17:00~17:30
「いい加減、教えてくれてもいいだろう。俺は被害者だぞ」
演劇部一年女子を集めることに成功した俺たちは、演劇部の活動拠点である体育館に向かっていた。とはいえ、体育館でそんな怪しげな集まりをすることはできないし、すでに片付けが始まっているかもしれない。正確な場所は、演劇部の部室。それも着替える場所ではなく、演目や配役に関する話し合いを行う、いわば会議室のようなところだ。
「犯人については心当たりがあるだろう。勘でも何でもいい。話の流れから、おそらくこいつだろう、という人物がいるだろう」
「というと、磯崎里美か?」
「ご明察」
「本当かよ」
信じられないのも無理はない。ほとんど関わりがないやつだというのは、本当なのだろう。そんなやつの窃盗のターゲットになってしまったのだからな。それでも磯崎里美が一番疑わしいという事実は変わらない。
「磯崎が俺のサイフを盗んだのか?何の目的で?」
「………………」
それがあまり言いたくないのだが……。言わざるを得ないだろう。俺とて、本当にこんなことがあるのかと、疑っているのだ。
「何だよ、そんなに言い難いことなのか?」
麻生の表情が変わる。俺が躊躇ったことで、ただ事ではない、と考えたらしい。ただ事でないのは間違いない。しかし、真面目な意味ではない。要するにふざけた事態であるということだ。
なぜだか麻生は緊張し、その空気につられたのか、戸塚姉妹もやや張りつめた空気を発している。俺も緊張してしまうね。この空気の中で、くだらない発言をするのは勇気がいる。俺だって言いたくはない。言いたくないから、濁すことにしよう。
「ぶっちゃけてしまうと、麻生の語った妄想話と似たようなものだ」
「は?」
「えっ!」
「はあ?」
三人ともとりあえず驚愕のリアクションをくれた。驚いてくれて、嬉しい。だから言いたくなかったのだ。
「ちょっと成瀬君!どういうこと?」
なんでお前がそんなに食いついてくるのか、俺には分からない。
「俺の妄想話、ってさっき言った俺のファンがどうのこうのってやつだよな?それと似たような話だと?さっぱり理解出来ん」
信じられないのも、理解できないのも同感だ。俺とてそうだ。だからこれ以上は本人に聞いてみようじゃないか。これから本人に会いに行くのだ、俺から中途半端な話を聞くより、そっちのほうが簡単だし、説得力もあるだろう。
「もう答えは目の前だ。俺だって信じていないし、証拠もない。だったら本人に直接聞いてみよう。それが一番簡単だ」
とりあえず早いところ案内してくれ。俺はその演劇部の活動拠点とやらを存じていないのだ。そこに行けば、全てが分かる。俺が解決してやると断言してやる。というか、もうこんな茶番に付き合いたくない。何が七不思議だ、恋する乙女だ。
それからあまり無駄口を叩かずに黙々と歩き、ついにたどり着く。そこは文化祭中とは思えないほど人気のない場所で、怪しい会談をするにはふさわしい場所だった。
麻生が扉を叩く。すると、中から女子生徒が顔を出す。
「あー、あのさっき連絡した者なんだけど、」
言うと、対応した女子生徒はやや緊張した面持ちで、
「どうぞ」
と言って、中に通してくれた。目的不明の来訪者を招き入れた、というより、警察を招き入れた犯人の知人、という感じだった。
女子生徒に続いて中に入ると、演劇部一年女子が全員立ったまま待ち構えていた。全員戦闘態勢、といった感じだった。
「いったい何の用です?まだ文化祭は終わっていないというのに」
いきなりケンカ腰だった。麻生は俺を見、目で訴えてくる。俺に説明しろ、ということだろう。
「ここにいる麻生が、財布を盗まれてな」
「それは御愁傷様です。それが何か?」
応対する女子生徒の声は、ことごとく冷めている。それは何かを拒むように。私たちは関係ないと叫ぶように。
「それが、体育館の舞台そでで見つかったんだ。あんたたちが舞台とやっていた時に、だ」
「えっ?」
