14:00~15:00
受付を次の係りの連中に引き継ぐと、俺たちは文化祭本部に向かった。俺たちというのは、俺と戸塚姉妹の三人である。正直俺一人でもよかったんだが、戸塚の、
「彩衣ちゃんに最後まで責任を取らせたい」
という真摯な願いを受け入れ、了承した。学校ではやや頼りない戸塚だが、家ではしっかりしているらしい。姉として、きちんと妹の教育をしているようだ。それでもこんな風に育ってしまったのは、やはり戸塚が最後の最後で甘やかしてしまっているからだろう。戸塚らしいと言えば、戸塚らしいな。
文化祭本部に到着すると、彩衣が係の女生徒に話しかける。
「すみません。これ、落し物です」
「ありがとうございます。お預かりしますね」
マニュアル通りの反応で対応する係の女生徒。一応一言声をかけておくか。
「財布の失せ物の届け出は来ているのか?」
「えーっと、つい先ほど来てますね」
落し物名簿なるものを見ずに、係の女生徒が答える。おそらく彼女が応対したのだろう。
「黒の長財布を体育館で失くした、というものでした」
完全にビンゴだな。これで、問題は解決だ。
「私たちで届けてきます。お名前は解りますか?」
言い出したのは、戸塚、えーっと結衣のほうだ。妹の問題は自分の問題とでも思っているのだろう。今日の戸塚がいつもと違って見えるのは、気のせいではないはずだ。
「えっと、名前はうかがっていませんね。というか、まだ届いていない旨を伝えたら、すぐさま出て行ってしまったので、何も分かりません」
「…………」
かなり怪しいな。何も言わずに出ていくとは。自分の物だったら、そんなことはしないだろう。ただの人見知りで恥ずかしがり屋、ということではあるまい。何か後ろめたいことでもあるのだろうか。
「うちの生徒だったか?」
「はい。一年女子でしたね」
ここに来たタイミングが良かったのだろう。受け付けたこの女子生徒も、記憶に新しいため、細かいところまでよく覚えている。しかし、なんだか面倒になってきたな。それにしても、
「女子、ねえ」
黒くてでかい長財布なんて、完全に男物だろう。俺は信じて疑わなかったのだが、探しに来たのは女子か。誰かに頼まれたのか。だとしても、自分の名前くらい明かさないと、見つかった時に連絡しようがない。怪しいことこの上ないな。
「あの、成瀬君……。どうしましょうか?」
俺に聞かれてもな。とりあえず、ここにいてもしょうがない。財布は一応ここに預けるとして、この後どうするか、だな。
何やら巻き込まれたらしいことを薄々感じ始めた俺は、ため息を吐いた。どうしてこういろいろなことに巻き込まれてしまうのだろうか。いや、待て。考えてみれば、まだ逃げ出すことは可能だ。財布を預けてしまえば、とりあえず失せ物探しからは解放される。さっさとここを離れよう。しかし、
「すみませーん。お、成瀬じゃん」
そうは問屋が卸さないらしい。
「あと、戸塚さんだっけ?隣の子は知らないな。お三方、難しい顔してどうしたの?誰か落し物でもしたの?」
麻生だ。今日初めて顔を見たが、相変わらず楽しそうでうらやましいね。
「お前こそ、こんなところにどんな用だ?」
「あー、財布失くしちゃってさ。探しに来たわけ」
嫌な予感がする。いや、もう予感なんて曖昧なモノじゃない。これは確信だ。俺はもう逃げられないらしい。
「一応聞くが、財布ってどんなやつだ?」
「黒の長財布」
「こんな感じのやつか?」
俺は手に持っていた例の長財布を見せる。
「そうそう。まさにそんな感じのやつだよ。というか、全く同じじゃないか。それ、誰の?」
ビンゴだな。
「おそらく、お前のだ」
「は?」
「なるほどねぇ」
