第九章 陰謀の網
王都の地下で魔王の欠片を浄化した私は、胸の聖女の力が一層強く脈打つのを感じていた。
金色の光が闇を焼き尽くした瞬間、ルチアーノの嫉妬がこの闇を呼び寄せた確信が私の心に根付いた。
彼の冷たい笑顔、貴族たちを扇動する姿、そしてベアトリーチェの怯えた瞳――すべてが、まるで闇の糸に操られる人形のようだった。
私はアレッサンドロ・モンテフェルトロとヴィットリオ・ロッシを従え、地下の冷たい石壁を後にした。
王宮の回廊に戻る途中、朝陽がステンドグラスの窓を通り、虹色の光を私の白いローブに投げかけていた。
だが、その美しさも、私の心に渦巻く不安を完全に払拭することはできなかった。
「聖女様、あの水晶…また魔王の欠片でしたね。」
ヴィットリオの声は、静かだが緊張に震えていた。
彼の栗色の髪は地下の湿気でわずかに乱れ、茶色の瞳には心配の色が浮かんでいた。
私は彼に微笑みを向け、穏やかに答えた。
「ええ、ヴィットリオ。
ヴェルトゥス荒野、北部の井戸、そして今ここで…。
魔王の欠片は、まるで私の光を試すように現れるわ。」
アレッサンドロが私の横に並び、紫の瞳に鋭い光を宿して言った。
「クラウディア、ルチアーノがこれに関与している可能性は高い。
彼の嫉妬は、単なる貴族の感情を超えている。
何か…もっと大きな力が、彼を動かしているのかもしれない。」
彼の言葉は、ジュゼッペ神官長の警告と重なり、私の胸に冷たい確信を刻んだ。
ルチアーノの心は、闇に染められている。
かつて愛した彼の笑顔は、今や私の敵として立ちはだかっていた。
私は拳を握り、静かに答えた。
「アレッサンドロ、ルチアーノが何を企もうと、私は恐れないわ。
聖女として、フィオレンティアを守る。
彼の闇は、私の光で浄化する。」
アレッサンドロは頷き、その瞳に深い信頼を宿した。
「君の覚悟は、俺の剣を強くする。
どんな敵も、君に触れる前に俺が斬る。」
その力強い言葉に、私の心は温かな波に包まれた。
ルチアーノの裏切りで傷ついた私の心は、アレッサンドロの誠実さとヴィットリオの純粋な支えによって、少しずつ癒されつつあった。
私は二人に微笑み、王宮の会議室へと向かった。
王ジョヴァンニ・アルディーニに、地下での出来事を報告する必要があった。
会議室では、王と数人の重臣が円卓を囲んでいた。
神官長ジュゼッペも同席し、厳かな表情で私を迎えた。
私は一礼し、地下での出来事を詳細に報告した。
魔王の欠片、ルチアーノの関与の可能性、そして貴族たちの不穏な動き。
私の言葉に、会議室は重い沈黙に包まれた。
王が額に手をやり、深いため息をついた。
「聖女クラウディア、汝の功績はフィオレンティアの希望だ。
だが、ルチアーノ・グリマルディは侯爵家の嫡男。
彼を直接非難するには、確固たる証拠が必要だ。」
私は頷き、胸を張って答えた。
「陛下、わかっております。
私はルチアーノの企みを暴き、フィオレンティアを守ります。
どうか、私にその機会をください。」
王は私の決意に頷き、ジュゼッペに視線を向けた。
神官長が静かに口を開いた。
「聖女よ、ルチアーノの心が闇に染まっているなら、汝の光がそれを浄化する唯一の道だ。
だが、闇は狡猾だ。
彼の背後に、さらなる力が潜んでいる可能性がある。
神々の導きを信じ、慎重に進めなさい。」
私は聖典を胸に抱き、力強く答えた。
「神官長様、陛下。
私は神々の加護を信じ、フィオレンティアを守ります。
ルチアーノの陰謀は、必ず暴いてみせます。」
会議の後、私は王宮の庭園で一息ついた。
薔薇の花々が朝露に濡れ、まるで私の心を慰めるように静かに揺れていた。
あの庭で、ルチアーノと交わした誓いを思い出す。
「クラウディア、君は俺の永遠だ。」
彼の甘い言葉は、今や毒のように私の心を刺した。
だが、私は目を閉じ、その記憶を振り払った。
私はもう、彼の影に縛られる女ではない。
「クラウディア、ここにいたのか。」
アレッサンドロの声が背後から聞こえた。
彼は深紅のマントを翻し、薔薇の小道を歩いてきた。
その紫の瞳は、まるで私の心を見透かすように穏やかだった。
私は微笑み、彼を迎えた。
「アレッサンドロ、こんな朝に庭園を散歩?
珍しいわね。」
彼は小さく笑い、私の隣に立った。
「君がここにいると聞いてな。
少し、話したいと思ったんだ。」
私は彼の言葉に胸の鼓動が速まるのを感じ、静かに尋ねた。
「どんな話?
