第三章 光の試練
神々の泉から放たれた金色の光は、神殿の天井にまで届き、まるで星々が舞い降りたかのように輝いた。
私の手は泉の水に浸されたまま、温かな力を感じていた。
それは私の心と共鳴し、まるで生き物のように脈打っていた。
周囲の神官たちは、驚愕と畏怖の眼差しで私を見つめ、ざわめきが神殿の石壁に反響した。
神官長ジュゼッペ・マッシモの厳粛な顔にも、初めて動揺の色が浮かんだ。
「これほどの光…まさしく神々の加護だ。」
彼の声は、まるで祈りのように低く響いた。
私はゆっくりと手を泉から引き、胸に当てた。
その瞬間、力が全身を巡り、私の存在そのものが光に満ちるような感覚に包まれた。
エメラルドの瞳は、まるで神々の意志を宿したかのように輝き、黒髪は風もないのに軽やかに揺れた。
私はクラウディア・ヴィタリア、聖女として目覚めた女。
もう、ルチアーノに捨てられた哀れな令嬢ではない。
「神官長様、試練はこれで終わりでしょうか?」
私の声は、静かだが力に満ちていた。
ジュゼッペは一瞬言葉を失い、やがて深く頷いた。
「いや、クラウディア・ヴィタリア。
この光は確かに神々の意志を示している。
だが、聖女の力は一つの奇跡だけで証明されるものではない。
さらなる試練を与える。」
私は微笑みを浮かべ、胸の奥で燃える決意を感じた。
試練ならば、いくらでも受けてみせる。
私の力は、ルチアーノの裏切りを乗り越え、ヴィタリア家の名を再び輝かせるためのものなのだから。
「どのような試練でしょうか?
私は神々の意志に従い、すべてを果たします。」
ジュゼッペは神官たちに目配せし、彼らを下がらせた。
やがて、彼は私を神殿の奥深く、聖なる間へと導いた。
そこは、壁に刻まれた神々のレリーフが月光に照らされ、荘厳な静寂に満ちた場所だった。
中央には、巨大な水晶が安置され、まるで星の欠片のように輝いていた。
「これは『星の水晶』だ。
聖女の力が本物ならば、この水晶に触れることで神々の声を聞くことができる。
だが、偽りの心を持つ者が触れれば、水晶は砕け、触れた者を呪う。」
ジュゼッペの言葉は、まるで刃のように鋭かった。
私は水晶を見つめ、胸の力を感じた。
呪いなど、私には関係ない。
私の心は、ルチアーノへの怒りと、己の価値を証明する決意で満ちている。
「わかりました。
神々の声を聞かせてください。」
私は一歩踏み出し、水晶に手を伸ばした。
その瞬間、冷たい水晶の表面が私の指先に触れ、頭の中に光の奔流が流れ込んだ。
まるで宇宙そのものが私の内に広がるような感覚だった。
星々が囁き合い、神々の声が私の心に響いた。
「クラウディア、汝は選ばれし者。
汝の力は、フィオレンティアを導く光とならん。
されど、汝の心に闇が宿れば、その光は消える。
試練を乗り越え、聖女としての道を歩め。」
その声は、荘厳で、かつ優しく、私の魂を揺さぶった。
私は目を閉じ、涙が頬を伝うのを感じた。
神々に選ばれた。
私のような、捨てられた女が。
この力は、私の復讐のためのものではない。
国を導き、人々を救うためのものなのだ。
水晶から手を離すと、神殿は再び静寂に包まれた。
ジュゼッペが息を呑み、私を見つめた。
「水晶が…輝いている。
クラウディア、お前は確かに聖女だ。」
彼の声は、まるで神の宣告のように重々しかった。
私は微笑み、胸を張った。
「神官長様、私はこの力でフィオレンティアに貢献します。
どうか、私にその機会をください。」
