流れるもの
初弾が射出された直後、僕は工作機械のように右腕だけを前後させて、次弾を装填する。
ナクアの話によれば、弾速は毎秒およそ3000、距離は8000だから弾着まで3秒とない。
照準器の中で、エリートのいた向こう側のビルが崩れるのが見えた。
「初弾、外れた。誤差42センチ、8時方向に修正」
言われたとおりに偏差を加えてから、すぐに引鉄を落とす。
一瞬で次弾が送り込まれる。
ほぼ無風とは言え、距離8000での精密射撃なんて、普通の人間なら正気の沙汰じゃないけれど、あいにくと今の僕らは普通の人間じゃない。エリートだ。
さて、今度はどうだ?
照準器を覗き込む右目に意識を集中させる。
エリートがこちらに向き、何かを喋りながら、Gr‐Tで重徹甲弾を叩き落とすのが見えた。
けれど、それらの音全ては僕のもとには届かない。無声映画でも見ている気分になる。
「命中。だけど防がれた」
さすがに気づいたか。僕らがどこにいるかまでは、まだ分かってないだろうけど。
「第2射点に移動しよう」
同じところで砲撃を続けることの愚かさは、何世紀も前の人類がすでに学んでいる。
僕がDn‐Tの展開を解き、移動を開始した頃、今更のように先程外れた初弾の弾着音が聞こえた。
▼
やられる、と思った。
死を覚悟した。
けれど、自分は死ななかった。
何者かの狙撃によって、自分は驚異的な性能を誇る敵を前にして、いまだに生きながらえていた。
「CP。今の、誰が撃った?」
切断していた回線を再び開き、CPへ回答を請う。
《不明だ》
レーフェル1は、今、冷静さを欠いていた。
だから、まずは落ち着こう、と思った。
目の前のエリートが、自分に興味を失ったように、スクリーンからかき消えた。
恐らく、さっきのスナイパーとやり合うつもりなのだろう。
「レーフェル1よりCP、エリートに逃げられた。指示を」
そう、エリート以外が敵ではない。
冷静な判断ができないと判断した自分はCPに指示を仰いだ。
▼
「来てるな…………」
第2射点に移った僕らは、第1射点へジャンプしながら向かう敵の姿を認めた。
Dn‐Tを展開。敵の通る位置を推測する。
現在の距離はおよそ6800、風はほぼ無しとはいえ、動体目標に命中弾を出すのは至難の業だ。
だが、照準器の中には敵がいる。ためらう理由は無かった。
僕は引鉄を落とす。
猛烈な速度で射出される重徹甲弾を照準器に張り付いた右目で見送ってから、僕は左目でナクアの動きを追った。
彼女は今、別の射点に陣取っている。
展開しているのはDn‐Tでなく、Dn‐Sだ。
おそらく、僕の狙撃が失敗した場合に、ぶっ放すつもりなのだろう。
それは多分、僕への信頼が薄いことを意味しない。
エリートはこの程度では倒せないという、戦闘経験からの確信だ。
だが、ナクアはあえてこの戦法をとった。それはなぜなのか…………。
思い当たる節はあった。
初弾に対して、エリートは何の抵抗の素振りも見せなかった。
つまり、不意打ちならエリートは対応できない、ということだ。
それは、初弾を命中させさえすれば、エリートを一撃で仕留めることも可能、と言うことなのだろう。
そして、初弾は外れた。だからこのような戦法をとっているのだろう。
照準器の中に、重徹甲弾が叩き落とされる場面が映し出された。
やっぱり通用しない。
照準が合ってても、これじゃ有効弾を送り込めない。
距離が6500を切った時点で、エリートが方向転換した。
僕は速攻で次弾を送る。
ダメージを与えるつもりはない。装備の使用限界に少しでも近づけることで、後の戦いを有利に進めるためだ。
命中確認もせず、装填、次、また次と、あるだけの重徹甲弾をヤツに叩き込む。
マガジンの容量は7発。すぐ撃ち尽くしてしまう。
マガジンを取り換えた時点で、ナクアの持つDn‐Sがその牙をむいた。
2方向からの攻撃。防ぐには左手のGr‐Tを起動するしかない。
そして、戦局は僕らの思惑通りに進んだ。
ヤツは左手のGr‐Tも起動して、それを防いだ。
そこで、向こうが反撃に転じた。
右手にDn‐S、左手にDn‐Tを展開。
それぞれ、自分の同類へと、その牙を向ける。
――――放たれた。
それを確認したとき、反射的に僕は頭を伏せた。
しかし、彼の狙いはそんなところには無かった。
弾丸は僕には命中しない。
だが、着弾の衝撃に建物の方が耐えきれなかった。
気づけばビルが崩れ始めている。
重徹甲弾が撃ち込まれたのは僕ではなく、僕のいたビルの方だった、と言うワケだ。
「将を射んとするなら…………だっけ」
崩れるビルの屋上から、僕は飛び降りた。
不本意なゲームだが、手玉を放ってしまった以上、仕方ない。
さあ、前座はこれまでだ。
ここからだ。今からが本番だ…………。
今回から再び戦闘です。
前回のは『描写が簡単すぎ』と言われたので、今回は多少頑張りますよ。
ただし、過度な期待は困ります。