表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/13

10:00~12:00


 クラスの出し物である展示の受付という任務から解放された俺は、昼食までの二時間、自由時間となった。特別用事もなければ、回りたいところもない俺は、とりあえずぶらぶらすることにした。


 まず向かったところは、前日俺の居場所となっていたグラウンドの特設ステージ。今日は文化祭実行委員の連中と生徒会で共同企画したイベントをやっていた。これのおかげで、俺は今日解放されているわけだ。ま、もともと半分ほど生徒会に譲るということで、ステージ運営の許可が下りた代物である。当然と言えば、当然なのだが。


 連中の出し物もそれなりに盛況を見せていた。見た感じ、一番盛り上がっているのはステージ上にいる生徒会&文化祭委員の連中で、見物客とはやや温度差を感じる。運営が異常に頑張ると、客が引いてしまうんだよな。


 続いて向かったところは、一番華やかな中庭。ここはステージがあり、出店があり、ベンチがあり、何しろ人が集まりやすいところなのだ。一番人がいると言っても過言ではない。出店とステージといつも以上の人の数で、今日の中庭は少し手狭な感じだな。こういうところに一人でいると、何気に疎外感を覚えるね。一人で行動している人間などおらず、みんな笑顔で楽しそうだ。対して俺はどうだろうか。傍から見た俺は、はたして楽しそうだろうか。きっと違うだろう。居心地が悪い。場所を変えよう。俺が体育館に向かうべく、人ごみをかき分け行軍していると、


「おーい、成瀬」


 不意に話しかけられた。目を向けると、そこには俺以上に似合っていない人物がいた。


「そこで何をしているんだ?」

「何って、見りゃ分かるでしょ。クレープ焼いてんの」


 自称スーパー美少女お嬢様日向ゆかりだ。しかし、見慣れぬ恰好をしている。


「あんたがそういう格好していると、そこはかとなく違和感を覚えるな」


 日向はエプロンを着用し、頭には三角巾をかぶっている。別におかしくない。今は文化祭で、日向がいるのは出店なのだから。ただ、正直言って見慣れない。


「失礼ね。あたしだってキッチンに立つことくらいあるんだ。あたしは何でもこなすオールラウンダーだからね」

「オールラウンダーっぷりは昨日散々拝ませてもらった」


 今日はクラスの出店で働いているようだが、昨日はTCC主催の特設ステージで活躍していた。最初は大人しくギターを弾いていたが、その後キーボードを担当し、最後にはマイクを握って、観客を魅了する歌声を披露していた。高校の文化祭であれほどのステージを披露できるやつはそうそういないだろう。マイクパフォーマンスも絶好調だったな。


「まあね。あたしみたいに才能に満ち溢れている人間は、その才能で人々を楽しませる義務があるから」


 いったい誰が中心で誕生したバンドだったのだろうか。だが、それをとがめる人間は誰もいなかったし、軽音部女子たちは本当に日向に感謝していたようだった。ま、あれが成功のお手本のようなステージだったし、今更俺が苦言を呈するのはおかしいというものだろう。


「あんたの才能のおかげで、昨日は助かったよ」


 客のいないステージは、二重の意味で寒いだろう。そんな中でステージ運営など、考えただけでも嫌だね。しかし、礼を言うタイミングを間違えたな。なぜかこいつは今絶好調だ。先ほどの自信過剰発言を見れば一目瞭然。傲然と胸を張って、思い切り嫌なやつになるだろう。と、思っていたのだが、


「いや、あたし一人の力じゃないでしょ。みんなで作って、みんなで盛り上げて、みんなで楽しんだ。だから成功させることができた。これでいいんじゃないの?」


 似合わない照れ笑い。意外だな。


「謙遜して、周りを評価するなんて、らしくないじゃないか」

「謙遜じゃなくて、正しい評価だよ。それに、」


 照れ笑いが、苦笑いに変わった。


「一昨日から感謝されすぎて、ちょっと食傷気味なんだ。だから、あんたにまで感謝されると、胃腸炎になっちゃうよ」


 どうやらこっちが本音らしい。褒められるのは慣れているので素直に受け取れるが、感謝されるのは慣れていない、ということか。これも珍しい気がする。


「それよりクレープ買っていきなよ。どうせ、まだ何も買ってないんでしょ?少しは積極的に文化祭に参加しなさい。受け身じゃなくてね」


 言われてみれば、俺は自分から参加しているという気分じゃないな。どうにも巻き込まれている気持ちになっている。しかし、俺はこういう大人数で騒いだりするのが苦手なんだし、人ごみに至っては躊躇いなく嫌いだと言えるレベルなのだ。やれ、と言われたからってそう簡単に気持ちを変化させることはできない。少なくとも、乗り気じゃない。と、そういえば、


