見守ること/質問/見守られること/尋問
私があなたを殺すと言えば、
あなたはやめろと言い、
私があなたに殺されたいと言えば、
あなたはしたくないと言う。
つまり、あなたはわがままなのだね。
「…………ぅん……」
夢を見ていた気がする。
夢を。
どんな夢だったかは思い出せない。
ただ、僕の過去に関する夢だったであろうことだけを、覚えている。
遥か遠くの夢だ。
僕は瞼を取り去り、久方ぶりの光を取り入れる。
入って来たのは太陽の光じゃなくて、月の光だ。
今は夜らしい。
いや、問題はそんなことじゃないだろう。
僕は、何をしていた?
戦闘中だったはずだ。
たしか、エリートと交戦していて…………ヤツの切り札の効果に気づいた瞬間ぶん殴られて――――。
吹っ飛んだはずだ。相当な勢いで。
僕は現在地の確認につとめた。
僕が寝ていたのは、どう見ても屋内、それも、女の子が使うような、可愛らしいぬいぐるみなどが置いてあるファンシーな部屋。
壁に穴とかが開いていないから、ここが落着ポイントだったとは考えられない。
誰かが僕をここまで運んできたんだろう。
――――じゃあ、誰が?
少なくとも、ナクアではないだろう。
彼女の寝室……と言うより家は、貧乏さも手伝って、退避機用の受信機とベッドの他には最低限の家具しか用意されていない。
…………いきなり、行き詰った。
ナクアの他に思い浮かんだのは、リアだが、彼女がそう都合よく現れるとは思いづら…………。
「おー、起きたんだ。レイト……でいいのかな?」
家具屋で見かけたことのある、サイドテールの可愛らしいお嬢さんが、入室しつつ、部屋の明かりを点けつつ、そう言う。
「ちょっと待っててね」
僕が頷いたことを確認すると、彼女は一旦廊下の方へ出て、しばらくの間バタバタと忙しない音を立ててから、戻ってきた。
「はいはい、まず水ね。喉乾いてるでしょ」
コップを受け取り、一気に飲み干す。
体中に命が染み渡るような感覚、力が湧いてくるような感覚を覚える。
自覚は無かったが、結構ひどい脱水状態だったらしい。
「おかわりは?」
僕はコップをさし出すことで、質問に答える。
カートリッジから透明な液体が注がれてゆく。
時々氷がガラスとぶつかり合い、小気味いい音を立てる。
僕はそれも一瞬で飲み干してからようやく口を開いた。
「ありがと」
親切にされたらお礼をする。
それが人間と言うものだ。
「どういたしまして。食欲は?」
コップを盆に載せながら、彼女は言う。
「あるよ」
僕は即答する。
どれだけ気を失っていたかは分からないけど、かなり長い間何も口にしていなかったのは分かる。
「では、これを進呈しよう。早々に胃の中におさめるよろしですヨ」
そう言って彼女がポケットから取り出したのは…………バランス栄養食。
味は多数で、どれもこれもがウマいくせに、栄養価が非常に高い。
エネルギー量が計算しやすい1500ジュール。ダイエットにもお役立ちの某食品メーカーの傑作だ。
ナクアの家で何回か口にしたことがある。
「それ食べてる間に何か作るよ。おかゆでいい?」
「うん」
『おかゆ』と言うものがどんなものかは分からなかったが、とりあえず頷いておいた。
その反応に満足したのか、リアはお盆を片手に笑顔で部屋を後にした。
…………自由奔放でいい加減な人だと思ってたけど、結構しっかりしてるんだな。
部屋もきれいにしてあるし、料理もできるんだよな。
いいお嫁さんになるだろうな。
いや、僕が欲しいと言ってるワケじゃないよ?
誰に言い訳してるのか分からなくなってきたので、とりあえずリアにもらったバランス栄養食を口にする。
ベーシックなチョコレート味だった。
まったくだしぬけに、僕は思い出す。
そういえば、ナクアの家で食べたのもこの味だった。
同時に僕は思う。
ナクアは今、どうしてるだろう…………?
リアが作った『おかゆ』というものは、お米を水多めで炊いたものらしい。
つるつると食べれるので、怪我人や病人に食べさせるには最適だ、と思う。
「おいしい?」
そんな彼女の問いに、僕は頷きで答えた。
「うんうん、よかった」
うれしそうに微笑む彼女を見れば、食欲も増進される。
結局、3回もおかわりしてしまった。
「もー食べれないよ」
同じものばっかりこんなにも食べたのは記憶を失ってから初めてだ。
「じゃ、片づけるね」
彼女はお盆に食器とおかゆの残りを載せると、再び部屋を後にした。
残った分は包んで保存し、明日にでも食べるんだそうだ。
しばらくすると、リアは装甲服を携え、戻ってきた。
「レイトの着てた服。ここに置いとくね」
ちなみに、今までの僕の服装は、女性モノのジャージ上下と言う、それはそれは素敵ないでたちだった。
ただ、ナクアに女装させられた時よりショックは少ない。
…………何事も経験か。こんなところで役立つとは思ってなかったけど。
「さてと、イロイロ落ち着いたし、やっときますか」
彼女はポケットの中から、黒光りする金属塊を取り出した。
L字型で、先端には小さく、だが深い穴が開けられている。
僕はそれには見覚えがなかったが、常識が知っていた。
「拳銃…………?」
正直、驚くと言うよりも、ワケが分からなかった。
何で彼女は僕に銃を向けてるんだ?