その驚きは何を指しているのか。解答を導き出すために、さらに踏み込む必要がある。正直言って、やることは変わらない。俺の考えが当たっていたところで誰も不幸にならないし、外れたところで俺は何も失わない。代価も支払わない。何も変わらない。なので、躊躇なく踏み込んでやる。
「結論から言うと、俺はこの中に麻生のサイフを盗んだ犯人がいると考えている」
「…………」
空気が変わった。だが、ざわついたりしない。今度の俺の発言には驚きはないようだ。おそらく覚悟はできていたのだろう。この空気の変化は、俺に対する敵対心のスイッチが入ったということだろう。
「素直に名乗り出てくれれば、悪いようにはしない。面倒は嫌いなんだ。ここで名乗り出てくれないか」
ま、素直に名乗り出てくれなくても、悪いようにはしないが。
「もうサイフは返ってきている。麻生も特に恨んではいない。すでに事件は解決していると言ってもいい。もう罪は追及しないと約束する。頼む、名乗り出てくれ」
「何を根拠に私たちの中に犯人がいると言っているんですか?私たちは知りません。それに、事件が解決しているというなら、なぜこんなところに来て探偵の真似事なんてやっているんですか?面倒事が嫌いなら、こんなこと止めればいいのに」
俺だってやりたくてやっているわけじゃないんだが。俺が苦労しているのに、誰も労ってくれない。悲しくなってくるな。
「なぜあんたが、誰も知らない、と断言できる。もしかしたら、この中の一人くらい何か知っている奴がいるかもしれないだろう」
「そ、それは……」
別に揚げ足を取りたいわけでも、追い詰めたいわけでもない。ただ、名乗り出てくれれば、少しだけ手助けをして、あとは好きにすればいい。
「どうしても名乗り出てくれないのか」
「え、ええ。だって本当に私たちは……」
まあ、いい。おそらくここにいる全員はグルだろう。事情は知っているはず。ならば、ここで謎解きを開始しても構わないだろう。ま、向こうが何も言ってくれないのだ。俺としてはこうするしかない。
俺はサイフを取り出す。
「悪いが強硬手段を取らせてもらう。悪く思うなよ」
取り出したサイフを隣にいた戸塚結衣、は止めて、戸塚彩衣に渡す。
「ん?何これ」
「麻生に渡してくれ」
「何であたしが?」
「よろしく頼む。あんたから渡すのが一番なんだよ」
「よく分からないけど……」
意味は分からずとも、事の必要性は分かってくれたようで、彩衣は麻生に向かって一歩踏み出すと、
「はい、これ」
サイフを差し出した。
「お、おう。サンキュー」
事情を把握しきれていない麻生も、納得できないながらも礼を言ってサイフを受け取ろうとした。そして、
「止めて!」
女子十余人のユニゾンが部屋の中に鳴り響く。強い拒絶。その声の大きさ、迫力に麻生も彩衣も思わず固まってしまう。何が起こったのか、分からないのだろう。驚きは、一瞬の空白を生む。
「ご苦労さん」
俺は再び麻生と彩衣が動き出す前に、サイフを横からかっさらった。これで、全てが明らかになった。
「言っておくが、俺だってこんな強硬手段は取りたくなかったんだ。素直に言ってくれればよかったのに」
「……………」
「何?どういうこと?」
サイフを持っていたその形で固まっている彩衣は改めて疑問を呈した。
「ここで言ってもいいのか?」
俺が連中に問いかけると、自然と一人の女子に視線が集まる。そいつは紛れもなく磯崎里美だった。これでやつが首謀者であることが明確になったな。
「…………」
しばらく放心したように固まっていた磯崎里美だったが、決意を固めたように顔を上げると、麻生の顔をじっと見た。そして、
「みなさんに迷惑をかけたのは事実ですから、ここで構いません」
一気に立ち直ったようだ。強いね。
「だから、どういうこと?磯崎が俺の財布を盗ったってこと?」
「誰が盗ったかは知らないが、この中の誰かがやったことは間違いないだろうな」
「え?首謀者はあの子なんじゃないの?」
首謀者は磯崎里美で間違いない。しかし、実行犯が彼女とは限らない。見れば分かるだろうが、ここにいる連中は全員事情を知っている。なぜ磯崎里美がこんなことをやろうとしたのか。理由を知って、協力しているのだ。