「あんただって、こういうお祭り騒ぎは嫌いじゃなかったか?」


 こいつは俺と違って、それなりに人気者だし、お嬢様であるにもかかわらず情に厚いし、ハートは熱い。しかし、群れるのはあまり好きじゃない。テンションも必要以上に上がらない。そんなイメージだったのだが、


「別に嫌いじゃないよ。ただ、苦手なだけ」

「どう違うんだよ」

「全然違うんだよ」


 よく分からないが、違うらしい。


「ま、あまり好きじゃないのは確かだね。でも今回は結構楽しめているよ。周りと同じようにははしゃげないけど、あたしの中では十分満喫しているよ」


 こいつとの付き合いは、かれこれ一年になるが、こんな奴だっただろうか?自分よりレベルの低い人間は完全に上から見下ろし、才能のない奴を否定していたような雰囲気があった。誰からも距離を置くイメージがあったが、どうやらそれも過去の話らしい。


「ま、つまらないよりは楽しいほうがいいに決まっているさ。その気持ち、俺にも少し分けてほしいね」

「あんたは見ようとしていないだけで、楽しいことは周りに山ほど転がっているよ。それはもう入れ食い状態でね」

「そんなもんかね」

「そんなもんだ」


 言って、日向はクレープを差し出した。


「とりあえずこいつを分けてあげる」


 よく分からないが、俺の気持ちは少しだけ軽くなった気がした。


「ありがたくもらっておく」


 軽くお礼を言って、日向からクレープを受け取ると、


「四百円になります」


 普通に代金を請求された。分けてあげる、と言われたから、てっきりご馳走してくれるのかと思ったのだが。それはともかく、


「高くないか?」


 いくら文化祭価格とはいえ、高く過ぎるだろう。これでは俺でなくとも、買う気がしないだろう。いや、それにしてはずいぶん忙しそうだな。これはどういうことだろうか。クレープにとんでもない仕組みが隠されているのだろうか。この謎は日向の言葉で全てすっきり解決した。


「それ、二つ分だから」

「どういうことだ?」


 俺は二つもいらないぞ。と思っていると、日向はたった今自分で作ったクレープを適当にラッピングすると、そのままかぶりついた。


「こういうこと」


 つまり、日向が今食べた分まで俺に請求したらしい。おごれ、ということか。


「何で俺があんたの分まで払わなければならない」

「いいじゃない。今日は文化祭なんだし。楽しまなきゃ損でしょ」


 あんた、すっかり楽しんでいるな。こういう行事は苦手なんじゃなかったのか?


「早く払いなさいよ。四百円になりまーす。別に二百円でもいいけど、そしたらあんたが手に持っている奴を返しなさいよ」


 どうしても俺におごらせるらしい。ま、今回は大目に見てやる。最近世話になりっぱなしだったからな。二百円で済むなら安いものだ。


「毎度あり!」


 俺が手渡すと、お嬢様らしからぬ言葉を言って受け取った。そして、


「お礼に面白い小話を一つ」


 さらにらしくないことを言い始めた。


「あんた、文化祭の七不思議って知ってる?」


 またその話か。しかも、日向が。


「ああ」

「さすが天下のTCC。この手の話題は得意分野かな?」


 俺としては全くの専門外だが、TCCらしいとは言えるかもしれないな。ま、聞いたのは今日が初めてだが。


「文化祭当日にケンカすると、その後一生仲直りできないらしいよ。何でも文化祭でケンカしたカップルが翌日二人とも事故で命を落としたんだって。その後毎年そのカップルの霊が文化祭に現れて、ケンカしたカップルを不幸に陥れているんだって」

