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三ヶ月

1


「あー!杉野君、まだ残ってたんだ?」

放課後の美術室。

「最終下校時刻、もう過ぎてるのに」

彼女はそう言いながらも、僕の隣に椅子を並べる。

「そっちこそ」

僕はそう言って、未完成のキャンバスに再び筆を走らせた。

「私、好きだな。杉野君の絵」

好き。

うっとりした声で耳元に囁かれた気がして、変な気分になった。

いや、昂った、と言った方が正しい。

「そんなに?」

「そんなに、だよ。ほら、杉野君の絵は明るめな暖色より、ちょっと暗めな寒色の方が多いよね」

言われてみればそうだった。

オレンジや黄色といった温かみのある色より、水色や青色といった静けさのある色をしたキャンパスがほとんどだ。

「でも、どんなに先の見えない暗闇の中でも、きっとその先には光がある。そんなことを教えてくれるような、綺麗で、儚げで、優しい絵」

その言葉を聞いた時、手が止まった。

そして、少し間が空いて、また筆を走らせた。

「ふーん?」

軽く受け流した。

「ねー、私めっちゃいいこと言ったんですけどー!」

僕は少し笑って、彼女もはにかむように笑った。



朝。

目を覚ますと、綺麗な茶髪をした女性、いや、美少女が僕をのぞき込んでいた。

目が合った時、彼女は微笑んで、


「おはようございます!冬季さん」


おはようございます⋯?

冬季、さん?

何を言っているんだ、この子。


「おはようございます、じゃなく。一体君は誰なの?何さ、勝手に人の部屋にのこのこと。大体、どうやって入って⋯⋯」

「冬季さん」


彼女はそう僕の言葉を横切って、キッチンの方へと指差し、言う。


「まぁ、食べながらにでもゆっくり話しましょうよ。ね?」



彼女が言うには、僕は昨夜に寿命を売ってしまったらしい。

そして、僕は昨夜の記憶が無い。

なので、寿命を売った、という記憶も無い。

何者かに記憶を消されてしまったのだと思い、目の前に居た少女を問い詰めたが、単に、事前に過剰なアルコール摂取をしていた僕が原因だった。


「店に冬季さんが入ってきた時、それはまあ驚きました⋯!とても顔が赤くてフラフラだったんです。倒れそうになった冬季さんの身体を慌てて抑えに行くと、奇妙な笑みを浮かべてこちらをずっと見つめてきたんです!⋯⋯少し煙草臭かったのですぐに離しましたが」