「事情を説明してやってくれ。俺も細部まで分かってはいないんだ」
俺が磯崎里美に言うと、
「はい」
力強くうなずいた。さて、これで俺の役目も終わりだろう。と思ったのだが、
「麻生先輩!ずっと好きでした!私と付き合ってください!」
「は?」
「ええっ!」
「はあ……」
最後のため息じみた発言は俺の物だ。これでは何も分からないだろう。一から説明してやれよ。
「い、いや……」
「だ、ダメでしょうか……?」
「いや、ダメとかそういうんじゃなくて……。おい、成瀬!」
わめくな。なぜ俺にどなる。説明不十分なのは磯崎で間違いないだろう。俺は何も悪くないぞ。
「な、成瀬。説明してくれ。こりゃどういうことだ?何かのドッキリか?」
「落ち着け。お前なんかドッキリ企画で嵌めても何も面白くない。それに、そんな企画に俺が付き合うわけないだろう」
「そ、そうか。じゃあどういうことだ?」
「ここに来る前、話だろう。お前の妄想じみた話とあまり変わらないと」
混乱して、すっかり忘れてしまったのだろうか。俺は話したくなかった。しかし、磯崎里美が熱に浮かれてしまっているので、こうなったら俺が説明するしかない。もう破れかぶれだ。どうにでもなれ!
「磯崎里美はお前に恋心を抱いている。それがこの事件の発端だ」
「いや、待て。どこの世界に好きな人のサイフを盗む手癖の悪い女子高生がいる?話が最初から見えてこないぞ」
徐々にヒートアップしてくる麻生。何度も言うが、落ち着け。
「わめくな。話を最後まで聞け」
このつまらない話を俺がしなければいけないこの状況を恨みながら、俺は事件の全貌を話し始めた。
「お前と磯崎は中学で出会ってそこそこ仲良くなったが、高校ではほとんど接点がない。そう言ったのは、お前だな」
「ああ。事実だ。高校に入ってからは会話した覚えがない」
すでに恋心を抱いていた磯崎は、近づきたいのに近づけないこの状況に焦りを感じていた。話したい。でもきっかけがない。きっかけや機会がないと話しかけることができない。話しかけなければ、この恋は始まる前に終わってしまう。高校に入学してからもう半年経過した。しかし、未だ一言も話せていない。焦っていた磯崎の耳に、魔法の言葉が届く。
「それが、『文化祭の七不思議』だ」
文化祭の七不思議の中には、恋愛に関するものが数多く存在する。この中のどれかを実行すれば、麻生と親密になれる。あわよくば恋仲になることができる。そう考えた磯崎は、おそらく必死に調べただろう。自分が実施可能で、望みをかなえることができるであろう、この都市伝説を。
「しかし、自分の望みと現実に実行できる内容がかみ合わなかった」
そこで思い付いたのが、七不思議の曲解。こじつけとも呼べる、今回の犯罪行為じみた恋を成就させるための作戦だ。
「麻生、こんな話を知っているか?」
「あ?何だ?」
「文化祭の最中に大事な物を失くした人に、その失くした物を届けてあげると、とても親密になれる」
「いや……。で、それがどうかしたのか?」
「今回の事件で、戸塚妹がサイフを拾わなかったら、どういう結末を迎えていたと思う?」
「何が言いたいのか、分からねえよ。はっきり言ってくれ」
こいつは自分で考えるということしないのか。少しは頭を使ってもらいたいね。これ以上俺の手を煩わせないでくれ。
「戸塚妹が持っていなかったら、お前のサイフは、誰が持っている?」
「きっと磯崎さんだね」
答えたのは麻生ではなく、彩衣だった。
「その通り。で、麻生は大切なサイフを失くしていた。で、そのサイフを届けたのが、磯崎。すると二人はどうなるんだ?」
「親密になれるんだね!」
つまり、この七不思議が成り立つ状況を無理矢理作り出し、七不思議が成立するよう仕組んだわけだ。盗んだサイフでは効力はないかもしれない。そうなると意味がないので、誰かに協力を要請したかもしれない。恋する気持ちが分かっているなら、おそらく躊躇いなく協力してくれたに違いない。だからここにいる全員が、この事件のことを知っているのだと思う。そして、戸塚妹が麻生にサイフを手渡そうとしたとき、全員が『止めて』と叫んだのも、そういう理由だろう。姫曰く、拾った人ではなく、届けた人と親密になってしまうらしいからな。
