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9:00~10:00

 文化祭自体は九時から始まる。しかし、一般開放は十時からだ。つまりこの一時間は、言ってしまえば直前準備のようなものだ。なので、この時間から文化祭を楽しもうとすると、展示を回るくらいしかないのだが、展示を回る生徒も実際はあまりいない。そんな時間に受付を任された俺は喜ぶべきか、悲しむべきか。


 現在の教室、もとい展示会場は全く人がいない。うちのクラスの生徒はさっさとどこかへ行ってしまったし、展示を見る客もまだいない。ここにいる人間は俺と同種の他二名だけだ。つまり三人しかいない。


 まず一人はバドミントン部部長、三原。


「文化祭って、この浮かれた雰囲気がいいよね。みんな楽しそうで、忙しそうで、はしゃいでいて。昨日よりは落ち着いているけど、今日もそんな感じ」


 楽しそうでうらやましい。岩崎のように攻撃的な社交性ではなく、程よい程度の社交性と積極性を持ち合わせているこいつは、いい意味で普通の生徒と呼べるだろう。普通の生徒として、模範的な姿である。対して、もう一人は、


「あ、そうだね。でも、私は少しついていけないかも」


 内気で消極的な生徒の代表とも呼べる。同じくバドミントン部所属の戸塚。


 この二人とは学年が上がってからたびたび会話を交えるようになったのだが、まだそれほど親しいとは言えない。しかしまあ俺の交友関係から言えば、親しいほうと呼べるだろう。それは、三原だけなのだが。なぜかというと、


「成瀬君は、昨日は文化祭を堪能できた?」


 俺に話しかけてくるのは、もっぱら三原だけだからだ。


「さあな。楽しんだかどうかは微妙だが、文化祭気分を味わったことは確かだな」

「あ、そっか。昨日は一日ステージ運営をしていたんだっけ?」

「ああ。本当に一日中な」

「あらー……。それは災難だったね。ご苦労様」


 社交辞令だということは分かりきっているのだが、無性に心に響く言葉だった。俺はそれほど精神的に参っているということなのだろうか。


 心を落ち着けるために、俺は小さく息を吐いた。そして、そんな心の動きを悟られないように話題を振りかえす。


「そういう二人は、昨日は文化祭を楽しむことができたのか?」

「そうだねえ、昨日はずっと主催側だったね。だから今日はお客さんとして、文化祭を楽しむことにするよ」


 正しい文化祭の楽しみ方と言えるだろう。正統派だ。模範生と言える。三原は文化祭をしっかり楽しんでいた。では、こいつはどうだろう。


「で、戸塚は?」

「え、あ、私ですか?」


 お前の名前を言っただろうが。それ以前に今は俺達三人しかいないのだ。俺が分かりやすくうなずくと、


「わ、私は特に有志とかやっていないので、美聡ちゃんの有志の出し物を見たり、友達の出店を見て回ったり……」


 戸塚はアクティブではないため、有志のパフォーマンスをやったり出し物をしたり、ということはしていないのだが、それでも正しい楽しみ方をしていたみたいだな。ちなみに『美聡』とは三原のことだ。部活も同じで、クラスも同じ。この二人は見た目通り、かなり仲がいいみたいだな。


 それにしても、


「…………」


 こいつはいつになったら俺に慣れてくれるのだろうか。別段好かれたいとは思わないし、好かれる性格をしていると思っていない。しかし、もう少しまともに会話をしてもらいたいね。引っ込み思案でシャイということなら、目を見て話せ、とは言わないが、そんなにおっかなびっくりしゃべられると、こちらも気を遣ってしまう。


 この様子には三原も苦笑い。『困ったなぁ』といった感じだが、ここは三原を頼らざるを得ない。さすがに無言で一時間過ごすのは気が重いし、二人だけでも話していてもらいたい。この際、俺のことはシカトしてもらっても構わない。


「そういえば、成瀬君」


 とはいえ、何度も言うようにこの場には三人しかいない。二人で話すのも三人で話すのも大して変わらないし、嫌いでなければ普通話しかけるだろう。というか、自然に三人で話す展開になる。にもかかわらず、あえて二人で話していると雰囲気も悪くなる。三原がここで俺をシカトしないのは、当然と言えば当然である。


「なんだ?」

「昨日誰かと長い時間一緒にいた?」

「…………」


 いったいどんな話を振られるのかと思ったら、今朝も聞いた内容だった。何の脈絡もない会話の中で、同じ質問を違う人間からされたら、これは偶然とは言えないだろう。しかもそれが、日常生活では滅多に問いかけられないような内容ならなおさらだ。


「あれ?私なんか変なこと言ったかな?」


 俺が黙り込み、さわやかとは無縁の顔をしたせいだろう、三原は焦ったように質問を重ねた。いや、まあ変なことと言えばそうなるのかもしれないが、実際質問自体はそこまでおかしなものではない。二回目だからこそ、俺はここまで渋い反応を見せただけだ。