「リアりんの質問責めたーいむ。ですヨ。撃たれたくなかったら、大人しく答えるんだね」
なぜ? ……何故? 彼女は、僕に脅しをかけている?
「変なこと考えないでね。多分、襲いかかるより弾丸の方が速いですヨ」
…………たしかに、そうかもしれない。普通の人間なら。
リアが素人だったとしても、至近距離から放たれる弾を躱すのは難しいだろう。普通の人間なら。
この事態、どう打開する?
Gr‐Tを使えば、手を触れずに拳銃を弾き飛ばすくらいの芸当はできる。
しかし――――使うか?
相手はエリートでもミュータントでもない。ただの人だ。
出力、座標を違えただけで重傷、下手を打つと死亡することもあり得るかもしれない。
その点、僕はまだ手馴れていないのだから、支給品で切り抜けるのは得策じゃない。
「答えてくれる?」
そう言いながら、リアは僕の目の前でセーフティを外す。
容赦するつもりはないことをアピールしたいらしい。
「質問にもよるかも……」
口を突いて出た言葉はそれだったが、ウソではない。
記憶喪失のため、大半の事象に関して答えられる自信が無いからだ。
「では、質問をはじめさせていただきます。あなたはどうしてあんなところで倒れていたのですか?」
普段の口調とは一転した、抑揚なく、礼儀正しい言葉づかいに、僕は鼻白む。
「あんな所って、どこ? 僕は、どこに倒れてた?」
とりあえず、僕は吹っ飛ばされてからの記憶が無い。
どこに倒れていたのか自体、わかっていない。
首をかしげる僕に、彼女は眉ひとつ動かさず、こう言い放つ。
「質問がよくありませんでしたね。言い直しましょう。
あなたは、気を失う前、どこで、何を、していらっしゃいましたか?」
顔立ちが整っているため、表情の抜け落ちたリアは、先ほどから身じろぎひとつ、まばたきひとつしないことと相まって、彫像のように見える。
そう、まるで血の通った彫像だ。
「えと…………あのさ……」
どう説明すればいいのか、分からない。
まさか本当のことを言うワケにもいかない。
そもそも信じてもらえるかどうかも疑問符が付く。
戦い――――ケンカ?
「ケンカ……かなあ」
「どちらで?」
「……………………」
こ、答えにくいよ…………。
沈黙を保っていることを、黙秘とみなしたのか、リアは次の質問に移った。
「ふたつ目。あなたが言う『ケンカ』には暗器が必要なのですか?」
そう言って、リアがポケットから出したのは、針、ナイフ、小型拳銃、ワイヤー。
毒入りと思しき小瓶まで完備していた。
「これらはあなたのお召し物から出てきたものです。およそ人が言うケンカには必要のないものですが」
装甲服って、そんなたくさん仕込みがあったのか。
詳しく調べてなかったから知らなかった…………。
「……………………」
しばらく沈黙するしかなかった。
どう答えればいいのか分からなかったから。
「答えられませんか。では次の質問です」
そんな僕の様子を見かねたのか、リアが次の質問を飛ばす。
無論、その間も銃口は僕の方を向いたままだ。
「あなたは『ケンカ』に関して、周囲の人間に知らせていない、イエスかノーか」
ああ、これならわかる。
記憶を失ってからこっち、知り合いの範囲はナクアとリアだけだ。
リアに今知られたから、友達以上の関係の人間で僕の『ケンカ』を知らない人間はいない。
内容の深さはさておき。
「結果的にノーだね。知らせてなかったのはリアだけだし」
始終無表情だったリアの顔が驚きに歪んだ。
直後、リアは考えるそぶりを見せた。
その一瞬、僕の方をにらみ続けていた銃口が目をそらした。
刹那は刹那、だが決定的な刹那だ。
僕は布団から飛び出し、リアの持つ銃を狙う。
叩き落とせればオーケー、うまくいけば奪い取りたいところ。
「――ッ!」
僕が跳躍。
拳銃目がけ、踊りかかった。
リアの表情がさらなる驚きに彩られる。
しかし、そんなことに付き合ってやる気はなかった。
僕は形勢逆転を確信した。
だが、彼女の手に握られた拳銃。
こちらの手が届く、まさにその瞬間だった。
彼女が動いて見せた。
拳銃を守ろうとしても、もう遅い。
だから、あえて彼女は、拳銃を手放した。
――――完璧に計算違いの出来事だった。
投げてくるなら、まだやりようはあった。
エリートとなった今、投擲された拳銃を空中で掴んでみせる程度の芸当はできるからだ。
しかし、拳銃は重力に引かれたまま。
僕が飛びかかったルートに拳銃は存在せず、それどころか、拳銃狙いだったせいで、リア本人に飛びかかるにも中途半端だ。
反応は完全に遅れた。
僕はリアの正面すれすれを通り過ぎようとしていた。
スキだらけのその一瞬、見逃してはもらえなかった。
腕を掴まれ、床にたたきつけられる。
棚の1つが崩れ、ぬいぐるみが部屋に散乱するのが、ほとんど床で埋め尽くされた視界の隅に見えた。
うつぶせの状態に組み伏せられ、首筋に冷たい感触が当てられる。
この感触は銃ではなく、ナイフとか刃物の類。
さっきの質問の時に提示してくれたもののひとつだろう。
いや、問題はそんなことより。
さっきより状況が悪化してしまったことか。
「さて、次の質問。よろしいですか?」
ナイフが突き付けられてる首筋が冷たい。物理的な意味で。
精神的な意味では背筋が冷たい。
「あなたは記憶を喪失している、イエスかノーか」
――――ッ!?
