第七章 嫉妬の炎
北部の村を救った私は、フィオレンティアの民の希望としてさらにその名を高めていた。
疫病の闇を浄化し、村人たちの笑顔を取り戻したあの瞬間は、まるで私の心に新たな光を灯したようだった。
馬車が王都へと戻る道すがら、私は窓の外に広がる平原を眺め、胸の奥で脈打つ聖女の力を感じていた。
白いローブに身を包み、金の刺繍が陽光を反射して眩く輝く。
私の黒髪は風に揺れ、エメラルドの瞳には決意と誇りが宿っていた。
かつてルチアーノに裏切られ、絶望の淵に沈んだクラウディア・ヴィタリアは、今やフィオレンティアの聖女として、民の心を一つにしていた。
「聖女様、王都が近づいてきました。」
ヴィットリオ・ロッシの声が、静かな馬車の中で響いた。
彼の栗色の髪は陽光に照らされ、茶色の瞳にはいつものように穏やかな敬意が浮かんでいた。
私は微笑みを返し、彼を見つめた。
「ヴィットリオ、ありがとう。
北部での試練を乗り越えられたのは、あなたやアレッサンドロの支えがあったからよ。」
ヴィットリオは頬を赤らめ、照れくさそうに頭を掻いた。
「聖女様、私はただ…あなたの光に導かれただけです。
あの井戸での奇跡、まるで神々の意志そのものでした。」
その言葉に、私は小さく笑った。
ヴィットリオの純粋な信頼は、ルチアーノの裏切りで傷ついた私の心を癒し、聖女としての道を歩む力を与えてくれた。
だが、馬車の反対側に座るアレッサンドロ・モンテフェルトロの存在もまた、私の心に新たな波を起こしていた。
彼は静かに地図を眺め、紫の瞳に深い思索を宿していた。
その横顔は、まるで彫刻のように整い、だがその奥には強い意志が感じられた。
「アレッサンドロ、何を考えているの?」
私は尋ね、彼の視線を引き寄せた。
彼は地図から顔を上げ、穏やかな微笑みを浮かべた。
「クラウディア、君の功績は王都中に響いている。
だが、それが新たな波紋を呼んでいるかもしれない。
貴族たちの嫉妬や、民の期待…そして、ルチアーノ・グリマルディの動向だ。」
ルチアーノの名を聞いた瞬間、私の胸に冷たい疼きが走った。
彼の嫉妬に満ちた視線、晩餐会での苛立ちに歪んだ顔が頭に浮かんだ。
私は唇を噛み、静かに答えた。
「ルチアーノが何を企もうと、私は止まらないわ。
聖女として、フィオレンティアを導くのが私の使命。
彼の後悔は、私の輝きの前でただの塵よ。」
アレッサンドロは私の言葉に頷き、その瞳に深い信頼を宿した。
「その覚悟、素晴らしいよ。
だが、俺は君の盾だ。
どんな陰謀も、君に触れる前に俺が叩き潰す。」
その力強い言葉に、私の心は温かな鼓動で満たされた。
ルチアーノの偽りの愛とは異なり、アレッサンドロの言葉には真実と誠実さが宿っていた。
私は彼に微笑み、感謝の意を込めた。
「ありがとう、アレッサンドロ。
あなたの支えがあるから、私は恐れずに進めるわ。」
馬車が王都の門をくぐると、群衆の歓声が再び私を迎えた。
花びらが空を舞い、子供たちが私の名を叫ぶ。
「聖女クラウディア!
