機械仕掛けの水先案内人
「送ってこっか?」
着替え終わった僕にリアがそう申し出る。
「いいよ、1人で帰れるから」
…………いや待て僕。
リアの家がどの辺りにあるかはまったく分からない。
駅まで出られれば話は変わってくるけど、1人じゃそれすら危うい。
「…………やっぱり送ってこっか?」
脂汗をダラダラ流し始めた僕の姿に感付いたのか、リアが再び申し出てくれる。
「い、いや、大丈夫だヨ?」
情報素子さえあれば、うん、情報素子さえあれば、1人でも余裕だ。
けど、どうせ壊れてるだろうしなあ、僕の。
て言うか、またつまんない見栄張っちゃったよぉ!
「そう? じゃ、じゃあこれ返しとくね」
僕の脂汗に見て見ぬフリをしながら、リアが何かを僕の掌に載せてくれる。
「僕の情報素子!」
電源を入れればちゃんと起動する。
これぞ天の助け!
「やー、これの修理は大変だったですヨ。
ああ、この分の借りもあるから、ちゃんと返してね」
「無料サービスには」
「イヤですなあ。『タダほど高いモノは無い』ですヨ。
食費や治療費、今すぐここで払う?」
ムリだ…………。
「じゃ、そういうコトで。私のアドレス入れといたから、今度何かおごってねー」
むむむ。
お金、稼がなきゃなあ…………。
「わ、分かったよ」
まあ、いろいろ世話になったし、ここは甘んじて受け入れておこう。
「うんうん、人間素直が一番ですなー」
なんだか、この娘には一生かかっても勝てないような気がする…………。
「じゃ、じゃあね。いろいろありがと」
これ以上話してたら何を要求されるか分からないと思った僕は、逃げるようにリアの家を後にした。
そして情報素子の地図機能を起動。
ナクアの家までの最短ルートを表示させる。
――――ホントに近いんだな。
リアの家も駅のすぐ近くに位置していたらしい。
ナクアの家はちょうど駅を挟んで対称な位置にある。
道のりが分かったので、今度は情報素子を通話モードにする。
かけるのは、もちろんナクアだ。
《レイト?》
ナクアの声が、指向性音声で僕の耳に届けられる。
間違いなく、ナクアだ。
「ナクア、今どこに?」
《すぐそこに行くから! 待ってて!》
一方的に回線を切られてしまった。
「待て……って」
ここで?
ここは人通りが少ない住宅街。
来ればすぐ分かるだろうけど…………。
とりあえず、ナクアの位置を検索してみる。
家かららしい。
まっすぐこっちに向かって来ている。
……………………?
まっすぐ?
普通は無理じゃないのか?
建物だってあるだろうし。
――――僕は、自分のパートナーが、まともな神経を持ち合わせていないことを、思い出した。
空を見上げてみる。
謎の黒い点がこちらに向け接近中。
その正体を知らなければ、このまま謎のままだったなら、どれほど幸せでいられただろう。
だが悲しいかな、視力の向上した僕にはその黒点の姿かたち、縞パンの縞の数までハッキリと見える。
――――間違いなく、ナクアだ。
《呼び出しを確認。Gr‐T通常起動》
僕はGr‐Tを展開。
迫りくるナクアに向け、力場を生成する。
ゆっくりと、ゆっくりと減速できるように、配置は極めて慎重に行う。
彼女も減速に気づいたのか、こちらに向け、手を振る。
呑気に手を振ってる場合じゃないですよ、ナクアさん!
最終的にナクアが着地するまで、時間にして1分もかかってないのに、僕は完走したマラソンランナーの気分になっていたのだった。