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13:00~14:00


 さて。昼食の時間が終わった俺は、展示の受付を再度全うしようと教室に向かった。朝一の時間も人が全く来なかったが、午後一もおそらくほとんど来ないだろう。昼食が終わって、さて展示でも見よう、なんてやつあまりいないだろう。午後一から体育館で演劇部の舞台もやるわけだし、こちらにはあまり人は流れてこないと思う。


 もともとやる気などないわけだし、人が入らなかったからと言って、別に困ることもないので、はっきり言ってどうでもいい話ではあるのだが、


「…………」


 一つだけ問題があった。それは俺の相方に由来する。


「…………」


 昼間、岩崎たちに言ったが、今回も相方は戸塚結衣だ。しかも戸塚一人だ。残念ながら三原はいない。なので、会話が成立しないのだ。


 客が全くいないとなると、手持無沙汰だし、何しろ気まずい。客がいれば、気まずさもないし、一応仕事もあるからこんな気持ちにならなくてもいいのだが。……とりあえず話しかけてみるか。


「戸塚」

「ひゃ、ひゃあい!な、なんでしょうか?」


 いきなり話しかける気を失くしてしまった。そんなに驚かなくてもいいだろうよ。俺のほうが驚いてしまう。


「あんた、昨日も受け付けやっていなかったか?」

「え?あぁ、や、やったけど、何で?」

「すでに昨日やったんだったら、今日は二回もやらなくてよかったんじゃないか?」

「え?でも、他にやることもなかったし、そ、それに……」


 やはり暇なのか。しかし、暇だからと言って、受付をやろうとも思わない。俺がなぜ今日二回も受け付けをやっているのか、というと、昨日一切手伝いをしていないからだ。昨日何かしらの仕事をやっていたら、今日は朝の一回でお役御免とばかりに、他のことをしていたと思う。特に用事がなくても、な。


「…………」

「…………」


 そしてまた沈黙。会話とは、こんなに難しいものだったのか。いや、俺とて自分のコミュニケーション能力の低さを認めている。しかし、これほどまでに会話が続かないと、さすがにショックを隠し切れない。しゃべることを苦手としている二人なのだから、仕方がないと言えば仕方がない。諦めるべきか。すると、


「な、成瀬君は何で二回も受け付けやっているの?」


 あからさまに無理矢理ひねり出したような話題。なんだかかわいそうになってくるね。俺も含めて。


「俺は押し付けられたんだよ。昨日はクラスの手伝いを何もやっていないからな。だから今日だけでもしっかり手伝え、ってことだろうよ」

「あ、あー、そっか。そうだね!」

「…………」

「…………」


 あー、もう駄目だ。どうにもならない。ここまで会話が下手くそな二人が集まっていったい何ができるだろうか。何もできないだろうよ。どうせ俺は会話が下手くそだよ。情けないが、これは認めざるを得ないようだな。


 こんな感じで、俺と戸塚はぽつぽつと会話を続けた。そんな苦痛な会話を二十分ほど続けていると、徐々に客が入り始めた。こうなると、来客の数に反比例するように気まずい空気は減少していき、無理矢理しゃべる必要性も感じなくなってくる。その辺りから、俺と戸塚の会話は激減していた。


 しかし、所詮は高校の展示。常に客がいるはずもなく、しばらくすると客は全てはけ、またしても二人きりになってしまった。すると、


「あ、あのさ、成瀬君!」


 待ってましたと言わんばかりに、戸塚が話しかけてきた。なんだ、いきなり。


「どうかしたのか?」

「う、うん。わ、私ね!」


 と、ややテンション高めで、嬉々とした表情を浮かべた戸塚が元気よく話しかけてきたのだが、気になるその内容は聞くことができなかった。


「結衣ちゃん!」


 名前を呼ばれた。もちろん俺ではなく、戸塚の名前だ。戸塚は喉まで出かかっていた会話を飲み込み、声のほうへ視線を移動させる。すると、


「彩衣ちゃん!」


 そこには同い年くらいの女子がいた。友人だろうか。俺は全く見覚えがないので、うちの高校の同学年ではないだろう。先輩か、あるいは中学時代の友人か。どちらにしても、名前で呼び合うほどの仲なのだろう。見た目だけだと、年上に見えるな。


「ど、どうしたの?こんなところに」

「ん?どうしたのって、遊びに来たに決まってんじゃん。一度、来てみたかったんだよね」


 これで決まりだ。うちの高校じゃないな。


「で、結衣ちゃんは何をしているの?」

「何って、展示の受付だけど」

「ふーん。それっていつ終わるの?」


 俺を差し置いて、二人は会話を重ねていく。こういう時、何をしているのが正解なんだろうな。『誰?』とか『受付は十四時までだよ』とか言って、二人の会話に参加するのが、正解なのだろうか。だとしても、俺にはできないな。とりあえず視線を外して黙っているのが吉だな。というか、それしかできない。


「受付は十四時までだよ」

「じゃあそのあと、高校の案内してよ。結衣ちゃんの高校がどんなところか見て回りたいし」

「うん、いいよ」


 やけにここの高校に興味津々なやつだな。そんなに興味があるなら、うちの高校に来ればよかったのにな。いや、来たくても来れなかったのかもしれない。そう考えると、未練からの興味なのかもな。しかし、今更感も無きにしも非ずだ。ま、どうでもいいな。それに、さすがに聞きすぎだろう。他人の会話を盗み聞きするような趣味はない。込み入った内容ではないし、聞き耳を立てているわけではないが、何となく後ろめいたので、俺は興味を教室内の風景に移した。また、徐々に客が入ってきたな。と言っても、特別やることなどないのだが。