「何とも縁起の悪い七不思議だな」


 三原から聞いたやつは、夢見がちな女子生徒が適当に作ったであろう楽しげな雰囲気が出ていたが、こいつは後味の悪い話だ。正直聞きたくなかったね


「ま、あんたたちにそんな心配はないと思うけど、二人がケンカするとこっちに火の粉が降りかかってくるんだ。仲良くしてよ」

「善処する」


 なぜ日向に火の粉が降りかかるのか、それは置いておくとして、これ以上人間関係の面倒事は勘弁願いたい。ケンカなんかしたいと思わないのは、俺とて同じ気持ちだ。


「あれ?あたしはあんたたち、としか言ってないけど、あんたと、誰のことだか分かったの?」


 からかうような、楽しんでいるような、そんな視線を向けてくる日向。何となくだが、こいつは俺が面倒事に巻き込まれることを望んでいるような気がするな。人の不幸を楽しむのはいい趣味とは言えないぞ。


「誰が相手だろうと、ケンカなんてしたいと思わないだろう」

「正論ね。正論過ぎて、つまらないわ」


 正論を言って、非難されるのはさすがに納得いかないぞ。しかも、理由がつまらないから、なんて、わがままが過ぎるぞ、お嬢様。


「ま、いいわ。とにかく、文化祭くらい楽しみなさい。そーんな仏頂面していると、幸福が逃げるわよ」

「大きなお世話だ」


 言って、今度こそ俺は体育館に向かった。






 体育館は異様な雰囲気だった。俺が足を踏み入れた時、ダンス部のパフォーマンスの最中で華やかでリズミカルな雰囲気だった。ダンス部のパフォーマンスが終わると、今度は有志によるバンド演奏で、そのあとはまた有志のブレイクダンス。次は声楽。今度はバンド演奏なのだが、アルトサックスがいるためややジャズテイスト。


 といった感じで、五~十分ごとにグループが代わり、演目内容が変わる。全く統一感もなく、客もひっきりなしに入れ替わる。いろいろ混沌とした雰囲気だ。午後一からは一時間ばかり演劇部が独占して、演劇が行われるらしい。もはや何でもアリだな。


 体育館に来ては見たものの、前のほうまで行って観覧する気になれず、入り口付近でいつでも退散できるよう壁に寄りかかり、立ち見を敢行していた。


 今までやっていたグループが終了すると、またしてもざっと客が移動を開始する。出ていく客と、入ってくる客が入れ替わる。その様子をぼんやり眺めていると、不意に、


「あ、成瀬」


 声をかけられた。声がしたほうに焦点を合わせると、


「相変わらずつまらなそうな顔しているね」


 そこにいたのは隣のクラスの知り合い、天野だった。


「そんな顔しているか?」

「自覚ないわけね。っていうことは案外楽しんでいるの?」


 そういうわけでもないが。


 天野は一緒に来た友達を先に行かせ、一人俺の隣にやってきた。


「いいのか?何か見に来たんじゃないのか?」

「この次の次。友達がダンスするらしいから冷やかしに来たの」


 つまり今のステージには興味なしということか。


「あんたとこうして話すのも久しぶりね」


 俺に話しかけたのは、友達のステージまでの時間つぶしということらしい。


「そりゃあんたは俺のことが嫌いなんだ。当然だろう」

「別にあんたは嫌いじゃないわ。あんたの協調性のないところと自覚のないところが嫌いなだけ」


 協調性がない、というのは自分でも知っているが、自覚がない、とはどういうことだろうか。天野の言葉に、俺は憮然となる。しかし、当の天野はまるで意に介さず、新たに会話を開始した。


「聞いたよ」


 脈絡がなさすぎて、何の話か分からないぞ。と、普通なら思うところだろうが、俺には思い当たる節があった。


「真嶋のことか?」

「うん。TCCに入部したんだって?」


 真嶋がTCCに入部した。これは事実だ。いったい何でこのタイミングなのだろうかと思うのだが、岩崎は理解できていたようで、二つ返事で了承していた。ま、動機は不明だが、断る理由もない。


「あたしから見たら、何で今更って感じだけど」

「あんたは今更入部した理由を聞いたのか?」

「詳しくは聞いていないけど、何か心境に変化があったらしいよ」


 心境の変化ね。それは俺も思い当たる節がある。心境が変わった理由は分からないが、とにかく真嶋は変わった。文化祭の準備辺りから、妙に張り切っている雰囲気があった。真嶋はことあるごとに手伝わせてくれ、と俺に進言してきた。それは、今までの真嶋とは違っていた。何に対する姿勢が変わったのか分からないが、とにかく積極的になっていた。


