦争なんて無茶苦茶なことをやってる人間だ。無茶を成さねば軍人は生きてはいけない。
レーフェル1を残し、部下たちは細い路地へと散る。
「…………来いよ化け物、相手になってやる!」
ホバーを今までと逆向きに吹かせながら、レーフェル1は37ミリを怨敵へとぶちかます。
しかし、敵の装甲は悪魔的に硬く、此方の攻撃力はあまりに貧弱すぎた。
迫り来る変り種は、砲弾全てをその身に受けながらも全く減速する気配を見せない。
それでもレーフェル1はくじけず、フルオートで撃ち続ける。
しかし、当然弾は無限にあるわけではなく、推進器に回せるエネルギーも有限だ。
マガジンにある弾全てを撃ち尽くしても、眼前にいる化け物は何食わぬ顔でレーフェル1へと迫っていた。
「くそが!」
腰部に付属している補助腕が瞬時にリロードを行ってくれるが、どのみちこんなものは通用しない。
レーフェル1は37ミリを肩部にマウントさせてから、脚部マウントから巨大な直刃の剣を取らせた。
防眩のため黒く塗られたその剣には、特殊カーボン製の可動刃がしつらえてあった。
――――振動粉砕刀。機動装甲が持ちうる最強の兵装にして、最大の欠陥兵装。
現代の技術で作られるいかなる建造物さえも、たちどころに両断できてしまうその破壊力は最強の兵装と言っても充分な威力である。
しかし、当然のように命中しなければ意味がないし、なおかつ、この兵装を使うということは、敵が相応の距離にいなければならない。
要するに、一般に使う必要はなく、エリートにはそもそも当たらないため、接近戦主体のミュータントに格闘を挑むなどという危険を冒さなければこの装備は全く役に立たないのだ。
「酔狂もいいとこだと嘲笑うか?」
レーフェル1はホバーの逆噴射を止め、化け熊を見据える。
「……酔狂でいいじゃないか」
迫り来る敵の速度はすさまじく、彼我の距離はあとどれほどもない。それは向こうにもわかっているはずだ。
疾走していた化け熊が突如かがむような姿勢を作る。
――――飛びかかってくるか? それなら……。
「いざ、勝負!」
化け熊が跳躍すると同時、脚部ホバーが起動する。
粉塵を巻き上げ、機動装甲が加速する。敵へ。
――――狙うは一点!
レーフェル1が、化け熊の顔を見る。
目の錯覚だとわかっていても、それは驚いたような表情をしているように、彼は感じた。
盾で機体の頭上を覆いつつ、レーフェル1は化け熊の懐へと飛び込む。
果たして、彼の思惑通りに事は運んだ。
「ここ…………だッ!」
無防備な腹部へと、振動粉砕刀を突き立てる。
ビルさえ両断する必殺の刃はギャリギャリ、と嫌な音を立てつつ、化け熊の表皮を切り裂く。
――――だが、それだけだった。
足りない。力が。
レーフェル1は変わり種の下を潜り抜け、反転する。
ダイブに失敗した化け熊がのっそりとした動作で起き上がるところがモニターに映し出される。
向こうに手傷を負わせたとはいえ、戦闘には全く支障はないはずだ。とレーフェル1は判断する。
熊がこちらに向き直り、眼光を突き刺してくる。
「…………どうする? どう打開する?」
再び加速する化け熊。
再び逆噴射で逃げるレーフェル1。
接触=敗北の方程式がほぼ成り立ってしまっている。しかも打開策は当然のように無い。
いつかは終わる鬼ごっこ。だが、レーフェル1にあきらめる気は無い。
「…………つーか、誰か援護しろよ!」
今更のように気づいたレーフェル1が通信機に向け怒鳴りつける。
《りょーかいです、隊長!》
怒鳴りつけた次の瞬間、化け熊の側頭部が爆ぜた。
《もいっちょくらえ!》
今度は反対側が爆発。
グレネードを撃ちこんだのだと理解するのに時間は必要なかった。
《ジェニー! 愛してるぜ――――――ッ!》
変わり種の後方からはレーフェル4が粉砕刀を携えて突撃。
後頭部に叩きつけるように振り下ろす。
『ぐぉおおおおおおおおおおお!!』
さすがの強度を持つ変わり種とはいえ、振動粉砕刀の可動刃を同じところに当てられ続けられていては、保たないらしい。
勢いよく血が噴き出し、狂ったように暴れ始める。
《うわわわ……とと!?》
その動きについていけなかったレーフェル4はあっさり引きはがされてしまう。
そして、化け熊は親の仇を見つけたかのような形相でレーフェル4に向き直る。
もっとも、レーフェル1に熊の表情を見分ける能力なんてない。ただの想像だが、行動をかんがみるにあながち間違いともいえないだろう。
――――しかし、おいおい、お前の相手はそっちじゃないだろう?
