奈良夕莉の場合
友人の誕生日を祝う品を買いに来た彼女。
彼女と共に来た友人。
友人の申し出で俺を買っていった彼女。
俺の新しき主。
俺を持つべき主。
彼女は心の底から優しい。
だが、その分悩みや苦しみを溜め込んでいないだろうか。
泣いたりしていないだろうか。
俺はただそれだけが心配だった。
他の人間のことなどどうでもいい。
ただ、主が幸福でさえあれば。
俺は懐中時計だから、時を刻むことしかできない。
でも、主は友人たちと楽しい時間を刻むことができる。
その時間を大切にしてほしい。
友人たちといずれは別れる時が来る。
それでも友人たちといた時間を大切にしてほしい。
忘れることがないように。
俺を見て思い出せるように。
俺は心の底から彼女の幸せと笑顔を願ってる。
彼女はとても優しすぎるから、謙虚すぎるから俺は心配だ。
不幸になったりしてはいないか。
彼女は幸せだろうか。
時計の俺は見守ることしかできない。
でも、彼女と同じ時間を刻むことができる。
それだけが救いだ。
彼女は俺の主だ。俺は彼女の時計だ。
その関係は俺が捨てられるまで、彼女が死にゆくときまで途切れることはない。
それを俺は誇らしく思う。
こんな可憐な主を持てた俺は幸せだ。
彼女の手に包まれているときの安心感。
あれは誰にもわからないだろう。
でも、誰かに知ってほしいとも思う。
我がままだろうか。
俺は彼女にいつか想い人ができた時、その想い人にこの幸福感を知ってほしい。
彼女は優しく、そして頑なな人だ。
だから、自分の信念は曲げないだろう。
だが、それもまた彼女のよさだ。
俺は彼女の良さを、優しさを紡いでいく。
彼女の時計として。
彼女と共に。
優しき物語を。そして、暖かき未来を。
彼女と共に紡いでいきたい。
それが俺の唯一の願い。
彼女がそれを叶えてくれることを願う。
『君と一緒に紡ごう』
それが俺の、誰にも聞こえない声だった。
物語を紡いでいこう。君の傍らで・・・