17:30~18:30
これで最終話です。
今回はあとがきまで読んでください。
よろしくお願いいたします。
教室に戻ると、クラスメートが片づけを始めていた。明日月曜日は終日、片づけの時間に充てられている。しかし、貴重品や生もの、壊れやすいもの、いたずらされそうなものは今日中にある程度片付けてしまうことになっている。完全に遅れてしまった俺と戸塚だったが、特別文句も言われず、そのまま片付けに合流した。
片づけはそんなに真剣なものではなく、適当に私語を盛り上げながらやっていた。俺も、その一人である。
「こんな時間まで戸塚さんと二人で何をしていたんですか?」
「ただの野暮用だ」
「男女二人の野暮用なんて、ずいぶん青春らしい野暮用ですね。うらやましいです」
嫌味が口から止まらないこの女は、紹介するまでもないだろう。当然、岩崎である。
「うらやましいのも青春らしいのも、別にいる。俺と戸塚はただのオーディエンスだ」
「どうせ観客参加型だったのでしょう」
どうしたらここまで嫌味が言えるのだろうか。ある意味才能を感じさせるが、俺としてはこの才能を別のところで発揮してもらいたいね。さらに嘆くべきところは、この女が嫌味の天才であることを知っている人間があまりに少ないというところだ。なぜ俺にだけ、こうも嫌味を言うのか。
「そういうあんたはどうなんだ?青春らしい何かはあったのか?」
「え?私ですか?あったと言えばありましたが、考えてみればいつもどおりでしたね」
それはいつも青春じみた何かがあるということか。うらやましいね。しかし、
「あんたって好きな人がいるような発言をする割に、俺以外の男子と二人でいることあまりないよな。努力しているのか?」
言うと、岩崎の動きが止まった。これは、嫌な予感がするな……。
「努力しているのか、と言いましたか……」
あぁ、しまった。変なスイッチを押してしまったようだ。
「努力してますよ!しているに決まっているじゃないですか!成瀬さんは私が努力しない人間だと思っていたのですか?」
「いや、あんたは努力家だ」
「ええ、そうです。私は凡人なので、努力しないと成瀬さんみたいになれませんよ!」
「分かったから、落ち着いてくれ」
「俺以外の男子と、ですって?そこまで気づいていて、何で私の気持ちに気づいてくださらないんですか?」
何かもうよく分からなくなってしまったな。俺についての愚痴なのか。その思い人についての愚痴なのか。まあ最近いろいろあったからな。岩崎もストレスがたまっているのだろう。俺もストレスがかなり溜まっているのだが、地雷を踏んでしまったのは間違いない。ここは俺が大人の対応をするしかない。俺はいつになったらわがままに行動していいのだろうか。俺は誰に愚痴ればいいんだ?
「あの、成瀬君」
呼ばれて振り返る。そいつは戸塚だった。俺は、天の助け、とばかりに手を止めると、戸塚の下に向かった。
「何だ?」
「麻生君が呼んでます」
あぁ、そういうことか。もう俺は興味ないんだが、一応報告に来てくれたということか。変なところで律儀なやつだな。
俺は麻生のほうへ足を向けた。そこで気づく。
「戸塚、あんたは来ないのか?」
「え?私もいいの?」
おそらくさっきの話だろうから、一応あんたも関係者だ。俺以上に結末を気にしていたからな。麻生だって、怒りはしないだろう。
「興味があるなら来いよ」
「う、うん」
後ろで岩崎が何か呪詛的な言葉を吐いているような気がした。
「いやー、さっきは迷惑かけたな」
さっきはというか、今日は一日中お前の世話に追われていたんだが。
「それで、磯崎とのことだけど、」
その話も、もう俺の中では終わっているんだけどな。話したいというなら聞いてやってもいいが。戸塚はもちろんそのつもりだろうし。
「いきなり付き合うのは、俺には無理だから、もう少しお互い知りあって、それから判断しようということになった。俗にいう友達から、ってやつだ」
「いいんじゃないか」
お互いの妥協点を考えると、それが妥当だろう。もし、結局麻生が断るようなことになれば、磯崎のほうは気を持たされただけ、ということになってしまうが、それはお互い様だし、そんなことを考えていたら、まともに恋愛なんてできないだろう。
「戸塚さんもごめんね。今日はいろいろ迷惑かけた」
「ううん。私のことは気にしないで。どうせやることもなかったし、暇だったから」
「そっか。実のところ、戸塚さんに対してはあまり悪いと思ってないんだ。むしろ感謝してもらいたいくらいだね」