俺たちは、文化祭本部にいた受付の女子生徒に事情を話し解放してもらうと、麻生を交えた四人で、TCCの部室に来ていた。俺たちが麻生の財布を持って、文化祭本部にいた経緯を話し終えると、麻生は納得の頷きを返し、
「結局どういうことなの?」
納得はしたようだが、理解はできていなかったらしい。麻生の質問に答える前に、麻生に質問をしなければならない。
「財布を失くしたのは、いつだか分かるか?」
「いや、正直分からないな。学食で昼飯を食べようとして、財布がないことに気づいたんだ。だから昼の時点でももうなかったね」
「単純に落とした可能性は?」
「低いと思うぞ。パフォーマンス前にカバンに仕舞ったところまでは覚えているんだ。だから落とした、というのは考えにくい」
「カバンはどこに置いといたんだ?」
「ああ、パフォーマンスの間はステージ裏に。他のみんなも一緒に置いてあったんだけど、他に盗られたやつはいなかったな」
なるほど。で、彩衣のほうは、
「あたしはさっき演劇部が舞台やっているときに、舞台のそでで拾ったの」
時間に食い違いが出ている。ま、二人とも嘘はついていないだろう。根拠はないが、嘘ついているように見えない。それに、財布を探してやってきた女子生徒のことを鑑みると、答えはおのずと導き出せる。
「これは二重窃盗だな」
麻生は午前中に財布を盗まれている。盗んだ人物は、先ほど財布を探して文化祭本部に来ていたという女子生徒。その女子生徒は、盗んだ財布を、今度は体育館の舞台そでで落とした。そして、それを拾ったのが戸塚彩衣だ。で、今に至る。
「じゃあ話は簡単だね。演劇部に行って、『犯人はこの中にいる』ってやればいいんでしょ?」
十中八九、犯人は演劇部の連中だろう。彩衣の言い回しは置いといて、そうやるのが一番単純で簡単な方法だ。俺も、それに賛成だ。さっきの受付係の女子を連れて行けば、おそらく特定できるはずだ。しかし、
「ちょっと待てよ。そりゃ状況証拠にしかならないだろう。それに探しに来た女子を犯人だと言い切るのはいささか早計だと思うぜ」
全く以てその通りだな。加えて、演劇部員だというのも、百パーセントではない。全て、可能性の話でしかないのだ。『おそらく』とか『たぶん』で犯人だと言い切るのは危険すぎる。それに、
「それに、今回の窃盗は、単純な金品狙いじゃないと思うぜ。だって、財布からは金が抜かれていなかった。普通、財布盗んだら金だけ抜いて、あとは捨てるはず。見つかったら、言い訳ができないからな」
それも、その通りだ。そして、それ以上におかしいのは、盗んだ財布を探して、文化祭本部にまで足を運んでいたことだ。もし、その女子生徒が犯人ならば、そんな目立った行動をとるのはおかしい。盗んだ財布を落としてしまったから、探す。確かにせっかく盗んだ財布を手放すのは惜しい。しかしそれ以上にリスクが高い。犯行後、犯人は目立った行動を避けるのがセオリーだ。それなのに、彼女は探しに行き、あげく文化祭本部にまで足を運んでいる。普通の窃盗では考えられないことだ。
ま、それは置いといて。
「お前の考えは理解できた。それで、お前はこのあとどうしたい?」
俺が聞くと、麻生は嫌な感じでニヤッと笑い、
「決まってんだろ。探偵ごっこは男のたしなみだぜ」
麻生のガキっぽい発言を受けた俺たちは、さっそく部室を飛び出し、捜査に赴くことになった。文化祭が始まる前から、忙しい、と豪語していた麻生は、言い出しっぺのくせにひとまず十五時までしか捜査に参加できないらしい。何でも、十五時からはクラスの店番があるようだ。全くいい身分だよな、こいつ。
「そういや、俺の財布を拾ってくれたのは、戸塚妹だったよな?」