どうやら僕はとんでもない事をしてしまっていたらしい。

申し訳なさと羞恥心でいっぱいだよ。


「それは大変ご迷惑を⋯⋯じゃあ、君は一体」

「ふふーん。聞いちゃいますか、それ」

「え、なに。なになに」


僕の質問に彼女は答えず、「そういえば冬季さん。それ、ケチャップついてませんよ?」と、食べかけのオムライスを指差した。


「めっちゃ忘れてたわ」


僕がケチャップに手を伸ばそうとすると、彼女が手を重ねてきた。


「ストーップ。私が描きますので〜」

「お、そうか」


ケチャップをかけることを制止されたことに少し驚きつつも、手を膝に戻して見守った。

にしても、ちゃんとした朝食は久しぶりだ。

朝は食べないで、昼は外食だったから、こういうのも悪くないな。


「じゃーん」


彼女が見せびらかしたオムライスには、ケチャップで、恐らく『LIVE』と描かれており、その隣にはよくわからないマークがあった。


「なにこれ」

「英語でラブを、その隣にはハートを描きました。私からの、ささやかな愛の贈り物です」


なるほど。つまりこの人はLOVEラブのスペルを、LIVE(生きる)だと勘違いしているのか。

そして、もはやハートの原型がない謎のマークは、彼女から見たらハートなのだろう。


「愛、歪みすぎじゃない?」

「ガーン。でもでも、味は美味しいので……美味しいはず!」

「うん。美味しいよ」


確かに味は間違いなかった。

どうやら彼女は料理ができる方らしい。

「あは。よかった〜」と、安心したように彼女も箸を進めた。


「⋯⋯あのさ」


突然、忘れていた疑問が頭に浮かび上がった。

昨日何があったかは、分かった。

けれど結局のところ、少女が何故、僕の前に居るのかについては、まだ知らされていないのだ。


「君は何が為に、笑顔で挨拶したり、気遣ったり、料理を作ったりするの?そのワケは?お互い他人みたいなもんでしょ」

「⋯⋯私達はもう、他人じゃありません。私は貴方の、恋人なんです!」


続けて彼女は言った。


「おはようも、おやすみも、何度だって言いますし、ご飯だって、一日三食分しっかり食べてもらいます。冬季さんが望むなら、それ以上のこともしましょう」

「それ以上って⋯⋯なんで、そこまで」

「冬季さん。貴方は昨夜、寿命を売り払ったんですよ。そのはずなのに何故、対価となる物やお金が見受けられないのか、疑問に思いませんか?」


考えてみればそうだった。

売った、というなら、それ相応の物が返ってくるはずだ。


「じゃあ、その対価って」

「そう。この私です」


そうなると、彼女がそれ程まで僕に尽くす理由にも合点がいく、が。


「⋯⋯ちょっと待て。それじゃあ僕が寿命を代償に君を買ったみたいにならないか?」

「はい。そうなりますね。もっと正確に言えば、人生における時間の殆どを引き換えにして、それ相応の愛を買った、というわけです」


突然、猛烈な吐き気が僕を襲った。

昨日の酒が後から来たのだ。


「おっ⋯⋯オロロロロ」


こうして僕は最悪なスタートを迎えた。



「冬季しゃーん。うへ、はへ、へへへはへ。なぁんで無視するんですかぁ」

「うるさい。こっち来んな」

「なんでですかぁ」

「暑いんだよ」


彼女⋯いや、遠江華が来てから、かれこれ10時間が経った。

いつも通り僕は本やら漫画やらを読んでいるわけだが、先程からやたらと身を寄せてくる。


「なーんーでー」


しつこい。

最初見た時は、ちょっと可愛いって思ったのに。

なんなんだ、こいつは。


「あーん、ちょっと酔ってきちゃった〜」

「お茶だろうが」


そんなこんなをしていると、隣の部屋からなにか騒ぎ声が聞こえてきた。

楽しそうな話し声に、食器のぶつかる生活音。


「どこか行くんですか?」


無言でリュックを背負いだした僕を不穏に思ったのだろう。

僕は答えず扉を開けて外に出た。


「暑いですね〜」


案の定、遠江華も後ろから着いてきていた。


「なんで着いてくるんだよ」

「だってあの家、映えないですもん」


映えない家で悪かったな。


「それに」と、彼女は付け足して、


「冬季さんのこと、もっと知りたいから」


ちょっといい感じに言っちゃってますけど。

関係値が薄いからか、言葉が薄っぺらく感じるからなのか分からないが全く揺らがなかった。


「それ、皆に言ってるんでしょ」

「皆って誰ですか?」

「他に寿命を売り払った人?」

「ど、どうでしょうね?言ってたかなー、どうだったっけなー」


言わなくてもわかる。

アイドルが誰であろうファンに愛を振りまくのと同様、彼女も寿命を売り払われた分には必然的に、それ相応の対価を相手に返さないといけないのだ。

それは義務と同じ。

僕は止まっていた歩を早歩きで彼女を追い越した。

堕ちたら負けな気がした。


「冬季さん!」


歩き始めて随分時間が経った頃、遠江華が声を高鳴らせながら遠くの方を指さした。

指のさされた方向に目をやると、そこは暗がりの中でやけに光り輝き目立っていた。


「一緒に行ってみませんか?」


返事をする間もない。

手を引かれながら、僕達は光の元へ駆け出した。


「あっちです!」


徐々に人通りが多くなってきている。

カップルやら子連れやら友達同士の集団が目に入って、どうも気分が悪い。

駆け出した遠江華に着いていけず、その場に立ち止まってしまった。

彼女はすぐ僕に気づいて振り返りながら言う。


「? どうかしましたか?」

「別に」


自分でも自分の感情が理解できていないのに、それを言葉にするなんてことは不可能だった。

ない知恵絞って説明をすれば言いたいことは伝わってくるのだろうが、遠江華にそういったヤツの気持ちが理解できそうに思えない。

言っても無駄だろう。


「⋯⋯」

「⋯⋯」


沈黙が長く続いた。

目が合ってしまえばすぐ逸らした。

お互いに、この状況でなんて言おうか迷っている。

気まずい⋯⋯いや、どうせこいつのことだ。

「さあ、行きますよ」とか言って無理やりにでも連れて行くかもしれない。

「もう歩けないんですか?」とでも言って、からかってくるかもしれない。

そうしてくれたら、こちらからしても、少しは気が晴れる。


「⋯⋯さみしいですか?」


⋯⋯なのに。

一番言って欲しかった言葉は発せられず、一番触れられたくない場所に触れられてしまった。

彼女が一番触れないであろう場所に、触れられた。


「いや、」


何も言い返せなかった。


「ゆっくり行きましょうか」


彼女はそう言って僕の手をとった。

その手は暖かくて、柔らかくて。

この時点で既に僕は、彼女が女の子なのだと意識するようになっていた。


それからというもの、僕達は祭りをそこそこ満喫した。

屋台でかき氷や焼きそばを食べ歩き、射的やスーパーボールすくいなどのゲームを楽しんだ。

時にはデレ、時にはちょっとした言い合いをしたけれど、それもすぐに仲直りした。

一見するとカップルにしか見えない⋯⋯いや、カップルとしてみられていることを祈ろう。

これほどに清々しい気持ちになったことはない。


「いつか、お祭りに浴衣を着て行ってみたいです」


花火の打ち上げの待ち時間、彼女は口を開いて言った。


「浴衣、着て行ったことないの?」


まるで、今まで祭りに浴衣を着て行ったことがない、というような口ぶりに聴こえる。


「はい。小学生の頃は地元のお祭りによく行っていたんですが、親が浴衣を着ることを許してくれなくて。周りの人や友達はみんな浴衣を着ているのに、自分だけ置いていかれたような」

「⋯そっか」


長い沈黙が続いた。

こういう時、なんて言うのが正解なのだろう。

僕はこの祭りに来て楽しかったし、来れてよかったとも思う。

それも遠江華のお陰だ。

僕も彼女に良い時間を過ごしてもらいたい。


「来年の夏、また来よう。今度は浴衣を着て、二人で」

「⋯冬季さん、それはできないんです」

「そりゃあどうして?」


三拍開けて彼女は言った。


「冬季さんに残された時間は、三ヶ月を切りました」


――来年の夏には、もう。


「打ち上げを、開始します」


8月6日、今日も今日が終わりかけていた。

見てくれてありがとうございます!感想、アドバイス貰えたら喜びます。

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