何て無礼なことを言うんだ。確かに戸塚は何もしていないが、お前のせいで今日一日振り回されたんだぞ。そもそもこの件に関して、麻生が感謝されることなんて何一つないはずだ。
しかし、こう思ったのは俺だけだったようだ。
「う、うん。ありがとう」
一度驚いた顔をした戸塚だったが、その後頬を赤らめて俯くと、麻生に礼を言った。意味が分からんにもほどがある。というか、もう今日は頭を使いたくない。これ以上意味不明なやり取りは止めてもらいたい。
「報告は以上か?」
「ああ。片づけの最中に悪かったな。一応伝えておこうと思って」
「気にするな。あとはお前の勝手だから、好きにやってくれ」
「ああ。今日はありがとな」
手を振ると、さわやかな感じで自分のクラスに戻っていった。あいつは本当に高校生活を満喫しているな。うらやましい反面、大変だな、と思う。
放課後、俺は校門の前で待ちぼうけを食らっていた。なぜそんなところで待たなければいけなかったのか。それは岩崎たちと連れ立って、ここまでやってきたのだが、
「あ、視聴覚室のカギを返し忘れていました。みなさん、申し訳ありませんが、ここで少しだけ待っててくれませんか?」
「あー、あたしもプラネタリウムの機材忘れた。あれ、一応結構な値段するし、なくしたり壊されたりすると学校に迷惑だから今日持って帰らないと」
「俺も手伝おうか?」
「あ、うん。よろしく」
というわけで俺は校門にいる。岩崎、真嶋、麻生が回れ右して校舎に戻っていた。しかし、ここで待ちぼうけしているのは俺一人ではない。
「あんたたちはもう帰ってもいいんだぞ」
「あ、でも一緒にここまで出てきたし、岩崎さんに一言声かけないと」
どこまでもまじめなやつだな。一人目、戸塚結衣。戸塚の言うとおり、教室からここまで一緒にやってきた。
「あたしは結衣ちゃんと一緒に帰るし」
なぜまだいるんだ。二人目、戸塚彩衣。どうやら姉を待っていたらしい。近くのコンビニで立ち読みをしていたとか。コンビニに一時間もいる奴があるか。迷惑にもほどがあるな。
「じゃあ私はお言葉に甘えて、帰ります。また明日!」
そうしろ。ここで待っている意味はないからな。三人目、三原美聡。これだけの大所帯で教室を後にしたのは初めてだったが、今では二人しかいない。まだ校門なのにな。
「あの、成瀬君」
相変わらずの遠慮がちな声で話しかけてきた。しかし、今朝までのおっかなびっくりと言った感じではない。
「今日は一日お疲れ様でした。私と彩衣ちゃんもいろいろ迷惑をかけてしまって……。成瀬君には本当に迷惑ばかり……」
戸塚に迷惑をかけられた覚えはないな。彩衣は性格上、多少迷惑に感じなかったこともないが、彩衣の場合悪意からじゃないし、元気がいい証拠だろう。俺はその程度でイライラするほど、アグレッシブじゃないぞ。
「あの、こんな話知っていますか?」
このフレーズ……。嫌な予感がするな。
「文化祭で誰かを幸せにした人は、今後の人生がとても幸せになるらしいよ。何でもその昔、周りの人のために自分を犠牲にして文化祭を盛り上げた生徒がいたんだけど、自身は全く文化祭を満喫できなかったんだって。でもそのおかげで、みんなから頼られ、好かれるクラスの人気者になったんだって。みんなに幸せを与えたその生徒を見ていた神様が、代々文化祭で周りの人を幸せにした生徒に、もっと多くの幸せを上げようと決めたらしいよ」
恐ろしく盛大な話だな。霊ではなく、とうとう神が出てきてしまったよ。うちの文化祭のために、神が毎年時間を割いて下さるとは、出世したな、うちの高校も。
「成瀬君は今日、麻生君と磯崎さん、二人を幸せにしたから、人の二倍は幸せになれるよ!わ、私も今日はすごく楽しかったし、彩衣ちゃんも楽しかったでしょ?だから、成瀬君はきっと幸せになれるよ!」
何故だか必死にいろいろ言ってくれる戸塚。今日、俺が頑張ったということを評価してくれているのだろう。麻生や磯崎はともかく、戸塚の感謝の言葉は本音だろう。しかし、残念だな。俺は占いも七不思議も霊も神も信じていないんだ。労ってくれるのはありがたいが、慰めにしかならないな。加えて、
「悪いな戸塚」
「え?何が?」
「今の話は、俺にとって八つ目の七不思議だ」
「え?ええっ!」
七不思議と名付けているなら、何とか情報操作して、七つにするべきだったな。どんなに質が悪くとも、そこは徹底させるべきだった。これ以上ないくらい、くだらない状況になってしまう。これでは信じたくても、信じられないからな。ただ、
