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【掌編集】鬼神人魚爬虫植物

impurity Blue

作者: 古十城一碑
掲載日:2026/09/02



 青い色が嫌いだ。


 でも、もっとずっと前は青い色が好きだった。何かを選ぶなら服でも文具でもおもちゃでも必ず青い色を選ぶ子供だった。好きな青色を宝箱に集めて特別に扱っていたこともある。すごく綺麗な色だと思ってた、どの色よりも。自然と目が青色を捉えて見付けてしまうくらいに。

 両親にも祖父母にも友人にも、子供の僕は青が好きだと思われていた。

 だけどあるときふと母が言った、「王子様の色だね」と。

 誰かが「男の子らしくて似合うね」と僕を褒めた。

「滝林くんは青色ね」って 渡される文具に、意図を勘ぐるようになった

 ……気付いたら僕は青色が嫌いになっていた。好きだと思っていたことが酷く恥ずかしいような、焦燥するような感覚になって、親に与えられたその色を好きだと思わされていただけなんじゃないかとさえ疑った。本当に好きだったのか、好きじゃなかったのかも、きっと好きじゃなかった、あれは洗脳だ……そう思い込んだ方がマシなくらいに苦手な色になった。

 つい最近まで折り合いがつけられず青を徹底的に避けてきた。案外、身の回りで成り行き上存在するものモノに青い色は少ない。学校は暖色とベージュスケール、緑が多いし、使う文具やファイル、寝具やタオル、身の回りの全てから青色を排除すればなんとか耐えられて、たまに家族が買って来たカビ取りハイターやら洗剤のパッケージに青い色が差してあるとさっさと使い切ってなるべく早く捨てた。排除されればまた穏やかな色彩空間になる。

 けど不本意なことに僕は青い色がよく似合った。そのことに自覚もあった。

 血の色が透ける白い肌に真っ白なシャツを着て、その上に真っ青なカーディガンなど合わせれば大変に美青年になる、違う色だとこうはいかない。小さい頃から青いモノを多く与えられていたのももしかしたら周囲が似合うものを選んでくれていたのだろう。だから、成長するにつれて自分の好き嫌いのこだわりを圧し殺すようになった僕は、食べ物の偏食を直し、苦手な人とも拒絶せずそつなく話すようになり、そして、青い服も着るようになった。自分をよく見せようとするようになった。

 好き嫌いなんて、僕が一人で思っていることというだけだ。僕が気にしなければいいだけ。

 そう考えるとただのわがままだったような、大したことじゃない気がした。

 青いモノを身に纏い始めると、僕はモテるようになった。女性に。相手に向けられる恋情に鈍かったから、気付いたのはいつも相手からのアプローチがあるからだった。つまり、頻繁に告白を、お付き合いの申し込みを受けるようになった。

 一度だけ、自分から告白したこともある……胡情さんていう、同級生で、すうっと背筋の真っ直ぐな綺麗な人だ。周りにもお似合いだとか言われてたっけ。でも、彼女は僕の告白を突っぱねた。

「ごめん、私男の人って苦手で」と 教室の席よりうんと離れた位置に立って、校門の傍で。晴れた日の帰り道のことだった。僕はそれに「そっか」なんてどうでもいいような言葉を返した気がする。

 次第に現実の交友関係が煩わしくなった僕はネットの繋がりに逃げるようになった。


 ある日ネットで知り合った人から会ってほしいと言われて街中へ赴いた。目印の店に立って居たその姿に驚く。僕は相手を女性だと思ってたけど、そこに居たのは男性だった。伝えられた特徴のままだから間違いないはず、と思いながら恐る恐る話し掛けると、相手は「滝林くんですよね」と僕の本名を、まるで以前から知ってたみたいに告げた。

 どうやら相手は僕の学校に共通の知り合いが居るそうで、話しているうちにそれは胡情さんだとわかった。会うまでは女性かと思ってたのを伝えたら「それもあの人の真似っすよ」と笑われた。

