16:30~17:00
麻生に連絡をすると、ちょうど最後のパフォーマンスが終わったところらしく、中庭に集合することになった。
「それで、捜査のほうはどうだった?何か分かったのか?」
まあある程度、俺は全貌がつかめている。相変わらず証拠はないが、実際手に入らないだろう。目撃者でもいれば話は別だが、出てこないと考えるほうが現実的だ。それでも解決には問題ないし。とはいえ、もう少し確信できる材料がほしい。
「お前のほうはどうだ?独自に調査していたんだろう?」
あまり期待していないが、演劇部の人間なら、多少は情報を持っているかもしれない。
「俺のほうはとんでもない情報を手に入れているぞ」
「え?本当?」
「すごいじゃん、麻生!」
麻生の発言に、それぞれリアクションを見せる戸塚姉妹。しかし、彩衣は麻生を呼び捨てなのか。俺は確か君付けだったな。俺のほうがやや格上ということか。いや、単に姉の呼び方を真似しているだけだろう。
「で、その情報って?」
「それは、演劇部一年の中で、俺が大人気ということだ」
「はあ?」
「はあ……」
麻生の発言に、それぞれリアクションを見せる戸塚姉妹。
「いやな、俺もびっくりなんだが、どうやら演劇部一年は俺の噂で持ち切りらしいんだ。いつのころから一年たちが俺の名前を出し、どんな人か知りたがり始めたらしく、俺の友人も何度も質問されたらしい」
「何その情報!今回のことと全く関係ないじゃん!」
「いや、待てよ。これは俺のファンが、俺の私物欲しさに起こした犯行ってことで間違いないだろう」
「ないよ!あんたはどこのアイドルなのよ!年下が噂しているからって、浮かれすぎ!」
「浮かれているわけじゃなく、冷静に考えてそれしかないだろう!」
とりあえず落ち着け、二人とも。冷静なら、もう少しちゃんと説明してくれ、麻生。そんなに頭ごなしに否定しなくてもいいじゃないか、彩衣。お前は関係ないんだから、おろおろするな、結衣。
「麻生、噂に心当たりはないんだな?」
「ないな。演劇部一年とはほとんど関わりがない」
「ほとんど、というと多少はかかわりのあるやつがいるってことか?」
「ああ。お前覚えていないか?一年女子で、磯崎里美ってやつがいるんだけど」
一応形だけでも考えてみる。しかし、心当たりなどあるはずもない。
「誰だ?」
「俺たちと同じ中学出身で、中学時代に多少接点があったんだ」
俺は知らないな。お前が年下の女子とよろしくやっていたとは。こいつの行動を逐一把握するような趣味はないので、当然と言えば当然だ。
「接点っていうのは?」
「委員会だな。三年のとき、無理矢理クラス委員をやらされたんだが、そのとき磯崎と知り合ったんだ。でも委員会の時しか話していないし、高校に入ってからは全く交流はない。知り合いというよりは、ただの顔見知りだな」
なるほど。こいつは本当に対人関係に強いな。委員会で一緒になったからと言って、すぐさま知り合いになどなれるものか。別段年下女子と知り合いになりたいわけではないが、すぐさま他人と打ち解けられることは素直にうらやましいと思う。
「それで、噂はどんなものだ?もう少し詳しく教えてくれ」
俺が言うと、
「ちょっと、成瀬君」
彩衣が間に入ってくる。
「この話、サイフ二重窃盗事件に関係あるわけ?麻生の妄想じゃないの」
「何で俺がそんな悲しい妄想を語らなきゃいけねーんだよ」
その可能性は否定できないが、おそらく、
「事件に直結していると思う。麻生のサイフが盗まれた。そのサイフが演劇部の行う舞台の舞台そでで発見された。その演劇部の一年の中で、麻生の噂が飛び交っている。正直、偶然が重なりすぎている。偶然が重なりすぎると、それは、」
「誰かの意図が介在している可能性が高い、てこと?」
「その通りだ」
俺はほぼ確信しているのだが、いまいち信じがたい事実なので、慎重に事を進めようとこうして麻生から情報を得ているのだ。さて、麻生。教えてくれ。
「麻生に対する噂があったのは分かった。今日に限って言えばどうだ?何か聞いたか?」
「ああ。今日は演劇部の一年女子がこそこそ何かしていた、と言っていたな。今日は一年だけの舞台があるから、緊張しているんだろう、ってそのままそっとしておいたらしい」