「いい変化だったのかね」

「さあね。でも変わることは自然なことだと思うよ」


 それはそうかもな。人間は環境に適応できる生き物らしい。住めば都、郷に入っては郷に従え。このことわざはともに環境の変化に対して適応することのたとえだと言って差し支えないだろう。


「そういうあんただって変わったと思うぞ」

「そうかな?」

「俺が初めてあんたと話したときは、尖ったナイフみたいなやつだった」

「そりゃあんたのせいでしょ。あたしはもともとマイペースで穏やかな人間なの」


 穏やかでマイペースね。にわかに信じられないな。ま、今となっては尖ったナイフ、というたとえのほうが似合わないのは確かだな。


「とにかく、あんたは今すぐ変わりなさい。その根性なしで後ろ向きな性格を何とかしなさい」


 もしかして、その話がメインだったのか?真嶋の話は引き合いに出しただけか?


「急には無理だな。生まれたときから後ろ向きなんだ」

「そんなわけないでしょ。まさか、逆子だった、なんてつまらない冗談を言うつもりじゃないでしょうね」


 うまいこと言ってんじゃねえよ。


「生まれつき後ろ向きな人間なんていないわよ。人間は前しか見えないんだから。だからあんたが後ろばっかり見ているのは、考え方の問題よ」


 結局説教になるのか。少しは丸くなったかと思ったが、どうやら俺の勘違いらしい。嫌いじゃないとは言っているが、『生理的に嫌い』から『考え方が嫌い』になっただけ、ってことか?あまり嬉しくないね。

 俺がさりげなく嘆いていると、自称マイペースの天野は、またしても話題を唐突に変化させた。


「ところで、あんた文化祭の七不思議って知っている?」


 おいおい。天野までそんなことを言い出すのか?七不思議ってやつはそんなに流行っているのか。うちの学校の行く末が気になるね。


「最近よく聞くな」

「そ。あんたはある意味専門だしね」

「嫌なこと言うな」


 俺は占いだの都市伝説だの、ってやつは全く信じていないし、詳しくもないし、興味もないぞ。そんな俺に、専門、だなんて言うんじゃない。勘弁願いたいね。


「文化祭当日からイメチェンすると、必ずうまくいって、ひいては人生を変えてしまうらしいよ。何でもその昔、根暗のいじめられっ子がクラスのみんなを見返すために、一人でヘビメタやったらしい。そしたらものの見事に成功して、その後アーティストになってしまったんだって。今でもその人の魂がここに残って、生徒の意識改革を後押ししているらしいよ」

「だんだん話のつくりが雑になってきているな……」


 もはや俺は話を楽しみ始めていた。どれも必ず妙な根拠(こじつけ)がついて、最後は必ず霊的なものの暗躍がある。もしかして、全部一人が作った話じゃないだろうな。でなけりゃ、こうも同じような構成にならないような気がする。もしくは『文化祭の七不思議制作委員会』などという意味不明な団体が裏で動いているのかもしれないな。この思考もどうでもいいな。


「とりあえず、手始めに文化祭を楽しみなさい」

「そうは言ってもな……」

「ちょうどいいわ。一緒にあたしの友達を冷やかしに行きましょう」

「は?何で俺がそんなことを……」


 俺が抗議に出たところ、天野は武力行使に出た。


「あんたの意識改革の手伝いをしてあげるって言ってんのよ。無理矢理でもいいからはしゃぎなさい。綾もいるから!」


 友達、としか言っていなかったから、俺の知り合いはいないのかと思っていたが、どうやら真嶋も参加しているパフォーマンスだったらしい。真嶋がいようといまいと、俺ははしゃげないのだが。


 天野は俺の腕を引く。俺は一応抵抗したが、周りの目が気になって、なりふり構わずというわけにはいかず、結局天野の言いなりになってしまった。


 友人のダンスが始まると天野はにやにやしながら手拍子と妙な合いの手をしていた。俺はというと、はしゃげるはずもなく、適当に手拍子をしていただけだった。


 一方真嶋はというと、どうやらこちらに気づいていたようだ。しかし、踊っている最中は一度もこちらを見ず、結局最後まで俺を見ようとしなかった。おそらく恥ずかしかったのだろう。


 曲が終わると、天野はやはりいちゃもんをつけてきたが、俺は適当に躱して、逃げるように体育館を後にした。気が付けば、昼休みになっていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