「それで、あっているよな?」
「うん」
同意を求めた相手、磯崎里美は麻生を見つめたまま頷く。
「他に聞きたいことは?」
麻生に聞くと、
「ねえよ」
こちらも俺のほうは見ずに返事を返す。
これでようやく本当にお役御免だ。俺は教室に戻らせてもらうぜ。
「あとは好きにすればいい。俺は帰る。行くぞ、戸塚」
「あ、はい!」
「戸塚妹は帰れ。そろそろ門が閉まる時間だ」
「うーん、もう少し見ていたかったけど、こればかりは仕方ないね」
俺は戸塚姉妹を引き連れて、演劇部の部室を後にした。これで何が変わるのか。そんなことは分からないが、俺の中でこの事件は終焉を迎えた。これは間違いない。
さて。次はフィナーレを迎えたこの物語は、ハッピーエンドなのか、それとも……。どちらだとしても、俺のような端役には関係ないね。願わくば、主役の二人に優しい物語であってもらいたい。でなければ、俺の奮闘がむなしいものになってしまうからな。
「あの、成瀬君」
「何だ?」
彩衣と別れて教室に向かうまでの道中、戸塚が躊躇いがちに声をかけてきた。
「さっきの話だけど、」
何だ?俺はもう忘れてしまいたいのだが。
「あのとき、麻生君のおサイフ、私に渡そうとして、途中で彩衣ちゃんに変えたよね」
よく分かったな。
「あれ、何で?」
「万が一、連中が止める前に麻生が受け取ってしまうことも考えてな」
あれはタイミングの問題だ。麻生が勢いよく、サイフを取ってしまったら止める間もない。
「それって、私と麻生君が親密になると困るってこと?あ、麻生君が私のこと嫌いとか?」
自虐的なことを言うな。あんたは嫌われるような人間じゃないし、麻生と仲良くしてもらいたいとかもらいたくないとか、どっちでもいい。それに関しては、二人で話し合ってくれ。
「どちらでもない。あんた、好きな人いるんだろ?」
「ええっ!何で?」
何で、と言われてもな。彩衣との会話とか、要所要所で垣間見ることができた。で、それは麻生ではない、ということも分かった。
「あんたはあの七不思議を知っていたし、麻生と親密になってしまうと分かったら、嫌な思いをするんじゃないかな、と思ってな。戸塚妹に好きな人がいるか分からないが、あいつはうちの生徒じゃないし。七不思議も効力外だろう」
何度も言うが、俺は七不思議を信じていない。なので、誰が渡そうとも、別にそれだけで親密になるとか、まるで信じていない。だが、信じている奴もいる。戸塚は信じてしまいそうだと思った。その点彩衣は、おそらく都合の悪い七不思議は信じないだろう。占いの時にそんなことを言っていたし、こんなことでグダグダ悩むような性格ではない。
ちなみにうちの生徒じゃないから効力外、という制限はない。というか知らない。あれは俺のオリジナルだ。悪い言い方をしてしまえば、嘘ということになる。だが、これを言わないと、彩衣を蔑ろにした、ということになってしまう。そうなると、戸塚はいい思いをしないだろう。結局麻生の手に渡る前に制止したわけだし、渡っていたとしても、それだけで親密になれるわけもない。だからこの嘘は、誰にも優しい嘘なのだ。さて、自分に対する言い訳はこのくらいで十分だろう。
しばらく黙り込んでいた戸塚だったが、突然顔を上げ、
「磯崎さん、すごいですよね」
「ああ」
『すごい』の意味にもよるが、すごいことは間違いない。岩崎の言う、『恋する乙女』のパワーは計り知れないな。いい意味でも、悪い意味でも。
「私も、頑張らないと」
俺に言ったのか、それとも独り言だったのか。どちらにしても戸塚の覚悟めいた感情を感じ取ることができた。何をどう頑張るのか知らないが、犯罪は止めてくれよ。まあ、俺に火の粉が飛んでこなければ、それはそれで構わないのだが。