フィオレンティアの光!」
その声は、まるで私の心を天へと押し上げる翼のようだった。
だが、その歓声の中に、冷たく鋭い視線を感じた。
群衆の後ろ、貴族の馬車の中から、ルチアーノが私を睨んでいた。
彼の隣にはベアトリーチェがいたが、彼女の顔は不安と疲弊に曇っていた。
私は視線を逸らし、胸の力を感じながら前を見据えた。
ルチアーノ、あなたの嫉妬は私の勝利の証よ。
王宮での歓迎式典は、ヴェルトゥス荒野の時を上回る盛大さだった。
玉座の間は、貴族と神官で埋め尽くされ、シャンデリアの光が大理石の床に虹色の影を落としていた。
王ジョヴァンニ・アルディーニが私を讃え、民衆の前で聖女の功績を高らかに宣言した。
「聖女クラウディア・ヴィタリアは、北部の疫病を癒し、フィオレンティアに希望をもたらした。
彼女は神々の使者、我々の光だ!」
貴族たちが拍手を送り、民衆の歓声が王宮の壁を揺らした。
私は一礼し、胸を張って答えた。
「陛下、民のために尽くすことは、私の使命です。
この力を、フィオレンティアの未来のために捧げます。」
その言葉に、貴族たちの視線がさらに熱を帯びた。
だが、その中に、ルチアーノの冷たい視線が突き刺さっていた。
彼はベアトリーチェを連れて広間の隅に立ち、まるで私の輝きを焼き尽くそうとするかのように私を睨んでいた。
ベアトリーチェは彼の腕にしがみつき、怯えたように俯いていた。
彼女の金色の巻き髪は、かつての輝きを失い、青い瞳には涙が滲んでいた。
式典の後、貴族たちが集う晩餐会が開かれた。
私は淡い紫のドレスに着替え、エメラルドの瞳を引き立てる金の髪飾りを付けた。
その姿は、まるで夜の花のように優雅で、貴族たちの視線を一身に集めた。
私は微笑みを浮かべ、一人一人に挨拶を返したが、心のどこかでルチアーノの動向を気にしていた。
「聖女様、おめでとうございます。」
突然、背後から聞き慣れた声が響いた。
振り返ると、そこにはルチアーノが立っていた。
彼の金色の髪は燭台の光に輝き、青い瞳はまるで氷のように冷たかった。
ベアトリーチェは彼の後ろに隠れ、震えるように私を見ていた。
私は胸を張り、冷静に答えた。
「ルチアーノ様、ご挨拶ありがとう。
ベアトリーチェ様も、お元気そうで何よりです。」
私の言葉は、まるで刃のように鋭く、彼の心を刺した。
ルチアーノの顔が一瞬歪み、だがすぐに冷笑を浮かべた。
「ふん、聖女とやら、随分と調子に乗っているな。
だが、所詮は神々の気まぐれだ。
お前の輝きなど、すぐに色褪せる。」
その言葉に、広間の空気が凍りついた。
貴族たちがざわめき、ヴィットリオが私の傍に駆け寄った。
だが、私は手を上げて彼を制し、ルチアーノを見つめた。
「ルチアーノ様、あなたの言葉はまるで嫉妬の叫びね。
私を捨てたことを、後悔しているの?」
私の声は、静かだが力に満ちていた。
ルチアーノの顔が赤く染まり、彼は拳を握りしめた。
「後悔だと?
ふざけるな!
俺はベアトリーチェを選んだ。
お前など、ただの過去だ!」
ベアトリーチェが小さく声を上げ、彼の腕を強く握った。
「ルチアーノ様…やめて…。」
彼女の声は、まるで風に消えるような弱々しさだった。
私は彼女を見つめ、僅かな同情を感じた。
十歳の少女が、ルチアーノの野心に巻き込まれ、こんな目に遭っている。
だが、私はすぐに目をルチアーノに戻し、微笑んだ。
「過去、ね。
なら、なぜそんな目で私を見るの?
あなたの心は、私の輝きに焼き尽くされているわ。」
その瞬間、ルチアーノの顔がさらに歪んだ。
彼は一歩踏み出し、私に手を上げようとした。
だが、その前に、アレッサンドロが私の前に立ちはだかった。
「グリマルディ侯爵、聖女に対する不敬は許さん。
もう下がれ。」
アレッサンドロの声は、まるで雷のように響いた。
彼の紫の瞳は怒りに燃え、ルチアーノを圧倒した。
ルチアーノは一瞬怯み、だがすぐに歯を食いしばり、ベアトリーチェを連れて広間を去った。
貴族たちの囁きが嵐のように巻き起こり、私はアレッサンドロに微笑んだ。
「ありがとう、アレッサンドロ。
でも、私は自分で戦えるわ。」
彼は微笑みを返し、静かに答えた。
「わかっている。
だが、君を守るのは俺の役目だ。」
その言葉に、私の心は温かな波に包まれた。
ルチアーノの嫉妬は、私の成功の証。
彼がどんなに足掻こうと、私は止まらない。
その夜、私は王宮の自室に戻り、窓辺に立った。
月光が私の顔を照らし、胸の力が静かに脈打っていた。
ルチアーノの動揺は、私に小さな満足を与えたが、同時に新たな不安を呼び起こした。
彼の嫉妬は、単なる言葉で終わるものではないかもしれない。
ヴィットリオが部屋に入り、静かに言った。
「聖女様、ルチアーノ様が貴族たちと密談しているとの噂です。
何か企んでいるかもしれません。」
私は頷き、月を見つめた。
「ヴィットリオ、ありがとう。
彼が何を企もうと、私は恐れないわ。
聖女として、フィオレンティアを守る。」
だが、その時、王都の遠くで、暗い影が動くのを感じた。
聖女の力が、まるで警告のように疼いた。
ルチアーノの嫉妬が、新たな闇を呼び起こしている。
私は拳を握り、夜空に誓った。
「ルチアーノ、あなたの陰謀は私の光で焼き尽くすわ。」