またルチアーノのこと?」
アレッサンドロは首を振ると、薔薇の花を一輪摘み、私に差し出した。
「いや、君のことだ。
聖女として、フィオレンティアを導く君は素晴らしい。
だが、クラウディア・ヴィタリアという女性のことも、俺は知りたい。」
その言葉に、私は一瞬言葉を失った。
ルチアーノの裏切り以来、誰かにこんな風に心を見られることはなかった。
私は薔薇を受け取り、頬が熱くなるのを感じた。
「アレッサンドロ…ありがとう。
でも、私はまだ、聖女としての使命に追われているわ。
自分の心を見つめる余裕は…。」
彼は私の言葉を遮り、静かに続けた。
「使命は大事だ。
だが、君の心も同じくらい大事だ。
俺は君の盾であると同時に、君の支えになりたい。」
その誠実な言葉に、私の心は温かな光に包まれた。
私は彼を見つめ、微笑んだ。
「ありがとう、アレッサンドロ。
あなたの言葉、胸に刻むわ。」
その夜、王都の貴族たちが集う舞踏会が開かれた。
ルチアーノの企みを暴くため、私はその場に出席することを決めた。
淡い金のドレスに身を包み、エメラルドの瞳を引き立てる金の髪飾りを付けた。
ヴィットリオとアレッサンドロが護衛として同行し、私は広間に足を踏み入れた。
シャンデリアの光が大理石の床に虹色の影を落とし、楽団の調べが華やかな雰囲気を彩る。
だが、その裏に、陰謀の匂いが漂っていた。
「聖女クラウディア・ヴィタリア、ご到着!」
司会者の声に、貴族たちの視線が一斉に私に集まった。
私は微笑みを浮かべ、堂々と歩みを進めた。
広間の隅で、ルチアーノが貴族たちと密談している姿が見えた。
彼の青い瞳が私を捉え、まるで毒を滴らせるような冷たさで私を睨んだ。
ベアトリーチェは彼の傍にいたが、彼女の顔は青ざめ、まるで囚われた鳥のようだった。
「クラウディア、気をつけろ。
ルチアーノの動きが怪しい。」
アレッサンドロが私の耳元で囁いた。
私は頷き、ルチアーノに近づいた。
彼は冷笑を浮かべ、私を迎えた。
「聖女様、舞踏会まで顔を出すとはな。
だが、この場はお前の光が届かない闇の舞台だ。」
彼の声は、まるで蛇の囁きのようだった。
私は微笑みを崩さず、答えた。
「ルチアーノ様、闇は私の光の前では無力よ。
あなたの企み、すべて暴いてみせるわ。」
その言葉に、ルチアーノの顔が歪んだ。
彼は一歩踏み出し、低く囁いた。
「ふん、聖女の自信か。
だが、貴族社会は俺の掌の上だ。
お前の光は、すぐに潰れる。」
その瞬間、広間の中央で叫び声が上がった。
貴族の一人が倒れ、黒い斑点が彼の顔に広がっていた。
北部の疫病と同じ症状だ。
貴族たちがパニックに陥り、ルチアーノが冷たく笑った。
「聖女よ、これがお前の光の限界だ。
疫病はまだ終わっていない。」
私は胸の力を感じ、倒れた貴族に駆け寄った。
聖女の光を放ち、彼の体を癒した。
黒い斑点が消え、貴族は息を吹き返した。
貴族たちが驚嘆の声を上げ、ルチアーノの顔が青ざめた。
「ルチアーノ、これはあなたの仕業ね。
疫病を再び広め、私を貶めようとした。」
私の声は、まるで雷のように響いた。
ルチアーノは後ずさり、だがすぐに冷笑を浮かべた。
「証拠はあるのか?
聖女の妄想では、俺を裁けないぞ。」
私は微笑み、胸の力を呼び起こした。
金色の光が広間を包み、ルチアーノの懐から黒い水晶が浮かび上がった。
魔王の欠片だ。
貴族たちが息を呑み、ルチアーノが慌てて水晶を掴もうとした。
だが、私の光が水晶を砕き、闇の力を焼き尽くした。
「これが、証拠よ。
ルチアーノ、あなたは闇に手を貸した。」
私の声は、広間に響き、貴族たちのざわめきを静めた。
ルチアーノは膝をつき、ベアトリーチェが泣きながら彼にすがった。
アレッサンドロが私の傍に立ち、剣を握った。
「グリマルディ侯爵、聖女に対する反逆は重罪だ。
王に裁きを委ねる。」
ルチアーノは歯を食いしばり、私を睨んだ。
「クラウディア…覚えていろ。
俺はまだ終わっていない。」
彼は衛兵に連行され、ベアトリーチェは泣き崩れた。
私は彼女を見つめ、僅かな同情を感じた。
彼女もまた、ルチアーノの野心の犠牲者なのだ。
舞踏会は混乱のうちに終わり、私は王宮に戻った。
ルチアーノの企みは暴かれたが、彼の言葉が私の心に棘を残した。
「俺はまだ終わっていない。」
闇は、まだ消えていない。
私は聖典を開き、神々の言葉に耳を傾けた。
新たな試練が、私を待っている。




