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世界のだれかが紡いだもの  作者: 新巻鮭
4章・鏡の中身
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ガラスと水銀

 自分と同じ顔のエリート。

 その存在に驚愕せずにはいられなかった。


 彼は自分のことを知っているのか?

 彼は自分と何か関係があるのか?

 

 僕には記憶が無い。

 彼なら何か、何か知っているのではないだろうか?


 しかし、彼から放たれた第一声はこうだった。


「お前は敵だな」


 次の瞬間、僕の身体は宙に跳ね上げられていた。

 Gr‐Tを使われた、と認識するのにそう時間はかからなかった。

 だが、確かに強力な力場ではあったが、前回に比べればどうということはなかった。


「なにすんだ……よっ!」

()()を確認。Gr‐T通常起動》

()()を確認。Dn‐S通常起動》


 空中、整わない姿勢の中、照準もそこそこに僕はDn‐Sの引鉄を引いた。

 しかし、そう簡単に当たってはくれない。

 全弾躱されてしまう。


 着地してから、もう1度射撃を加える。

 今度はGr‐Tで防がれた。


 お互い間合いを保ったまま、停まる。


「…………お前、エリートだな!」


 どうやら、向こうは、僕のことを知らなかったらしい。

 僕にそっくりだけど、ただの赤の他人……なのか?


「ああ、そうだ。僕はお前を殺すエリートだ」


 僕の発言に、向こうは一瞬鼻白む。

 だが、一瞬は一瞬だった。今度はこらえるように笑い始め、こう言った。


「そうか…………今己れは、かつえている」


 言い終えるが早いか、ゆらり、と僕の方へ、亀裂のような笑みを浮かべながら、歩を進める。

 同時、僕はDn‐Sを構えた。


「とても、とてもな」


 彼がGr‐Tを振り回し、加速する。

 こちらは左手のGr‐Tで自分に降りかかる衝撃力場を相殺しつつ、Dn‐Sの引鉄を落とす。

 砲弾が射出されるが、命中弾が出ない。


 原因はすぐに判明する。

 Gr‐Tで彼の周囲にもデタラメな力場が生成されているのだ。

 これでは砲弾の低伸性など望めるワケもない。


「己れを癒せ!」


 気づくのが少し遅かったか。

 もう互いの目が覗きこめるほどに接近されてしまっている。


「く…………!」


 ――――Dn‐Sを送還……!

 しかし、考えるより疾く、攻撃が到達していた。

 見ればDn‐Sの銃身が握りつぶされている。


《Dn‐S使用限界到達。強制武装解除》


 僕の手から機関砲が掻き消える。

 しかし、戦闘はまだ続いていた。


「己れを潤せ!」


 とっさの判断を迫られ、僕は左手のGr‐Tを突きだすことにした。

 果たして、その判断は正しかった。ヤツの右手のGr‐Tと衝突する。


 力場が力場を食らい、混濁、相殺、破滅、破壊する。

 周囲のビルが波を浴びた砂の城のように崩れ去る。


 一瞬の拮抗。だが力場同士の衝突に、Gr‐Tよりも互いの腕の方が耐えきれなくなった。

 皮膚は裂け、肉は千切れ、骨は砕け、唯一無事なGr‐Tのみが明後日の方角へと飛び去る。

 肩が強烈な痛みをもって脳の方にクレームを叩きつけてくれるが、あいにくと構っている暇は無い。


 片腕を失うと同時にお互い、弾かれるように距離を取る。

 距離を取った時、向こうの左手にはDn‐Sが握られていた。


 ――――迎撃!