「い……ま、だぁあああああ!」
今度はレーフェル1が加速。
狙うは先ほどから血を噴出している後頭部の傷口。
黒い円弧を描きながら、まるで吸い込まれるように、粉砕刀は化け熊後頭部の傷口に命中した。
「踏み込みを…………もっと強く」
ねじ込むように、えぐるように、粉砕刀を押し当てる。
しかし、変わり種の方も必死だ。
なんとかレーフェル1を振りほどこうと、暴れまわる。
「おとなしく、しろ!」
とはいえ、言葉で言って通じるような相手ではない。
レーフェル1はその代わりと言わんばかりに機動装甲腕部の出力を高めた。
『ぎゃおおおおぉおおお!!』
より一層激しく暴れまわる化け熊。
終わりが近いのはレーフェル1にもわかったが、それまでこちらが耐えられそうになかった。
「くそ……たれがぁああああ!!」
業を煮やしたレーフェル1が駆動系のパワーを最大にし、無理やり粉砕刀を奥までねじ込む。
それでも化け熊は止まらない。
『ぐぁおおおおおおおおお!』
「チッ!」
無理と見かねたレーフェル1が変わり種から一旦離れる。
それと同時に、味方からの援護射撃が飛んでくる。
《どうすんです? 効いてるみたいですが、これじゃジリ貧っすよ》
無尽蔵にあるといってもいい連中のエネルギーと違い、機動装甲のバッテリーは戦闘機動を行うならフル充電状態でも、持って10時間だし、弾薬の問題もある。
「もう一撃ぶちかます! 援護頼むぞ!」
そう、迷っていられるだけの余裕はない。
いざとなれば退避機もある。
――――自分が失うものなど何もない。仕掛けろ!
「ぉ……おおおおおおおお!」
三度の突撃。
今度こそは、と思いを込め、レーフェル1は加速する。
『ォオオオオン!』
変わり種の持つ鋭い爪が振り下ろされる。
もっとも、機動装甲にとっての脅威はその鋭さよりも、勢いと頑丈さなのだが。
ホバーを噴かし、化け熊の脇を抜けようと、右へ回避する。
シールドを爪が掠めたが、その程度で装甲を抜かれるほど軟な構造ではない。
レーフェル1は意に介さず機を前進させる。
――――化け熊の脇を抜けた!
後ろに回り込んでから、するべきことはひとつ。
「死ね!」
もう一度、粉砕刀を叩きつける。
意外なほどあっさり化け熊は倒れ、動かなくなった。
血しぶきがあがり、機動装甲のカメラに降りかかる。
モニターが赤黒く染め上げられるが、即座にワイパーで取り払われる。
「…………やった、のか?」
クリアになった視界には、今さっきまで猛威を振るっていた化け物が擱座していた。
生体反応も完全に消滅している。
――――変わり種を、化け物を、俺たちだけで……。
「――装甲は、生きている。駆動系も問題なし」
そうだ、自分はまだ戦える。
勝ったのだ。自分たちは、あの化け物に。被害ゼロで!
