あたたかき者たち
…………声が聞こえる。
僕を呼んでいるのか?
分からない。
分かるのは、誰かがすぐ近くにいることだけ。
ひどく懐かしい声が、おれの鼓膜を震わせる。
誰だっただろう?
分からなかったので、おれは目を開けて、声の主を確かめた。
サラサラな髪の毛の、可愛らしい女の子が、おれの顔を覗き込んでいた。
このひとだ。この人が、声の主だろう。
そして、この人を己れは知っている。知っているぞ。
「ああ、シルフィーじゃないか…………」
そう言ったつもりだったが、声がうまく出なかった。
肺の中に水がたまっているらしい。
あんまりよろしくない。
己れが横を向いて、水を吐き出すと彼女は驚いた表情で、己れの名前を呼んでいた。
大丈夫だって、逃げやしないよ。逃げたくても、逃げれないしな…………。
ここで一旦、己れの意識は途絶えた。
▼
シルフィーは驚いていた。
まず、波打ち際に人が倒れていた。
それだけでも充分に驚くべきことなのに、その人はあろうことか、エリオンにそっくりだったのだ。
多分、エリオンではない、とシルフィーは思っていた。
前に会った…………『レイト』とか言う人だろう。
とりあえず、仰向けにして、気道を確保した。
息はしてるみたいなので、人工呼吸は必要なさそうだ、と判断する。
「大丈夫ですか?」
テンプレートの呼びかけを行う。
これだけやったのに起きないのだから、反応は期待していなかった。
が、彼は反応した。
固く閉じられた瞼がゆっくりと開き、シルフィーの顔に焦点を合わせる。
「あ……しる、ふぃ……ない…………」
一瞬何を言っているか、分からなかった。
次の瞬間、彼はせき込み、肺にたまった水を吐き出し始めた。
この時、私は理解した。
彼は確かに『シルフィー』と呼ぼうとしたのだ、と。
「エリオン……さん?」
うれしかった。
彼は生きていたのだ。どんな形であれ、生きていてくれたのだ。
せきが止まったかと思うと、彼はまた意識を失ったらしい。
規則正しい寝息を立て始めた。
「…………ふぅ」
シルフィーは優しいため息をつく。
昔から寝坊助さんだったなあ。と思い出しつつ。
「はりゃ、誰が倒れてるのかと思いきや」
私は突然の後ろからの声に、振り返る。
「レイト君だったとはねー……」
ああ、また『レイト』だ。とシルフィーは思う。
エリオンにそっくりな少年。
私を助けてくれたことのある人。
だけど、誰でも見間違えるだろう。
こんなにそっくりなのだから。
むしろ、本当に『レイト』なのだろうか?
『エリオン』がワケあって『レイト』と名乗っているだけではないのか? とシルフィーは思ってしまう。
『エリオン=レイト』
その予想が当たっていることを知らせてくれる人物は、今ここにいない。
「ああ、レイトの知り合い?」
「え、あ、まあ…………」
違う、と言おうとしても、できなかった。
すでに彼女の頭の中では『エリオン=レイト』という図式が成り立ってしまっている。
それに、『レイト』に助けられたことも事実なのだ。
知り合い、というレベルでなくても、私は知っている。
そんな私の心情に構うことなく、目の前の女の子は彼の身体をぺたぺた触り、何かを調べ始めた。
「んー……。強烈な打撲――っと、病院まで運んだほうがよさそうだねー」
それだけ言うと彼女は目の前の少年を負ぶって、走り出そうとする。
「あの、救急車は…………?」
「ああ、大丈夫、だいじょーぶ。こっちの方が早いから。ひとっ走りしてきますヨ」
それだけ言うと、本当に走り出してしまう。
人1人背中に載せてるのに、随分速い。
「あ…………」
気づいた時にはもう姿は見えなくなっていた。
「エリオンさん…………」
何とはなしに、彼女は呟く。
自分の、手間のかかる従兄の名前を…………。