「じゃあ今日の昼一の舞台は、一年だけでやっていたのか?」
「そうらしい」
では彩衣が拾ったのは、間違いなく一年の落とし物だろう。さて、そろそろいいか。ほしい情報は見事にそろった。物的証拠でもあれば嬉しいが、そんなもの一高校生である俺たちが探せるはずがないし、見つけたとしても使えないだろう。では、
「決まりだな。演劇部の一年女子を呼び出せ」
「待ってくれ、成瀬」
この期に及んで何だ。というか、なんだその顔は。
「待ってほしい。もう少し考える時間をくれ」
考える時間?意味が分からないぞ。お前が何を考えるというんだ。そして、その身を裂かれるような苦しい表情はなんだ。
「どういう意味だ?」
「だって、彼女たちは俺の私物がほしかったのだろう。使用するためではなく、コレクションとして」
「はあ?」
「おそらく彼女たちにとって、俺は神にも似た遠い存在。そんな俺に、直接声をかけることなどできない。しかし、俺に近づきたい。そう考えると、俺の私物、それも身体の一部とも呼べるほどの大切なモノがほしかったのだろう。そんな彼女たちの心情を思うと……」
身を裂かれるような悲痛な表情は、そのまま悲痛な言葉となって表れた。それは麻生を思う彼女たちの叫びのはず。しかし今は、麻生の叫びそのものになっている。麻生、お前そこまで……。
「麻生君……」
思いが言葉となり、言葉が思いとなる。そして、思いは伝播する。彼女たちの思いが麻生に届き、麻生の叫びが戸塚結衣に届く。戸塚はちらりと俺のほうを見た。そして、唇をかみしめると、瞳に涙を浮かべる。おそらく、その悲痛な思いに心当たりがあるのだろう。妹の話では、結衣にも思い人がいるらしい。思い人のことを思う。その気持ちが痛いほど分かるのだろう。
「…………」
戸塚妹、彩衣も先ほどとは打って変わって、黙り込んでいる。姉とは違って、この思いが分かるわけではないようだが、この空気に飲まれてしまっているようだ。戸惑い。その感情がありありと表情に浮かんでいる。どうしていいのか、何を考えればいいのか。麻生に向けて、どんな言葉をかければいいのか。悩んでいるようであり、気づいているようでもある。
そして俺は……。
「妄想もいい加減にしろ」
「は?」
「えぇ?もうそう?」
何を考えているんだか。演劇部の一年女子が全員麻生に恋をするわけないだろう。ファンになるなんて言語道断だ。私物?コレクション?これほど頭のおかしい奴だとは思わなかった。妄想というか、むしろ病気に近いな。
「え?成瀬君、どういうこと?」
「どういうことも何も、全部麻生の冗談だろ。でなきゃ茶番だ、笑劇だ、小芝居だ」
「ええっ!」
育ちがいいのか、それとも人を信じやすいのか。戸塚結衣は本当に騙されていたようだ。
「何だ、やっぱり冗談なのか。なんか麻生もやけに真剣だし、成瀬君も突っ込まないし。この空気感がよく分からなかったんだよね。でも、冗談でよかった」
「戸塚妹は気づいていたのかよ。最後まで演じちゃった俺がバカみたいじゃないか。でも、戸塚姉は信じてくれていたみたいだし、まあいいか」
くだらないことに時間を費やしてしまったら。文化祭はもう終わりだ。一般客は十七時半には学校から出ていかなければならないし、時間がないのだ。無駄な時間を取らせるな。
「それで、成瀬。犯人は誰なんだ?どんな目的のためにこんなことをしたんだ」
「動機も犯人もだいたい目星はついているが、証拠はないし、自信もあまりない。行って、犯人に自首してもらおう。話はその時に聞けばいい」
「自首?そんなことできるのか?証拠もないのに?」
「ああ」
俺はこともなげに言ってやった。おそらく自ら名乗り出ざるを得ないだろう。そういう状況を作ることが可能だ。
「とりあえず、演劇部の一年女子を全員集めてくれ。場所は、そうだな、連中の活動場所でいいだろう」
「分かった。演劇部の連中には適当な理由をつけて、お願いしてみるよ」
サイフの話をすれば、連中は集まってくれるはず。少なくとも、犯人は来るだろうな。
キーワードは、恋する乙女と文化祭の七不思議だ。