「いや、その質問真嶋からもされたんだ。ホームルーム前にな」

「あ、そうなんだ」


 またしてもいつもの苦笑。すっかり癖になってしまっているような感じだ。で、質問の答えだが、


「長い時間同じ場所にはいたが、誰かと一緒にはいなかったな。一番長かったのは一人でいる時間だ」

「そういえば、そうだったね。本当にご苦労様です」


 今度はわざとらしく頭を下げる三原。先ほど以上に丁寧な態度だったが、さすがに今回は俺の心を揺さぶりはしなかった。


「で、今の質問はなんだ?何の意味があるんだ?」


 意味というか、その質問で何が分かるというのだろうか。誰か一人からされた質問ならばあっさり忘れることができるが、同じ質問を二人(岩崎を含めると三人)からされると、さすがに気になる。


「真嶋さん教えてくれなかったの?」

「はぐらかされた」

「まあ、そうだろうね」


 なんだか知った風である。


「えっと、たぶん成瀬君はあまり興味ないと思うけど、」


 と言って、三原は話し始めた。何とも興味を失う切り出し方である。


「マンガや小説で、よく『学校の七不思議』っていうフレーズが出てくるじゃない?今時は都市伝説っていうのかな。ま、何でもいいんだけど、うちの学校にもその七不思議ってやつがあるらしくて」


 ここまで聞いて、さらに興味を失った。七不思議?都市伝説?バカバカしい。占いや怪談よりくだらない話題だと思うね。しかしまあ、俺がきっかけで話し始めたのだ。一応最後まで付き合ってやるとするか。


「文化祭限定の話なんだけど、学校にいた時間の三分の二以上を同じ人と過ごすと、親密な関係になれるんだって。何でもその昔、文化祭で告白を決意した女生徒が、思いを寄せる男子生徒に一度も話しかけることができず、その日の帰りに自殺をしてしまったらしいの。思いを伝えられなかった悲しみを知っている彼女が、死後もこの場所にとどまり、文化祭で恋愛を成就させようと思っている生徒を後押ししているんだって」


 限りなく胡散臭い話だ。なんだその、とってつけたような設定は。全く以てリアリティがないし、説得力もない。信じるか否か悩む以前の問題だ。悩むに値するきっかけすら存在しない。


「へえ……」


 俺のため息交じりの返事を正しく受け取った三原はまたしても苦笑い。ま、こいつは話し始める前に、俺は興味ないだろうと宣言していた。思った通り、といった感じだろう。別に落胆した様子はないので、俺が申し訳なく思う必要もないわけだ。対して、


「へえ!」


 俺と同じ言葉を発した戸塚だったが、明らかに俺とは違う反応を見せた。まさか、今の話で興味を持ったのだろうか。


「結衣は昨日誰かと一緒にいた?」


 結衣というのは戸塚のことである。興味を持ったらしい戸塚に対して、三原が声をかける。


「私は美聡ちゃんかな。でも三分の二までは届かないと思うけど」

「そっか。じゃあ私たちは親密な関係になれるね!」

「そ、そうかな……」


 冗談めかした風に三原が言うと、戸塚はなぜか照れてしまったようだ。よく分からないが、二人はすでに仲がいいのだろう。なぜそこで照れる必要がある。


「ま、私とはこれで十分親密になったから、今日は別の誰かと一緒にいることをお勧めするよ。成瀬君もせっかくだから頭の片隅くらいには置いてみたらどうかな?」

「善処する」


 信じる気には全くならないが、三原の言うとおり、頭の片隅に置いておくくらいならしてやってもいいだろう。どうせ今日はさほど考えることもないだろうし。それにしても片隅以上にスペースを与えてやるつもりもないが。俺はこんな様子だったが、


「え」


 戸塚は、何やら深刻な雰囲気を醸し出し、必要以上に真剣な表情を作った。そして、おそらく誰か特定の人物が頭を駆け抜けたに違いない、必要以上に赤面した。


「言われなくても、そう考えていたみたいね」


 俺でも分かったのだ。付き合いの長い三原が気付かないはずがない。弱点を的確にとらえた三原の発言は、効果抜群だったようだ。


「そ、それより七不思議って、他にもあるの?」


 あからさまな話題の転換だった。分かりやすいにもほどがあるな。しかし、そこをしつこくつっついて戸塚をからかうほど、三原は性格が悪い奴ではなかったようで、戸塚の要望通り、他の七不思議について話し始めた。その場にいた俺も七不思議についてずっと聞いていた。どうやら三原もそこまで詳しくないらしく、七不思議自体の話ではなく、その噂の話をしていた。ほしい情報が手に入らなかったわけだが、戸塚はいい聞き役になり、感心するほど聞き入っていた。


 結局十時になるまで客が一切来なかったため、終始その話をしていたのだった。


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