レーフェル1は肩で息をしていること、自分がひどく疲れていることにようやく気付いた。
「全員生きてるな? 撤収する…………ぞ?」
レーフェル1はふとモニター端に違和感を覚える。
何か大型の反応が迫っていた。
《隊長! 接近警報! また変わり種です!》
「何!?」
センサーは確かに変わり種と思しき大形の生体反応を捉えていた。
だが…………どうもおかしい。
――――建物の類をお構いなしで進んできている?
いくら変わり種と言えど、街の破壊は積極的に行わない。
そのあと使うつもりなのか、使うなら何をするつもりかまではわからないが、経験からその事実だけは知っていた。
「…………そうか、上だ!」
言うが早いか、巨大な影がレーフェル隊を襲った。
《う、ぅわぁぁぁああああああ゛!》
一瞬だが、レーフェル隊の全員がその光景を見ていた。
『それ』は、猛禽類に似ていた。
そして、猛禽類に似ていた『それ』の持つ鋭い鉤爪は、レーフェル4の機体、その肩部を正確に捉え、掴み、軽々と上空へと引っ張り上げて見せた。
――――バカな! 40トン近くあるんだぞ!?
鳥が魚を捕るのとは、ワケが違う。
間違いなく機動装甲はさっきの鳥よりも大きい。
しかし、それが持ち上げられた。それも軽々と。
そして今まさに、その足で肩部装甲すら握りつぶそうとしている。
《た、助けて隊長! 助けてください!》
「落ち着けレーフェル4! 退避機を作動させろ!」
《は、はいっ!》
うまくいけ――――レーフェル1は祈るように呟いた。
《む、無理です! 電気系統がイカれました!》
「何!?」
レーフェル1にとってそれは考えられないことだった。肩を掴まれているだけでは、どれほどの圧力がかかろうが胸部にある機動装甲の緊急退避機に影響はないはずだからだ。
レーフェル1は判断する。これは圧力でなく、別の何か意味不明技術によるものだろう、と。
しかし、分かったところで、どうしようもないのが現状だ。
どうする? どうするどうする!?
レーフェル4はすでにはるか上空、見せつけるようにレーフェル隊の上空を旋回していた。
砲撃をかけようにも命中精度や流れ弾の危険からして現実的でない。
それに、この高さだ。たとえ首尾よく鳥だけ撃ち落とせたとしても、彼が助かる見込みはまずない。
《ひ、ひぃいい…………たす…………たすけっ…………!》
通信機器までイカれてきたらしい、電子機器の復旧は不可能と言い切っていいだろう。
レーフェル1に策はもう無かった。
「どうする? どうすれば…………?」
《ここは僕に任せろ!》
「な!?」
高スピードで接近してくる友軍機がレーダーに映り込んだ。
この距離まで感知できなかったということは、どうもステルス機らしい。
『そいつ』は風のようにやって来た。
従来機とは圧倒的に違う、その曲線的なデザインの装甲は、ステルス性を高めるためにあらゆる工夫を凝らしてあるのだろうことが見て取れた。
しかし、その装甲のところどころは剥がれ、痛み、すすけていた。
何より胸部装甲が全面的に失われていたのは、痛ましいの一言だった。
敵の攻撃によるものなのか、センサーがイカれて自分でパージしたのかは不明だが、かなりの修羅場をくぐって来たであろうことは一目瞭然だ。
「何するつもりだ!?」
レーフェル1は通信機に向け怒鳴りつけた。
颯爽と現れたボロボロの新鋭機――――その機体に銃が装備されていなかったからだ。
マニピュレーターが握っていなければ、肩部、脚部マウントにも搭載されていない。
武装は脚部マウントの大型振動粉砕刀のみだ。
《見てればわかる!》
次の、次の瞬間、レーフェル1は信じられない光景を目撃した。
その一瞬前、次の瞬間に――――空気が爆ぜた、空間が咆哮した、虚空が震えた。
▼
「ハイパーブースト、モードFで。いけるか?」
《肯定します。しかし、推奨できません》