 僕は装甲服から拳銃を取り出し、右手だけで構える。

 すでに砲弾が射出されていた。

 ゼロコンマ何秒の世界で僕に到達するだろう。


 筋肉が反応するまでの時間も、引鉄を引く間も、もどかしい。

 発砲煙とマズルフラッシュにくるまれた銃弾がやっと銃口から飛び出すのを確認すると、次弾を送り込むため、もう1度引鉄を引く。


 それを繰り返し、繰り返す。


 初弾がDn‐Sの砲弾に命中、爆発する。

 次弾からは初弾と同じように、砲弾に衝突し、爆発する。


 だが、装弾数に明らかな差があるので、持久戦では向こうに分がある。

 そう思ったと同時、こちらの弾が切れる。


「くそ……!」


 弾切れを宣言する。と言わんばかりに拳銃を投げつける。


()()を確認。Lm‐I通常起動》


 同時にLm‐Iを起動。

 今の状態ではとても1分など持つワケがない。

 ただ、今の一瞬だけ、ヤツの目をくらますのが目的だ。


 僕は跳躍。

 眼下にヤツの頭頂部を捉える。


《Lm‐I使用限界到達。強制武装解除》


 Lm‐Iが解けるが、ここまでくれば充分。

 僕は今の一瞬で立てたプランをなぞるように、行動を開始する。


()()を確認。Rp‐T高出力状態で起動》


 僕の手が、100万℃を軽く超える、必殺、必壊、必滅の剣を執る。


 同時、向こうがDn‐Sを手放し、Dn‐Tを取るのが見えた。


「己れを……満たせ!」


 僕が剣を宙に放る。

 ヤツがDn‐Tをこちらに向ける。


 ――――互いに外す気は無い。


()()を確認。Gr‐T高出力状態で再起動》


 限界まで出力を高めた、Gr‐Tの衝撃力場をRp‐Tに叩き込む。


《Gr‐T使用限界到達。強制武装解除》


 今までの戦いから推測するに、Gr‐Tの消耗は向こうの方が上。

 このRp‐Tを止める術は無い。


 僕がRp‐Tを放つと同時、ヤツもDn‐Tの引鉄を引いていた。

 Gr‐Tの無い今、あれから放たれる重徹甲弾を回避する術は僕に無い。


 1秒にも満たない狂おしいほどの空白が、互いを殺す刃金を空中にて交換する。


 ――――神がいるとしたら、僕の方に味方したのだろう。

 僕の放ったRp‐Tはヤツの頭から数センチ逸れたが、彼の肩を貫いていた。

 腕が胴体と切り離されるのが見えた。

 ヤツの放った重徹甲弾も、僕の頭から数センチ逸れた。

 衝撃波が左耳の鼓膜を破壊して行ったが、戦闘にはほとんど支障なしだ。


()()を確認。Dn‐T通常起動》


 僕はヤツの後方に着地し、Dn‐Tを差し向ける。

 ヤツの後頭部めがけ、引鉄を落とす。


 ――――距離は充分すぎるくらいに近い。外す方が困難だ。


 僕は勝利を確信した。

 鋭い反動が右肩を軋ませる。消耗していた僕の身体は踏ん張りきれず、後ろに跳ね飛ばされた。


 すぐに身体を跳ね上げ、状況を確認する。

 そこにあったのは。


「いい、いいよお前。最高だ」


 両腕を失いながらも、ちゃんと2本の足で立っている敵の姿だった。


 なぜ、と思うよりも早く、僕の方へ攻撃が飛んできた。

 なぜ、と思うよりも早く、僕の胸に何かが刺さった。

 なぜ、と思うよりも早く、肺の中を血液が満たした。


 血を吐き出す。肺を血が満たす。血を吐き出す。……息ができない。

 どうしようもない板挟みの苦しみの中、ようやく気づいた。


 ――――また、固有兵装か……。


 前回は空間の湾曲だった。

 だが、今回は…………何だ?

 見えない刃? 手を使わずに…………?


 手はDn‐Tを握っているので、右腕で胸の正面を確かめる。

 やはり『何か』が『在る』。


 どうやって突き刺した?

 そもそもこれは、何だ?


「だからここで殺すのは勘弁してやる。『()()』」


 右へ、足音が遠ざかって行く。

 …………ああ、左耳が聞こえないんだった、僕。


「おわ…………れ……るか…………」


 そう、こんなところで終われない。

 こんな終わり方は認めない。


「な……めるなよ…………!」


 右手だけでレバーを手繰り寄せ、次弾を装填する。

 排出された薬莢を横目に、今度は引鉄を手繰り寄せ、羽毛を握りつぶすように引く。

 先ほど逃した獲物を今度こそ捕まえよう、と言わんばかりに、Dn‐Tが力強く吠えた。


 長大な銃身という檻から解き放たれた猟犬は、獲物目がけ、一直線に飛びかかる。

 攻撃に気づいたヤツが振り返っても、遅い。


 鋼の咢が――――ヤツの顔面に食らいついた。


 しかし、僕はすぐに自分の考えの甘さを痛感する。

 頬に当たった重徹甲弾は、皮膚や肉までを破壊、貫通してみせたが……骨で止められた。

 いや、正確には流された。

 結論を述べれば、Dn‐Tの弾丸は、骨の丸みに沿って血と肉をミキサーにかけたかのように破壊しつつも、後ろへ流されていた。


「お……まだやるのか?」


 顔の半分を血で濡らしながら笑って見せるそいつに――――僕は恐怖を覚えた。

 ……勝てない。そう、悟ってしまった。


 何かが空を切る音とともに、僕の胴体に次々と『何か』が突き刺さった。


「くそ……が…………」


 ――――まずい。

 ここで倒れちゃいけない。

 だが、どんなに意志を強く持っても、身体の方は僕の意思を完全無視。

 ついには仰向けに倒れてしまう。


 出血は随分ひどい。

 このまま失血死か? それとも、自分の血で溺れる方が先か?

 あるいは、何かの拍子に助かったりしないだろうか?


 …………くそ、死にたくない……。


 自分が何者なのかも思い出せずに死ぬのはいやだ。

 こんなところで死ぬのはいやだ。

 ナクアの役に立てないまま死ぬのはいやだ。


 死ぬ気で生きろ! って言ってたのって、誰だったっけ?

 思い出せない。


 死ぬのはいやだ。

 眠い。

 このまま寝たら、死ぬのかな。

 死にたくない。

 死ぬのは僕?


 生きたい。

 生きのびたい。

 生きて何をなす。

 生きれば何かがなせる。

 何かとは何?


 混濁する思考の中に、僕の意識はゆっくりと沈んでゆく…………。

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