「ただ、八つの七不思議の中で、今あんたが教えてくれたやつが一番信じたい内容だった。教えてくれて、ありがとな」
「あ、いえ、そんな……」
他人を幸せにしたから、自分も幸せになれる、か。あり得ないほど幼稚で浅はかな内容だが、事実であってもいいような気がする。そんな甘くて優しい内容の願いが届いても、罰は当たらないんじゃないだろうか。ここに来て、俺は都合のいい願望ばかりの七不思議に共感できた。今更過ぎる。しかし、この気持ちの変化は気持ちの悪いことではない。そんな気持ちにさせてくれた戸塚には心から感謝しよう。
「そろそろ本当に帰れ。グダグダしていると、三分の二以上になってしまうぞ」
「え?」
ま、これは冗談だ。今日俺は十時間ほど学校にいるが、その三分の二、というと四百分。時間にして、六時間四十分。確かに今日戸塚とはかなり長い時間一緒にいたが、せいぜい六時間前後だろう。
「三分の二って何のこと?」
俯いて固まってしまった姉の代わりに妹が返事をよこす。俺が例の七不思議の話を適当にしてやると、
「ふーん」
と適当に頷いた。その後、ぶつぶつ言い始めたのだが、おそらく時間を計算していたのだろうと思う。
「わ、分かりました。今日はこれで帰ります」
俯いたまま返事をよこす戸塚は、傍から見てとてもかわいそうに見えた。俺から見てもそう見えるのだ。下校する他の生徒が見たら、どう思うか。考えただけでも恐ろしい。
「ああ、気を付けて帰れよ」
「あ、あの!」
俺の言葉が言い終わらないうちに、戸塚は大きな声を出して、顔を上げた。それはもうすごい勢いで顔を上げた。おそらくマンガとか小説なら『ガバッ!』という効果音が付くくらいの勢いだ。
「成瀬君と一緒に文化祭を過ごすことができて、本当に嬉しかったです!し、失礼します!」
今度はすごい勢いで回れ右して、帰って行った。戸塚姉の勢いに押された俺と妹は顔を見合わせた。耐え切れなくなったのか、彩衣が噴き出すように笑う。
「あはは。じゃああたしも帰るね。あんな姉だけど、これからもよろしくね!」
「ああ。お前も気を付けて帰れよ」
俺が手を上げると、彩衣も手を上げ、姉を追いかけるように歩き出した。のだが、すぐに戻ってきた。
「どうかしたのか?」
聞くと、その質問には答えずに、
「演劇部の部室での成瀬君はかっこよかったよ!」
言って、今度こそ姉を追って走り出した。全く何を言い出すかと思えば。軽々しく男に向って、『かっこいい』とか言わないほうがいいぞ。男は阿呆ばかりだからな。勘違いするやつが出てくるはずだ。俺は間違っても勘違いしていないけどな。
その後、すぐに岩崎が帰ってきて、続いて姫と鉢合わせ、最後に麻生と真嶋が登場した。真嶋は家から車を呼び、プラネタリウムの機材を車に託すと、全員一緒に俺の家に向かった。文化祭の最中はほとんど一緒にいなかったわけなのだが、一応TCCとして初めて参加した文化祭だったからな。打ち上げはある程度盛り上がり、これで文化祭は本当に終了した。
「ねえ、結衣ちゃん」
「ん?何?」
「結衣ちゃんの好きな人って、成瀬君でしょ?」
「あ、やっぱり分かっちゃった?」
「うん。イチコロで分かるよ。そんな結衣ちゃんに朗報」
「ん?朗報?」
「そう。成瀬君が言っていた七不思議あるじゃない?三分の二以上一緒にいると、ってやつ」
「うん。あれがどうしたの?」
「あれって、一緒にいるだけでいいんでしょ。話したり手をつないだりしなくていいんでしょ?」
「うん、そうだと思うよ。だって、手をつなぐなんてとてもじゃないけど……」
「じゃあ、ホームルームの時間とか片づけとか準備とか、ぜーんぶ合わせれば、三分の二行くんじゃないの?」
「え?あ!ほ、本当だ!」
「よかったね!結衣ちゃん」
「うん、教えてくれてありがとう。彩衣ちゃん」
「どういたしまして。でもね、結衣ちゃん」
「ん?」
「実は、あたしも成瀬君と三分の二以上一緒にいたんだよ」
「え?もしかして、彩衣ちゃんあなたも!」
「冗談だよ、冗談!」
「ほ、本当に?」
「うん。で、話は変わるけど、あたしこの高校受かったら、TCCに入ろうかな、って思っているんだ!」
「彩衣ちゃん、もしかしてそれって話変わってなくない?」
「だって、楽しそうじゃない?麻生とか岩崎さんとか、あと泉さんとか。みんないい人ばかりだし!もちろん成瀬君もいるし」
「やっぱり変わってないじゃない!ちょっと、彩衣ちゃん?待ちなさい!」