「文句言うぐらいなら、やってくれ」
僕が拾ったのは最新鋭と思しき機動装甲だった。
コクピットの装甲を引っぺがしたところ、パイロットの姿は見当たらなかった。
血が見当たらないので、うまい具合にテレポートしてくれたのだろう。
と、言うワケで頂戴した次第。
しかし、奪われる可能性を考慮しなかったのか? この国の軍は。
正直、助かったけど。素人にもやさしい人工知能によるサポートは特に。
パイロットに負荷がかからず、なおかつ最適な行動を自動で取ってくれる。
当然これには姿勢制御の類も含まれるワケで、まったくの素人である僕には大助かりなシステムだった。
そして、新機能らしいこの『ハイパーブースト』だが……。
「こんなもん、人間に扱えるかよぉおおお!」
そう叫びたくなるような機能だ。
全身各所に据え付けてある『固体』燃料ブースターによって一気に加速をかける。
お分かりいただけただろうか? 要するに、ホバーのように電気式の推進器ではない。砲弾のように爆圧で『無理やり』飛ばすのだ。当然、推力の調整などできるワケがない。
姿勢制御の方はスレイヴが勝手にやってくれるので、空中でバランスを崩すことはなく、燃料はペレットと呼ばれる容器に分割して燃焼させるので、使用回数が1度きりと言うワケでもない。
ありがたいことだが、それでも加速Gが半端なレベルじゃない。
エリートでそれだけ思えるということは、普通の人間はペシャンコになると考えてまず間違いない。
いや、まあ、僕はエリートだから問題は無いんだが。それよりも重要なのは高度の方だった。
「――――届くか!?」
届かなくてどうと言うワケではない。どうせあそこにいるのは自分には無関係な人だ。
だけど、なんとなく、本当にただなんとなくだが、助けたくなってしまったのだ。
芽生えた善意まで踏みにじるほど、自分は悪人ではないつもりだった。
右脚部にマウントしていた大型振動粉砕刀をマニピュレーターに握らせる。
この時点で、今更のように鳥もどきが気付いたらしい。
軌道を変え、いまヤツの手にある機体をこちらにぶつけようとしているのが見えた。
だが、しょせん鳥頭、というべきか。自分の獲った獲物を離すということを知らないらしい。
その鉤爪は機動装甲を握りしめたままだ。
機動装甲が空中で軌道を変える手段はハイパーブーストのみ。
そしてその推力はあからさまに強すぎる。
打つ手無しだ……。…………とでも思ったか!
――――衝突、そして拮抗。
《呼び出しを確認。Gr‐T通常起動》
むしろ突っ込んできてくれてありがたいくらいだ! 歓迎してやる!
おおかた、向こうは見えない壁に勢いよく衝突したかのような錯覚に見舞われていることだろう。
相対速度がほぼゼロになるよう、調整した力場をぶつけてやったからな。
離れようとするヤツの身体に追加で力場をかけ、動けないようにする。
さあ後はぶん殴るだけだ!
「人間を侮っちゃいけないな! 分かったか? 鳥さん!」
その間抜け面に振動粉砕刀を叩き込む。
しかし、腐ってもミュータントと言うべきか。
特殊カーボン製の可動刃――スレイヴいわく、高層ビル程度ならバターのように両断できる刃だ――でさえ、皮膚に食い込むまでに1秒も時間がかかった。
頭蓋の方はもっと固いのだろう、と考える間に鉤爪にかかっていた力が緩んでいた。
すかさずヤツに力場を殴りつけるようにぶつけ、落下中の――こっちも落下中だが――機動装甲をマニピュレーターで掴み、抱き寄せる。
振動粉砕刀がヤツの頭部に刺さりっぱなしだが、気にするまい。
「じゃ、ハイパーブースト、モードFで頼む」
質量が2倍で推力が同じ。加速度は2分の1だ。
いや、離陸時は脚部の跳躍力も追加だから、さらに少なくなる感じか。
まあ、死ぬほどの加速が出ることはあるまい。
自動操縦モードに切り替え、僕はコクピットから身を躍らせた。