何故? どうして分かった?
「イエスか、ノーか」
「…………ノー」
正直に答える義務はない。
僕はウソをついた。
「…………ふーん、そんなこと言っちゃうんだ」
いきなり戻った口調。
ナイフが首筋から離される。
「ま、いっか。そゆことにしとくよ」
続いて、背中にかかっていた体重が取り除かれる。
「やー、さすがの私も、飛びかかって来られた時はビックリしましたヨ」
拳銃を拾い上げ、ナイフ共々『服から出てきたもの一式』の中に放り込む。
金属特有の乾いた/無機質な/軽快な/音が部屋に響いた。
「女装したレイトが襲いかかるなんて、考えてなかったですよ。銃落としたときは本当に焦ったね」
手が差し出される。
拒む理由は山ほどあったけど、とりあえずその手を取り、起してもらう。
「好きで女装してるワケじゃないよ」
「やはは。わかってる、分かってるよ」
崩れたぬいぐるみの棚を戻しながら、リアが笑う。
その口調、表情、共に完全にいつもの――自分の知る限りの、ではあるが――彼女だった。
「さてと、訊きたいことも訊いたし、これでイーブンだね」
「何が?」
「やだなあ、『助けてあげたこと』と
『ヤバ気な装備を持っていることに感付き、病院でなく自宅での看護することを決定したこと』と
『私のベッドを27時間ほど使わせてあげたこと』
この3つを今の質問だけでチャラにしてあげるんだよ。
やー、リアりんの優しさには感動を覚えずにはいられませんなあ」
まあ、言われてみれば確かに。
彼女が装甲服の仕込みに気付かなかったら、病院に運ばれた後、危険物所持の現行犯として留置所行きだったかもしれない。
そうでなくても質問責めは避けられなかっただろうし。
「ありがとうございましたー…………」
ありがたいことはありがたいけど、頼んだワケではなかったので、複雑な気分。
「うんうん、どういたしまして、だよ」
にこやかに笑う彼女のその表情から、先程の冷酷な顔を想像することはできなかった。
彼女には、この顔が似合い過ぎている。
他の表情を考える余地など無いのではないか、とさえ思う。
「それじゃ、どうする? 帰る?」
…………ああ、彼女とは家が近いんだった。
「そうするよ」
ジャージに手をかけ、はたと気づく。
「着替え、見てく?」
暗に『出ていけ』と、僕は言う。
「後学のためにも、是非」
「すみませんでした。出て行ってもらえないでしょうか?」
「レイトって、腰から尻にかけてのラインにクるものがあるよねー。艶めかしい」
「人の話を聞いて!?」
「さあさあ、遠慮なくそのボディを私にさらけ出すのだ、少年」
手にワキワキと卑猥な動きをさせながらにじり寄ってくるリア。
「変態ですかアンタは!?」
「変態? ……ふ、違うね。リアりんは――――真理の探究者なのだよ」
楽しんでる! 絶対僕で楽しんでるぞこの人!
「キャ――――――――ッ! 寄るなケダモノー!」
「なじるがいい、謗るがいい。その程度で探究心に目覚めたリアりんを止めることなど、不可能なのだ!」
「うわあああああ!?」
貞操の危機を感じた僕がジャージに手をかけようとしていたリアを止める。
「…………ちぇー。ケチ。サービス精神が足りないぞ、ボーイ」
力比べでは勝てないと踏んでくれたのか、彼女は拍子抜けするほどあっさりとあきらめた。
ただ、面白くないのか、唇を尖らせながら文句を垂れていた。
文句を垂れつつも、しっかり部屋を出て行ってくれる辺り、素直な子だと思う。
やっと落ち着けた僕は女物のジャージ――どう考えてもリアよりサイズは大きめなものだ――にもう1度手をかける。
しかし、このデザイン……どこかで見たことがあるような…………。
ないような?
まあ、ジャージなんてどれも同じか。