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世界のだれかが紡いだもの  作者: 新巻鮭
3章・底無し沼の中の片足
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あたたかき者たち

 …………声が聞こえる。

 僕を呼んでいるのか?


 分からない。

 分かるのは、誰かがすぐ近くにいることだけ。


 ひどく懐かしい声が、おれの鼓膜を震わせる。

 誰だっただろう?


 分からなかったので、おれは目を開けて、声の主を確かめた。


 サラサラな髪の毛の、可愛らしい女の子が、おれの顔を覗き込んでいた。

 このひとだ。この人が、声の主だろう。

 そして、この人を己れは知っている。知っているぞ。


「ああ、シルフィーじゃないか…………」


 そう言ったつもりだったが、声がうまく出なかった。

 肺の中に水がたまっているらしい。

 あんまりよろしくない。


 己れが横を向いて、水を吐き出すと彼女は驚いた表情で、己れの名前を呼んでいた。

 大丈夫だって、逃げやしないよ。逃げたくても、逃げれないしな…………。


 ここで一旦、己れの意識は途絶えた。


   ▼


 シルフィーは驚いていた。 

 まず、波打ち際に人が倒れていた。

 それだけでも充分に驚くべきことなのに、その人はあろうことか、エリオンにそっくりだったのだ。


 多分、エリオンではない、とシルフィーは思っていた。

 前に会った…………『レイト』とか言う人だろう。


 とりあえず、仰向けにして、気道を確保した。

 息はしてるみたいなので、人工呼吸は必要なさそうだ、と判断する。


「大丈夫ですか?」


 テンプレートの呼びかけを行う。

 これだけやったのに起きないのだから、反応は期待していなかった。


 が、彼は反応した。

 固く閉じられた瞼がゆっくりと開き、シルフィーの顔に焦点を合わせる。


「あ……しる、ふぃ……ない…………」


 一瞬何を言っているか、分からなかった。

 次の瞬間、彼はせき込み、肺にたまった水を吐き出し始めた。


 この時、私は理解した。

 彼は確かに『シルフィー』と呼ぼうとしたのだ、と。


「エリオン……さん?」


 うれしかった。

 彼は生きていたのだ。どんな形であれ、生きていてくれたのだ。

 せきが止まったかと思うと、彼はまた意識を失ったらしい。

 規則正しい寝息を立て始めた。


「…………ふぅ」


 シルフィーは優しいため息をつく。

 昔から寝坊助さんだったなあ。と思い出しつつ。


「はりゃ、誰が倒れてるのかと思いきや」


 私は突然の後ろからの声に、振り返る。


「レイト君だったとはねー……」


 ああ、また『レイト』だ。とシルフィーは思う。

 エリオンにそっくりな少年。

 私を助けてくれたことのある人。


 だけど、誰でも見間違えるだろう。

 こんなにそっくりなのだから。


 むしろ、本当に『レイト』なのだろうか?

『エリオン』がワケあって『レイト』と名乗っているだけではないのか? とシルフィーは思ってしまう。


『エリオン=レイト』


その予想が当たっていることを知らせてくれる人物は、今ここにいない。


「ああ、レイトの知り合い?」


「え、あ、まあ…………」


 違う、と言おうとしても、できなかった。

 すでに彼女の頭の中では『エリオン=レイト』という図式が成り立ってしまっている。

 それに、『レイト』に助けられたことも事実なのだ。

 知り合い、というレベルでなくても、私は知っている。


 そんな私の心情に構うことなく、目の前の女の子は彼の身体をぺたぺた触り、何かを調べ始めた。


「んー……。強烈な打撲――っと、病院まで運んだほうがよさそうだねー」


 それだけ言うと彼女は目の前の少年を負ぶって、走り出そうとする。


「あの、救急車は…………?」


「ああ、大丈夫、だいじょーぶ。こっちの方が早いから。ひとっ走りしてきますヨ」


 それだけ言うと、本当に走り出してしまう。

 人1人背中に載せてるのに、随分速い。


「あ…………」


 気づいた時にはもう姿は見えなくなっていた。


「エリオンさん…………」


 何とはなしに、彼女は呟く。

 自分の、手間のかかる従兄の名前を…………。

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