ジュゼッペはしばらく黙考し、やがて頷いた。
「よかろう。
聖女として、最初の任務を与える。
王都の南に広がる枯れ地、ヴェルトゥス荒野。
そこは魔物の巣窟となり、農民たちが苦しんでいる。
聖女の力で、荒野を浄化し、土地を甦らせなさい。」
ヴェルトゥス荒野。
その名を聞いた瞬間、背筋に冷たいものが走った。
荒野は、魔物の 惑星のような場所として知られている。
多くの騎士が挑み、帰らぬ人となった場所だ。
だが、私は目を逸らさなかった。
「承知しました。
ヴェルトゥス荒野を浄化し、フィオレンティアの民を救います。」
私の声は、まるで神殿の石壁に刻まれるように響いた。
ジュゼッペは満足げに頷き、私を神殿の外へと導いた。
王都に戻る馬車の中で、私は窓の外を眺めた。
夕暮れの空は、まるで私の心を映すように赤く染まっていた。
ヴェルトゥス荒野への旅は、聖女としての私の第一歩。
だが、その前に、ルチアーノとベアトリーチェの婚約祝賀会が王都で開かれることを耳にした。
私の心に、僅かな疼きが生じた。
彼らに、私の新たな姿を見せつけてやりたい。
聖女として、ルチアーノが捨てた女がどれほど高みへ登るかを。
祝賀会当日、私は神殿から貸与された白いローブに身を包み、王宮の広間へと足を踏み入れた。
ローブは金の刺繍で飾られ、まるで光そのものを纏っているようだった。
私の黒髪はゆるやかに編まれ、エメラルドの瞳は決意に輝いていた。
広間に足を踏み入れた瞬間、貴族たちの視線が一斉に私に集まった。
ざわめきが広がり、囁き声が耳に届いた。
「伯爵令嬢クラウディア…聖女だと?」
「ルチアーノに捨てられた女が、聖女に選ばれたなんて…」
私は微笑みを浮かべ、堂々と歩みを進めた。
広間の中央では、ルチアーノとベアトリーチェが立っていた。
ルチアーノは金色の髪を輝かせ、青い瞳で私を見据えた。
その瞳には、驚きと、僅かな苛立ちが宿っていた。
ベアトリーチェは彼の腕にしがみつき、幼い顔に不安を浮かべていた。
「クラウディア…何だ、その姿は?」
ルチアーノの声は、冷たく、だがどこか動揺していた。
私は彼を見つめ、優雅に微笑んだ。
「ルチアーノ様、ご無沙汰しております。
私は神々に選ばれ、聖女としてフィオレンティアに仕える身となりました。
お二人の幸せを、心よりお祝い申し上げます。」
私の言葉は、まるで刃のように鋭く、彼の心を刺した。
ルチアーノの顔が僅かに歪み、ベアトリーチェが怯えたように彼の腕を握りしめた。
「聖女だと?
ふん、戯言だ。
神々が、お前のような女を選ぶはずがない。」
ルチアーノの言葉に、広間の空気が凍りついた。
だが、私は動じなかった。
胸の力を感じながら、ゆっくりと右手を上げた。
その瞬間、私の手から金色の光が放たれ、広間のシャンデリアをさらに輝かせた。
貴族たちが息を呑み、驚嘆の声が上がった。
「これが、戯言でしょうか?
ルチアーノ様、私を捨てたことを、後悔なさる日が必ず来ます。」
私の声は、まるで神の宣告のように響いた。
ルチアーノは言葉を失い、ベアトリーチェは震えながら彼の背後に隠れた。
私は微笑みを深め、広間を後にした。
背後で、貴族たちの囁きが嵐のように巻き起こるのを聞いた。
馬車の中で、私は拳を握り、胸の疼きを感じた。
ルチアーノの動揺した顔は、私の心に小さな満足を与えた。
だが、これは始まりに過ぎない。
ヴェルトゥス荒野を浄化し、フィオレンティアに貢献することで、私は彼に私の価値を思い知らせてやる。




