香りと臭い
「今日はこんなところかな。帰ろっか」
気が付くと、Gr‐TもDn‐Sも消え失せていた。
どうやら、使ってる本人が『必要ない』と考えた時点で消える仕組みらしい。
「レイトも来るよね?」
ナクアの青い瞳が僕の顔を覗き込む。
一瞬僕は迷ってしまう。
つまりこれは……その…………女の子の部屋に泊まり込むってことになるワケで。
「う……うん…………」
けれど、他に行くアテなんか無い。
戸惑いつつも、僕は彼女の申し出を受けた。
「でも、どうやって帰るの?」
それは気になった。
たぶん、このあたり一帯は、軍隊に包囲されていることだろう。
人類側が僕らに友好的でない以上、まともに出してもらえるとは考えづらい。
「こうするの」
彼女は手近にあったマンホールのフタをこじ開けた。
そして、ためらうことなく中へ飛び込んだ。
「え、ええっ?」
中からはものすごい臭いが漂ってくる。
こんな中を平気で進めるのか、彼女は。
「うぅ…………えいっ!」
意を決して、僕も飛び込んだ。
…………中に入ってしまうと、一転、臭いが消え去った。
「遅かったね」
ナクアが笑みを浮かべつつ、ランタンを掲げ、僕の顔を照らす。
「それは?」
どこから出したのだろう?
「Zs‐I。支給品。明るくするだけじゃなくって、身体に有害なガスを取り除く効果があるの。臭い含めて、ね」
なるほど、それで臭いが消え去ったんだ。
僕は自分でもランタンを想像してみる。
《呼び出しを確認。Zs‐I通常起動》
僕の左手にランタンがどこからともなく出てくる。
「うまいうまい。レイト、才能あるよ」
また頭を撫でられる。
嫌じゃないんだけど、何だか気恥ずかしい。
「い、行こっか」
気恥ずかしさのあまり、僕は彼女よりも前に出てしまう。
道分かんないのに……。
「そっちじゃないよ。こっち、こっち」
気づけば、予想通りの失敗をかましてしまっていた。
「これ、これだよ」
そう言って、彼女が指差すのはケープ状の……退避機かな。
「はい」
手渡されるけれども、ここには1着しかない。
このままじゃ2人で帰れない。
「じゃ、もう1着探さないとね」
「ううん、大丈夫」
ナクアは、僕にケープを着せると、下から自分の頭を突っ込んだ。
「こうすれば、2人一緒に使える」
胸が異様に膨らんだケープを着た少年が誕生した。
「行き先の座標は設定してあるから、すぐ使えるはずだよ」
言われるがまま、起動。
彼女の言った通りだった。すぐに景色が変わる。
薄汚い下水道から、殺風景な寝室へと、景色が変わる…………。
『かおり』って言ったらいいイメージがありますけど、『におい』って言ったら何だか悪いイメージがありますよね。
いいにおい、とか言うのに。