 それからも二人はしばらく会話を紡いでいた。内容は聞いていなかったが、とにかく楽しそうだったので、やはりそれなりに仲のいい友人なのだろう。二人の様子を見ていて、ふと思い浮かぶ。そういえば、うちの中学の同級生とか来ているのだろうか。俺は特別仲のいい友人はいないが、麻生なら誰かと会っているかもしれないな。そう考えると、文化祭というのは軽い同窓会になるようだな。確かに会いやすい状況ではある。今のところ、誰かに会ったりしていないが、見かけたら声をかけてみるか。


「ところで、」


 俺がぼんやり考え事をしていると、


「そこの男は結衣ちゃんのクラスメート?」


 そこの男とは、おそらく俺のことだろう。学校のことに加えて、生徒にも興味を持ち始めたようだ。というか、戸塚の生活そのものに興味があるのかもしれないな。もしかしたら、この女子は戸塚のことが好きなのかもしれない。ま、冗談だが。それにしても、初対面の人間に対して、そこの男、呼ばわりするとは、教育がなっていないな。


「あ、えっと、うん。同じクラスの、成瀬君」


 紹介してもらって悪いが、俺はどうすればいいんだ。とりあえず、何かしらの挨拶めいた言葉を吐いておいたほうが吉だろう。


「どーも」


 すると、


「ふーん、成瀬君、ねえ」


 よく分からないリアクションを見せた。なんだ、どういう意味だ?そいつは二秒ほど俺のことをじっと見た後、


「初めまして、成瀬君。あたしは戸塚彩衣です。姉がお世話になっています」


 戸塚、彩衣。そして、姉。つまり、


「あんた、戸塚の妹か?」

「うん。そうだよ」

「ってことは、年下か」

「もちろん。今は中学三年だよ」


 驚いた。まず姉妹というところに驚いた。全く似ていないな。パーツをよく見れば似ているかもしれないが、パッと見、まるで似ていない。そして、戸塚が姉、というところに驚いた。どう見ても、戸塚のほうが妹だろう。戸塚結衣のほうが背が低い、ということもあるが、戸塚彩衣が大人びている。中学三年だと?見えないだろう。


「で、他のクラスメートはどこにいるの?噂のあの人、見てみたいんだけど」

「こ、こら!何言っているの?」


 それにしても仲のいい姉妹だな。おそらく家でもこんな感じなのだろう。正直、クラスメート以上に仲良く見える。


「ま、いいや。とりあえず、何か食べに行こうよ。あたし、何も食べてなくってさ。臨時収入が入ったから、おごっちゃうよ。成瀬君も来る?」

「ちょ、ちょっと彩衣ちゃん?」


 俺は遠慮させてもらうぜ。二人と一緒に行動する気にはなれないな。パッと見は大人びているが、中身は子供だな。俺は子供が苦手なんだ。


「臨時収入って何?お母さんから、お小遣いでももらったの?」


 これまた子供のエピソードだな。戸塚家では文化祭があるからって、小遣いがもらえるのか。微笑ましい話だと思って聞いていたら、


「いや、さっき財布拾った」


 全然微笑ましくなかった。


「ダメだよ、持ってきちゃ!その人、絶対困っているよ」


 この辺りはさすがに姉だな。戸塚が常識人でよかった。


「大丈夫だって。中身あんまり入ってなかったし」


 なおさらかわいそうだ。というか、そういう問題ではない。彩衣は自分のカバンから、拾ったらしい財布を取り出した。男らしい、黒くてでかい長財布だ。


「これ、どこで拾ったの?持ち主探さないと」

「平気だって。落としたほうが悪いんだよ」


 そういってやるな。間違っていないが、落としたくて落としたわけじゃないんだし。それに、お前が言っていいセリフではない。


「いいから。拾った場所を教えて」

「むー。体育館だよ。舞台のそでで拾った」


 舞台のそでだと?お前、そんなところで何をしていたんだ?ま、それは置いといて、確か、今の時間は演劇部の演目がやっている時間だ。そうなると、舞台そでにあるものは、演劇部の物である確率が高い。直接演劇部の連中に渡してしまってもいいが、それも面倒だ。


「とりあえず、文化祭本部に届けよう」


 あとは連中がどうにかしてくれるだろう。


「うん。そうだね」


 戸塚は納得してくれたが、


「えー、ちょっと待ってよ!あたしが拾ったんだけど!」


 彩衣のほうは納得してくれなかった。


「これは歴とした犯罪だ。警察に突き出されたいか?」

「盗んだわけじゃないよ。あたしは拾っただけだし」

「刑法245条『逸失物等横領罪』」

「何よ、それ」

「拾ったものを横領することだ」


 俺は適当に説明すると、彩衣から財布を奪った。失礼、と心の中で断りながら、中を見る。個人を特定できるものはないな。他には、レシートやポイントカードの類が無駄に入っている。肝心の金銭は、彩衣が言っていたようにほとんど入っていない。かなりルーズな人間らしい。とりあえず、こいつは届けてやらないと。


「何か食べたきゃ、自分の金で買え。もしくはお姉ちゃんにねだるんだな」


 その後、十四時まで一応受付の任務を全うしてから、財布を持って文化祭本部へ向かった。



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