 胡情さんと仲がいいのかな。

 いいな、と思っていると

「滝林くんは」、と 相手は隣を歩く僕との間隔をいま少しとって、じっと僕を見ながら言った。

「今こうして会って居てもわからないですね 性別とか年齢とか」

「……いや、そんなことあります?」

「ありますよ。声で何となく、多分男?って思うくらいかな」

 もしそうなら どうしてそれでも胡情さんには苦手だったのだろう。

 それから一緒に飲食店に入ってごはんを食べながら、共通の好きなゲームの話や学校の話をした。相手は大学生で、僕より先輩で 今研究してることとかを話してくれた。僕には難しくてよくわからなかったけど。

 僕は相手に会いたいって言われるがままここに来たから、どこへ行くのか何をするつもりなのか何も考えてきていなかった。相手任せにして、失礼だったかもしれない。言い訳をさせてもらうならば、他人とこうしてプライベートで一緒に遊ぶことに慣れてなかった。友達だと思ってても告白されたりして、上手くいかなくて。でもそんな言い訳を伝えるタイミングは来なかった。

 そう、隙間もないくらい雑談も弾んで 楽しく過ごせたんだ、

 ネットの知り合いで、僕のことなんて何も知らないからと思って 油断していた。


 飲食店から出た後 少し歩いた駅近くの公園で、その人から告白された。

 その人から、も。

「一目見て好きになった、胡情に写真見せられてすぐ。こんなイケメン、カッコいい人が居るのかと思った、……始めて本気で性別なんてどうでもいいやと思った」

 相手は真面目な顔だった。

 …… 一目惚れ。今まで この、容姿以外の理由を 挙げられたことがない。

「年月とともに容姿なんて変わってしまいますよ」

「それでも好き」

「……すみません。付き合うとかは、ちょっと」

 この人が好きになってくれたものを僕は守れる自信がない。でも、性別どちらでもよかった、なんて言ってくれた人は初めてだった。なあなあにしちゃ駄目かな、と思った。誠実に応えるために笑みを消して頭を下げて、僕は断った。


 相手がその場を立ち去って、追いかけるわけにも行かずにただ立って居たけど、しばらくぼんやりした後で踵を返して駅に歩いた。

「どうせ女だと思ってたから会うことにしたんだろ」、……と 彼は去り際僕にそう言った。誠実に応えようとしたはずなのに僕はあの人を傷付けてしまったみたいだ

 一応、彼と繋がっていたネットのアカウントを見てみると、まだ彼は僕との繋がりを断っていなかった。

 けれどその投稿には僕とのことを匂わせるものがあって、彼は傷付いたと言っていたし僕はネットで女の子を引っ掛けるヤバイ奴ってことになってた。せっかく楽しく過ごせたのにって、そんなの、こっちのセリフなんだけどな。

 せめて二度と期待を持たせないように彼のアカウントをすぐにブロックした。自分も、二度と彼と会いたいなんて思わなくて済むように。

 一緒に遊んだ時間は楽しかったから。


 ごはんを食べただけで疲れてもないから、はたから見たら僕は遊びに来る余裕のある恵まれた境遇の子綺麗なイケメンそのままだろう。実際にそうだし。僕はなにも悩むほどの事情を抱えた人間じゃないだろう。

 顔を上向けたらまだ日は高く昇っていて真っ青な美しい空色がどこまでも晴れ渡っていた。外出日和の良い天気。

 それでも僕はさっさと家に帰った。


 自分の部屋 室内は見渡す限り青色のモノは一つも無い。

 クローゼットを開ければそこに閉じ込められている

 ガラリと横に引いて見れば中は真っ青だ。青系統の服が並んでいるところに着ていた青い上着を脱いで放り込んだ。

 扉を閉める。

 僕は……嫌いなんだこんな 青い色は

 変に涙が滲んだ。

 ここにあるのはまがいものだ

 好きになってくれた? 違うんです、そんなもの。僕は

 こんな僕は嫌い。

 ……空の青が好き。山頂から見える宇宙の深い青が。海の青が好き。他の色の届かない場所で静かに息づいている暗い青が。なんでもなくただそこに在るだけの青色が好き。他人に据え置かれた意味を、ひとつも纏っていない、純粋なただの色 美しい青

 綺麗だねって 同じ色を見て笑い合えたら、それでいいのにな。


 窓の外はいつしか夕暮れに染まっていた。


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