第五章 栄光の凱旋
ヴェルトゥス荒野の浄化を果たした私は、王都へと戻る馬車の揺れに身を委ねていた。
窓の外では、フィオレンティアの平原が朝陽に浴し、金色の光を帯びて輝いていた。
私の心は、達成感と新たな決意で満ちていた。
荒野の呪いを解き、村民たちの笑顔を取り戻したあの瞬間は、まるで私の魂に新たな命を吹き込んだようだった。
白いローブに身を包み、金の刺繍が朝日を反射して眩く輝く。
私の黒髪はゆるやかに編まれ、エメラルドの瞳には聖女としての誇りが宿っていた。
かつてルチアーノに捨てられた哀れな令嬢、クラウディア・ヴィタリアはもういない。
私は神々に選ばれし者、フィオレンティアを導く聖女なのだ。
「聖女様、王都が見えてきました。」
隣に座るヴィットリオ・ロッシの声が、私の思索を優しく引き戻した。
彼の栗色の髪は陽光に照らされ、茶色の瞳には穏やかな敬意が浮かんでいた。
私は微笑みを返し、窓の外に視線をやった。
「ヴィットリオ、ありがとう。
この凱旋は、私だけのものではないわ。
あなたや村民たちの支えがあってこそよ。」
彼は頬を赤らめ、慌てて首を振った。
「そんな、聖女様!
私はただ、あなたの光に導かれただけです。
ヴェルトゥス荒野での奇跡…あれは、あなたの力そのものでした。」
私は笑みを深め、彼の純粋さに心を温めた。
ヴィットリオの言葉は、ルチアーノの冷たい裏切りや両親の叱責で傷ついた私の心を、まるで柔らかな春風のように癒してくれた。
馬車が王都の門をくぐると、群衆の歓声が一気に耳に飛び込んできた。
「聖女様!
聖女クラウディア様!」
民衆が通りを埋め尽くし、花びらを撒きながら私の名を叫んでいた。
その光景に、私は息を呑んだ。
王都の石畳の道は、色とりどりの花で飾られ、まるで春の祭りのようだった。
子供たちが手を振って笑い、老人たちが祈りの言葉を呟く。
私の心は、まるで陽光に浴する花のように開いた。
「これが…私のしたことの結果なのね。」
私は呟き、胸の奥で聖女の力が温かく脈打つのを感じた。
馬車が王宮の広場に到着すると、貴族たちが列をなして私を待っていた。
彼らの視線は、かつての嘲笑や軽蔑とは異なり、畏敬と好奇心に満ちていた。
私は馬車を降り、堂々と広場に足を踏み入れた。
白いローブが風に揺れ、金の刺繍が光を放つ。
その姿は、まるで神々の使者そのものだった。
王宮の玉座の間へと導かれると、フィオレンティアの王、ジョヴァンニ・アルディーニが私を迎えた。
彼は壮年の男性で、銀色の髪と鋭い灰色の瞳を持っていた。
王冠を頂いた姿は威厳に満ち、だがその眼差しには温かな光が宿っていた。
「クラウディア・ヴィタリア、聖女よ。
ヴェルトゥス荒野の浄化は、フィオレンティアに希望をもたらした。
その功績を讃え、汝を王国の守護者として迎える。」
王の声は、玉座の間に荘厳に響いた。
私は一礼し、胸を張って答えた。
「陛下、聖女としてフィオレンティアに仕えることは、私の使命です。
この力を、民のために尽くすことを誓います。」
王は満足げに頷き、貴族たちに視線を向けた。
彼らが一斉に拍手を送り、玉座の間は歓声に包まれた。
だが、その中に、冷たく鋭い視線を感じた。
私は顔を上げ、視線の主を見た。
ルチアーノ・グリマルディ。
彼は広間の隅に立ち、金色の髪を輝かせ、青い瞳で私を睨んでいた。
その隣には、ベアトリーチェ・ファルコーネが怯えたように彼の腕にしがみついていた。
彼女の金色の巻き髪は、かつての無垢な輝きを失い、青い瞳には不安が揺れていた。
「ルチアーノ…。」
私は心の中で呟き、彼を見つめた。
彼の顔には、嫉妬と苛立ちが滲んでいた。
私の成功が、彼の心をかき乱しているのだ。
その事実に、私は僅かな満足を感じた。
だが、同時に、かつての愛の記憶が胸を刺した。
彼の笑顔、彼の手の温もり。
あのすべてが偽りだったとわかっていても、心の奥で疼く傷は消えなかった。
式典の後、貴族たちが集う晩餐会が開かれた。
シャンデリアの光が大理石の床に虹色の影を落とし、楽団の調べが華やかな雰囲気を彩る。
私は白いローブから、淡い緑のドレスに着替えていた。
エメラルドの瞳に合わせた色のドレスは、まるで森の精霊のように私の姿を際立たせた。
貴族たちが次々と私に挨拶に訪れ、称賛の言葉を並べた。
「聖女様、ヴェルトゥス荒野の奇跡はまさに神の御業です!」
「ヴィタリア家の名は、貴女によって永遠に輝くでしょう。」
