来襲奇襲強襲世襲
《と、言うワケで、私は本日をもって技術本部長の職を辞したいと…………》
ディスプレイに大写しになっているのはつい先ほどまで『技術本部長』だった人だ。
現在記者会見で理由云々を述べている。
「なーんで、こんな時に辞めるのかなあ? タイミング悪すぎでしょ」
副隊長にとっては拍子抜けと言うより、ワケが分からなかった。
彼はつい先日も元気に隊長と新型について議論してたじゃないか。と。そんな思いがあったからだ。
「さあな。上層部のことを俺が知るか」
「中佐だろう君」
「相当官だ。技術畑の軍属だよ」
慢性的な人手不足で街ひとつ任されてるだけだ。と彼は付け加えた。
「ま、これで無駄な新兵器開発も多少落ち着くかな」
先日彼らが受領した『ヴェイルゲズ』はなかなかのものだったが、他に新兵器は腐らせるほどに開発されている。
現場のためではない、政治のための新兵器開発ばかりが進められていたのだ。
もちろん、これは新兵器開発が不要ということを意味しない。
高性能な機体や、画期的な技術を組み込んだ兵器があれば、それに越した事は無い。
しかし、そのために、いつ完成するとも知れない夢物語のような兵器に多額の予算がつぎ込まれるというのは、現場の人間にとってやりきれないものがあった。
この予算配分のおかげで既存兵器の改良が大幅に見送られている。
つまるところ、確実に実力向上が見込める重要な部署に人材と機材が行き渡っていないのだ。
高い技術を持っているものの、末端の底上げが全くなされていない現状。
軍事において、この国はある意味他のどの国よりも劣っていた。
「で、問題はこっちよりも――――」
技術本部長辞任会見からディスプレイを転換させる。
付近の街からの救援要請が表示されていた。
「――――こっちでしょ」
「…………だな」
戦況も届けられている。
芳しいとは、お世辞にお世辞を重ねたとしても、言えない状態だ。
「さて、どうするんだい。参謀殿?」
ここから出せる戦力と言えば、補給状態も充分でないレーフェル隊。
半壊状態のまま放置されているオブリデアノ隊だ。
「レーフェル隊を回す。無理はするなと、エリートと変わり種との接触は死んでも避けろと、伝えておけ」
▼
「また俺らか…………」
自分たちは兵士だ。戦場で戦ってナンボの人間だ。
度重なる出撃に異存はない。
だが、万全な状態でない機動装甲で戦場に放り出される者の気持ちも多少は酌んでもらいたいものだ。
戦場に出て、自分の実力を発揮することもできずに殉職、と言うのは正直ぞっとしない。
「無理するなってか。無茶な要求しやがりますね、ウチの参謀殿も」
自分の部下たちもこんなことを言い出す始末だ。
「念のため訊くが…………」
レーフェル1は部隊員全員に呼びかけ、質問を飛ばす。
「今から彼女自慢しようと思ってるヤツとか、今度結婚の予定があるヤツはいないだろうな?」
昔からのテンプレートと言うヤツだ。
物語の登場人物――特にパイロット――が結婚や彼女の話をすると次回の出撃時に死ぬ。
実際にそうなった者を見たことは無いものの、これらは機動装甲兵に忌み嫌われている行動のひとつである。げんかつぎというヤツだ。
「あ、隊長鋭いっすねー」
空気を読まない発言をしそうになっているのは、この隊の新人のレーフェル4だった。
「わかっちゃいます? 実はこないだ彼女できてたんすよー」
そう言って、懐から写真を取り出そうとする。
――――おい、やめろ! 死ぬぞ!
レーフェル4を除く、この場にいる全員が眼力でそう訴えかけるものの、あまりの出来事に声を出すに至らない。
声を出さないものだから、浮かれモードに入っているレーフェル4が全員の異変に気づくことは無い。
全員の目に、その光景はスローモーションに、鮮明に見えていた。
懐に入っていたレーフェル4の手が、ゆっくりと、取り出される。
右手だった。その親指と人差し指の間には1枚の写真が挟まれていた。
彼はその写真を一瞥すると、ゆっくりと、ゆっくりと、全員の方へと向けた。
――――美人だ。
写真に写った女性に対する、全員の感想はそれだった。
それだけにいたたまれない。
せっかく美人捕まえたのに、お前何死亡フラグ立ててんだよ…………。
「可愛いっしょー。この娘、俺の彼女なんすよ」
「「「……………………」」」
あまりのテンプレートっぷりに全員開いた口がふさがらない。
「あ、渡しませんよ。彼女、俺のもんっすからね!」
全員が間抜けな表情で黙り込んでいるのを、彼女に見惚れていたものと勘違いしたらしい。
違う、そういう意味じゃないんだ。
「ほんっと、しょうがないっすね。彼女との結婚式には全員呼ぶっすから、そん時に紹介しますよ」
いや、だからそういう意味じゃないんだって…………。
あと、さりげなく二重フラグの準備すんなって。
全員の懸念は、ついにこの場で伝えられることはなかった。