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4-1 執着愛を止めて

 アベルの裏の顔を知って以降、エリサは不用意に部屋から出ることが減った。これはアベルに言われたからではない。


(部屋から出ると、どこかで監視されてる気がするのよね……)


 なんとなく視線を感じることがあり、それならいっそ部屋にいたほうが安全だと思っている。


(アベル様の休暇が終わるまで我慢。我慢よ、私!)


 いっそ彼が仕事に出てくれたらどんなにいいか。

 というのも、アベルは自分の裏を知られてからは屋敷内での威厳はそのままに、エリサと二人きりになればすぐに愛を囁いてくるのだった。


「エリサ、今日もとても可愛い。愛してる」

「えぇ、そうですか」


 アベルは人気がない廊下だったり、エリサの部屋の前で待ち伏せしたりと二人きりになるとエリサを愛でるのだった。その触れ方はいまだにぎこちない。


(愛してるって言う割に、強引なことはしないのよね……魔法が暴走するからかしら。でもこのままの生活を続けてると、歴代アンベール夫人が発狂してきたのと同じように、私も発狂しかねない……)


 おそらく正解なのだが、エリサはあまり彼と会話する気がなかった。

 食事のあと部屋に戻ろうとしたら呼び止められ、現在は彼の部屋で二人きりである。

 エリサはソファに座らされ、目の前に座る笑顔のアベルを無心で見つめていた。


(強引なことはしないから、ベッドに押し倒されることもないし、キスもしないし、ただただこうして眺めてニコニコされる。なんなの、この時間)


 次第にうんざりしてくるエリサは、頬杖をついて目を伏せた。


「その表情もとても愛らしい」


(うーん……悪い人じゃないのかもしれない)


 そんな数日が過ぎた頃、エリサはいつものように彼の部屋へ呼ばれた。


「エリサ、すまない。急な用事が入って、今日は君と一緒にいられない」

「えっ」


 いつもより慌ただしく、よそ行きの服に着替えた彼はキリッとした目をしていた。


(え、ついに自由到来!? やっとこの謎の時間から解放される!)


 頭の中ではファンファーレが鳴り、エリサの心はこれまでになく浮き足だった。思わず笑顔を浮かべてしまう。


「あらまぁ、それはそれは。お忙しい限りで」

「まったく、休暇があと二日残ってたというのに、どうしても行かなきゃならん」

「どちらへ?」

「魔獣討伐だ。南のズューデン・カップ村で中級の魔獣が出たんだ。不意打ちの襲撃だとかなんとかで被害が大きいらしい」


 それを聞き、エリサは笑顔をすぐに消した。


「アベル様が討伐に?」

「そうだ。何、心配ない。一撃必殺ですぐに君のもとへ戻るさ」


(すぐに戻ってこないでほしいけど、仕事が仕事だけに複雑だわ……)


「どうかご無事で」


 エリサはひとまず心配している顔を作った。

 すると、アベルは目を閉じて息を止める。そして今にでも抱きしめたそうに手を広げるが、ピタリと止まってやめた。

 代わりにエリサの頭に手を置く。


「ありがとう、エリサ」


 ふわりと笑う彼の表情に、エリサはついときめいた。ドキッと小さく胸が鳴るが、平静を装う。

 一方、アベルは身支度を整えると「あ、そうだ」と何かにひらめく。


「君の服を貸して欲しいんだが」


 エリサは「ん?」と首を傾げた。


「君の匂いがしみついた服があれば、もっと頑張れる気がする」

「行ってらっしゃいませ、旦那様」


 冷めた目を向けると、アベルはしゅんと肩を落として部屋を出ていった。


(優しくしたらすぐ調子に乗るんだから!)


 こうして、不覚のときめきをさっと忘れ、エリサは束の間の自由を手に入れた。



 ***



 アベルが出かけるのを見届け、彼が屋敷からいなくなった瞬間に使用人たち全員の顔がわずかに明るくなる。

 エリサもまた気を緩ませ、ウキウキでスキップしながらアベルの部屋を出ようとドアノブを回した。


「さぁ、アベル様がいない間に何をしましょうね! この前のガーデンでのお茶会を仕切り直す? それとも町へ行く? どうしよう~選べな~い!」


 目の前にウィルフレッドがいた。すぐに閉める。しかし、扉は開けられ、エリサは気まずく明後日の方向を見た。


「エリサ様、浮かれないでください。アベル様がいない間、あなたのことは私がしっかり管理いたします」


 そう言うとウィルフレッドは、アベルの部屋に入り込みきっちり扉を閉めた。


「こんなところで二人きりだと、それこそアベル様の逆鱗に触れるんじゃなくて?」


 イライラしながら言うと、ウィルフレッドは肩をすくめて素に戻った。


「あなたを管理するよう言われたのは本当ですよ。『俺がいない間にエリサの身に何かあったら、分かってるだろうな?』と脅されました」

「幼馴染にも容赦ないわね」


 エリサは二人の関係がいまいち分からず、引いた目でウィルフレッドを見る。アベルの真似がそこそこ上手いウィルフレッドは、気だるそうに全身を緩めると照れくさそうに笑った。