俺に聞いてきたようだったが、俺が答える前に、
「そうそう。本当は使ってやろうかと思ったけど、持ち主のことを考えて、思いとどまったの。感謝してよね」
どの口が言いやがるんだ。財布を取り出したときは、自分の釣果を見せびらかすように自慢げだったじゃないか。しかも、彩衣は普通に使いこもうとしていた。それを俺と戸塚で止めたんじゃないか。全く、とんでもない妹だな。さぞかし姉も手を焼いているんだろう。俺は横目でちらっと戸塚を見る。すると、慈愛に満ちた表情で妹のことを見ていた。おそらくかわいくてしょうがないのだろう。それは、わが子を愛でる母親のようだった。
俺の視線に気づいた戸塚は、はっとして、顔を真っ赤にすると、
「あの、すみません……」
なぜだか謝られた。彩衣の態度は置いといて、
「あんた、本当に妹が好きなんだな」
「すみません」
謝る必要など、これっぽっちもない。姉妹仲がいいのはいいことだ。親とも友達とも違う存在。自分に一番近い存在だと言って間違いないだろう。それが同性なら、なおさらだ。
「しかし、似てないな。あれだけ大雑把で適当で、天真爛漫な性格。とてもじゃないが、あんたの妹には見えない」
「よく言われるの。私は彩衣ちゃんが大好きで、いつも彩衣ちゃんみたいになれたらな、って思っているの」
ま、戸塚は大人しいからな。明るい性格にあこがれる気持ちは理解できる。俺とて、たまーに麻生の性格をうらやましく思う時がある。しかし、
「あそこまで底抜けに明るくなる必要はないぞ。大人しくて、慎み深いのは日本人の美徳だと思え」
戸塚結衣が、彩衣みたいになってしまったら、何となく残念だ。おそらく二人を足して二で割るくらいがちょうどいいのだろう。
「あ、ありがとう……。その、嬉しいです、すごく」
喜んでもらえたなら、幸いだね。
「よし!捜査前に何か食おうじゃないか。腹が減っては何とやらだ。キミ達三人に敬意を表し、俺がご馳走してやる」
前方を歩く麻生が、振り返ってこんなことを言い出した。おそらく彩衣にそそのかされたのだろう。麻生は単純なやつだ。簡単に口車に乗せられてしまう。
「そうは言っても、麻生。お前の財布、ほとんど金入ってなかったぞ」
「そんなことねえよ。千円は入っている。それに、知っているか、成瀬」
千円程度で自慢するんじゃない。それに、嫌な言葉を吐くんじゃない。
「今、うちの学校は『文化祭の七不思議』ってやつが流行っているんだ。その中の一つに、文化祭で他人のために出費すると、その後一年間、倍以上の謝礼が返ってくるらしい。何でもその昔、資金不足で文化祭ができなかった頃、一人の生徒が自分のポケットマネーから出資して、文化祭を開催したらしい。その後出資した生徒は文化祭で培ったマネージメント力を生かして、起業して大成功を収めたらしい」
それ文化祭関係ないだろう。単にそいつが才能を努力で磨いた結果だろう。そいつから言わせたら、奇跡なんて言葉で片付けられちゃたまったもんじゃないはずだ。それに、一生徒が文化祭の費用全額負担って、どういうことだよ。何者なんだよ、そいつ。ま、どうせ作り話なんだし、こんな下らないことに突っ込みを入れてもむなしいだけなのだが、どうしても作り話のクオリティーの低さに物申したくなってしまうね。
「へえ、いい話だね!素敵!」
「そんな話があるんだね。じゃああたしもおごっちゃおうかな!」
こんな時だけ意見を同じくするなよ、戸塚姉妹。似なくていいところが似てしまったな。二人とも残念すぎるぞ。
ともかく、これで五つ目か。残り二つになってしまったな。残り二つは、どうかまともなモノであってもらいたいね。
こうして、文化祭の七不思議に頭を悩ませながら、俺は捜査を開始した。