すばらしい何か
駅構内のレストランで食事を終えると、僕らは各々の道へと向かう。
「じゃ、レイト。またあとでね」
ナクアが手を振って僕にしばしの別れを告げる。
僕もそれに応えて、手を振り返す。
目の前にあるテレポート装置は、外套型と違い、ゲート型と呼ばれる類のものだ。
お互いに座標を合わせた、1対のテレポート装置からなり、まるで門をくぐる感覚でワープができる。
また、駅のテレポート装置は常時起動しているため、向こうの景色までバッチリ見える親切設計だ。
「よぅし」
決意を新たに、僕はゲートをくぐった。
きっと、いい家具を見つけてやるぞ。
記憶を失ってから初めての1人歩き。どうなることやら。
…………記憶失う前の知り合いとかに会ったらどうしよう?
すでに先程会っていたことにも気づかず、僕は家具屋へと歩を進めた。
…………。
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到着したのは、大手の家具屋。
ここなら、ハズレは無いはずだ。値段も結構安いし。
「…………けっこうあるなあ」
ベッドひとつとっても、すごい数が用意されていた。
これじゃあ、どれを買えばいいのか、分かったもんじゃない。
しばらく右往左往し、同じエリアを徘徊していたら、見かねたのか、店員さんが声をかけてくる。
「何かお困りかな~?」
随分フランクな口調で話しかけてくれる女性店員さんだ。
歳は僕と同じくらいかな。
「ベッド探してるんですけど……どれ買えばいいのか分かんなくって」
「あー。この数じゃ迷うよねえ」
目の前のベッドの群れを眺めながら、店員さんと2人、ため息を吐く。
「ま、嘆いてても仕方ないね。削れるところから削っちゃおう。お客さん身長は?」
「え…………?」
そう言えば、覚えてない。
大体、170か、それぐらいだと思うんだけど…………。
「よっ!」
悩んでると、店員さんが近づき、背伸びして僕の頭頂部に触れる。
この時、僕らの距離はほぼゼロ。
見る人が見たら抱き合ってたりとか、キスしてたりのように見えることだろう。
「な、何?」
うろたえる僕をよそに、店員さんは自分の手の感触を確かめていた。
「ふむふむ、大体171……と」
何その数字? もしかして僕の身長?
「平均的なベッドでいいんじゃないかな? とりあえず、目についたこれとか」
そう言って、本当に無作為に選びだしたベッドを僕に勧めてくれる。
「もうちょっと、判断基準とか無いの?」
「えー、あるワケないじゃん、そんなの。ぶっちゃけどれでも一緒だよ」
ぶっちゃけたよこの店員! 社内教育されてるのか!?
「それにリアりんはバイトで、本来ならもう帰ってる時間なのだよ。タダ働きしてやってるだけありがたく思うのだね」
な、なんて自己中心的なバイトだ。
なんでこんなのが採用されたんだ?
「それに、こういうのは直感が重要なのですヨ。『これなら安眠できる』って思えること。これに尽きるね」
たしかに、区別がほとんどつかないとき、重要なのは、理屈より直感だ。
でも、いい加減に決めた物で、後々後悔したくはない。
「難しいなあ……」
「ま、すごくいいのが欲しかったら金を出すんだね」
結局そこに行きつくのか。でも金は無い。
「お、これなんていいんじゃない?」
…………直感で行こうか。このままじゃ店員に勝手に決められてしまう。
…………。
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「まいどありー。じゃ、配達しようか? それとも持って帰る?」
「配達には別途送料がかかるんだっけ?」
「ううん。高い買い物したからこれは免除だね。ただ、今日中には到着しないよ」
論外だ。昨日のような事態が2日も続いたら、僕は睡眠不足になってしまう。
「持って帰るよ」
「おっけ、じゃあこれがあのベッドのパーツ一式ね」
そう言って、渡された箱は、およそ女の子が軽々と持ち運べる重さじゃなかった。
なんとなく、この娘が採用された理由が分かったような気がする。
「あと、組み立てはセルフサービスになるよ?」
「うん、それは大丈夫。何とかするよ」
正確には、『するしかない』んだけどね。
「ふぃー、やっと終わったよ。であであ、リアりん、帰りますよー」
帰る宣言をしたこの不良店員と、不本意ながら一緒に店を出る羽目になりそうだ。