「仕方ありませんよ。アベルの生い立ちは不遇でしたし、現在進行形で拗らせてますからね」


(拗らせてるのは確かだわ)


 アベルの溺愛ぶりはあまりにも偏っている。そして思考が極端だ。不器用にも程がある。


「アベル様は、どうしてあんなに拗らせてるのよ……不遇な生い立ちなのは私もだけど、そこまで偏ってないはずよ」


 するとウィルフレッドは顎をつまみ「そうだなぁ」と思案げに言った。


「まぁ、エリサ様は奥様だし、いずれ知ることになりそうだから言っておきますね。アベルの家族のこと」


「はぁ」


「アベルの母君は、いわゆる政略結婚だったんです。そもそもアンベール家はロズヴィータ国が建国された当時の王族から派生した公爵家で、初代アンベール公爵は青炎の使い手でした。しかしその力が強いあまり王族は彼を恐れていました。それから不遇な扱いを受けているんです。死神だの呪いだのと。アベルもそうでした。母君から愛情を受けられず、前公爵の死後、母君はご実家に帰られたんです。アベルを置いて」


 ウィルフレッドはだんだん表情を曇らせた。それに合わせてエリサも、気が重くなってくる。


「そういえば、この屋敷に嫁いだ娘は発狂するって噂があったわね……」

「えぇ。その噂もほとんど真実で。アベルの母君はまさしく、そのような有様で、アベルが青炎の使い手だとわかって……精神を病んでしまったそうです」


 ウィルフレッドは重々しく言って口を閉じた。そんな話を聞いて、エリサは素直に同情した。アベルの不遇さは想像よりもつらい。また、自分と同じ境遇でもあり、彼の孤独が容易に分かった。


 初代アンベール公爵の呪いとも言われる青炎の魔法。魔法の属性は継承されるようだが、こんな境遇まで背負わされるのは理不尽だと思う。


「でも、ウィルフレッドは、彼が青炎の使い手でも恐れないのね」


 その問いにウィルフレッドは目をしばたたかせると、ふわっと笑った。


「まぁ、僕は半分異国の血が入ってますから、文化や教養が多様なんです。だからか、この国の迷信も本気にしてません。それに、アベルは不器用なだけで、根はいいやつですから」

「根はいいやつ、ねぇ……」


 どうにも猜疑心が拭えないエリサだが、ウィルフレッドがアベルを友人として慕っていることはわかった。また彼がアベルを恐れないのは、アベルを一人の人間として見ているからだ。


(私もアベル様をそんなふうに見られるかな……)


 しかし、脳内に巡るのはアベルの奇行しかなく、どれもこれも受け入れ難いもの。


(やっぱりヤンデレはダメだ)


 背筋に怖気が走り、頭を振って考え直す。するとウィルフレッドはエリサの心情を察したのかクスリと笑った。


「エリサ様のこと、とても愛してらっしゃるんですよ。ただ、その表現が不器用なだけです。許してください」


「いやでも……やっぱり束縛は嫌よ。人と会うのも、町へ行くのもダメで屋敷に軟禁状態。彼と顔を合わせるだけで時間が過ぎるのももったいないし、かと言って何かするというわけでもないし。とくに会話もないし」


「やはり部屋に連れ込んでも、ずっと眺めてるだけなんですか?」


「そうよ。なんにもしないわ。多分、魔法が暴走するから我慢してらっしゃるんでしょうけど」


「あぁ……感情が昂ると魔法を制御できなくなるんですよねぇ……ほんと、何やってんだ、あの人は」


 さすがのウィルフレッドも呆れたようで、頭を抱えてしまう。

 この数日、夕食後は必ず彼と会っていたが、やはり何もなかった。相手の好みなどを聞くことすらない。


「まぁ、何も会話せずともエリサ様のことならなんでも知ってますからね」


 ウィルフレッドはわずかに気まずそうに言う。エリサはさらに引いた。


「な、なんでも知ってる?」


「はい。エリサ様をお迎えするため、綿密に裏で調べ尽くしておりました。エリサ様のことはご家族よりも街の人たちのほうがよく存じてましたので、調査が捗ったと言ってましたよ」


「うわぁ……ストーカーじゃん」


 思わず口をついて出てしまったが、ウィルフレッドはとくに気にしなかった。


「ん? でも待って」


 ふと思う。エリサは眉をひそめ、声を落として訊いた。


「なんでアベル様は、私のことをそんなに好いてらっしゃるの? 私、アベル様とは一回もお会いしたことないんだけど」


 そう言いつつ、エリサは家族からいないもの扱いされていたので、デビュタントを経験していない。当然、アベルと出会う確率は低く、どこか道端で会ったくらいしか心当たりがなかった。さらにそれが理由であれば、アベルの印象が薄すぎて不自然だ。


 ウィルフレッドは「あぁ、それは」とすぐ口を開いたものの、そのまま固まる。

 やがて彼は口をきゅっと結び、眩しいほどの笑顔を向けた。


「それは、ご自身でお聞きください」

「えぇ~?」


 突然の意地悪に、エリサは戸惑い、顔を歪めた。

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