私は微笑みを返し、一人一人に丁寧に応えた。
だが、心のどこかで、ルチアーノの視線を意識していた。
彼はベアトリーチェを連れて広間の反対側にいたが、時折私を盗み見るのがわかった。
その視線は、まるで私の輝きを焼き尽くそうとする炎のようだった。
「クラウディア、素晴らしい功績だ。」
突然、深く響く声が私を呼んだ。
振り返ると、そこには見知らぬ男性が立っていた。
彼は背が高く、黒い髪に深い紫の瞳を持っていた。
その瞳は、まるで夜の海のように静かで、だが底知れぬ力を秘めているようだった。
彼の服は公爵の紋章をあしらった深紅のマントで、威厳と優雅さを兼ね備えていた。
「あなたは…?」
私は尋ね、胸の鼓動が僅かに速まるのを感じた。
彼は微笑み、軽く一礼した。
「アレッサンドロ・モンテフェルトロ、公爵家の嫡男だ。
聖女の名声は、王都中に響いている。
こうして会えたことを、光栄に思う。」
アレッサンドロの声は、まるで弦楽器のように滑らかで、心に響いた。
私は微笑みを返し、彼を見つめた。
「公爵様、ありがとうございます。
私の力は、民のためにあるもの。
その志を認めていただけるなら、こんな嬉しいことはありません。」
彼は目を細め、僅かに笑みを深めた。
「志だけでなく、君の勇気と美しさも、フィオレンティアの宝だ。
これからも、聖女の道を見守らせてほしい。」
その言葉に、私の頬が熱くなるのを感じた。
ルチアーノの裏切り以来、誰かにこんな風に称賛されることはなかった。
アレッサンドロの瞳には、誠実さと敬意が宿っていた。
それは、ルチアーノの偽りの甘言とは全く異なるものだった。
「ありがとう、公爵様。
あなたの言葉、胸に刻みます。」
私はそう答え、視線を下げた。
その時、広間の反対側でルチアーノが私を睨んでいるのに気づいた。
彼の顔は、まるで嵐の前の空のように暗く、ベアトリーチェが不安げに彼の腕を握っていた。
私は心の中で冷たく笑った。
ルチアーノ、あなたは私を捨てたことを後悔し始めているのね。
だが、これはまだ始まりに過ぎないわ。
晩餐会の後、私は王宮のテラスに出た。
夜風が私の髪を揺らし、星空が王都の上に広がっていた。
胸の奥で、聖女の力が静かに脈打っていた。
アレッサンドロの言葉が、まるで星の光のように私の心を照らしていた。
だが、同時に、ルチアーノの嫉妬に満ちた視線が、胸に小さな棘を残した。
「聖女様、お一人で?」
ヴィットリオの声が背後から聞こえた。
私は振り返り、彼に微笑んだ。
「ええ、ヴィットリオ。
少し、星を見ていたの。
この夜空は、私の道を照らしてくれているみたい。」
彼は私の隣に立ち、星空を見上げた。
「聖女様、今日のあなたは本当に輝いていました。
民も貴族も、皆あなたの力を認めています。
…ルチアーノ様も、きっと後悔しているはずです。」
その言葉に、私は小さく笑った。
「ヴィットリオ、彼の後悔は私の目的じゃないわ。
でも、彼が私の価値に気づくのは、悪い気分じゃない。」
ヴィットリオは頷き、穏やかに微笑んだ。
「聖女様の心は、誰よりも強い。
これからも、私はあなたを支えます。」
私は彼の手を軽く握り、感謝の気持ちを込めて答えた。
「ありがとう、ヴィットリオ。
あなたの支えがあるから、私は前に進めるのよ。」
その時、遠くから馬の蹄の音が聞こえた。
テラスから見下ろすと、急使の騎士が王宮の門に駆け込むのが見えた。
私の胸に、僅かな不安がよぎった。
ヴィットリオもそれに気づき、眉をひそめた。
「聖女様、あれは…。」
騎士が王宮に飛び込み、広間に戻った私たちは、王の側近からの急報を聞いた。
王国北部で、原因不明の疫病が広がっているという。
村々が壊滅し、死者が増えている。
王が私を見つめ、厳かに言った。
「聖女クラウディア、汝の力が必要だ。
この疫病を癒し、フィオレンティアを救ってほしい。」
私は胸を張り、力強く答えた。
「陛下、必ずやこの試練を乗り越えます。
聖女として、民を救うことを誓います。」
広間の貴族たちがざわめき、ルチアーノの視線が再び私を刺した。
だが、私は彼を無視し、王とアレッサンドロを見つめた。
アレッサンドロが静かに頷き、その瞳に信頼の光を見た。
私の心は、新たな試練への覚悟で燃えていた。
ルチアーノ、あなたがどんなに私を蔑もうと、私は止まらない。
フィオレンティアの希望となり、あなたの後悔をさらに深く刻んでやるわ。




