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3-2 呪い公爵の正体

 屋敷の奥深くにアベルの部屋はある。最上階の執務室から入る。

 ウィルフレッドが大きなドアをノックすると、アベルの「入れ」という返事が飛んでくる。


「エリサ様をお連れいたしました」


 ウィルフレッドが恭しく言い、エリサを部屋へ通した。念の為イヴリンは部屋の外に控えさせておく。

 アベルは背を向けて、大きな窓の外を眺めていた。不吉な沈黙が続く。

 やがて、見かねたウィルフレッドが口を開いた。


「アベル様、エリサ様とお話を」


 エリサはごくりと生唾を飲んだ。どんな仕打ちが待っていようと、絶対に屈しないという精神を保つ。

 脳内に前世の記憶を呼び覚まし、これまでの歴代クズ男を並べて右カウンターを入れることでメンタルを整えた。

 どれもこれもヒモだの浮気性だの賭博癖だのいたが、一番最初に付き合った彼氏が最悪だった。それがモラハラ束縛男。


 アベルの行動制限は、そのモラハラ束縛彼氏と似ていた。なんでも彼女より優れていると誇示しなくては気が済まず、あれはするなこれはするなと指図してきたものだ。


(私がどこで何をしているかも逐一チェックしてきて嫌だったなぁ。本当にモラハラ束縛だけはダメ! やっぱり離縁しよう! 実家なんて知ったこっちゃない!)


 拳を握り、気合を入れる。

 しかしアベルもまた強い魔力を漂わせていた。ようやく彼が振り向く。


「何度言ったら気が済むんだ? 部屋から出るなと言ってるだろう」


「大人しくなんて出来ません。そんなの、私のストレスが溜まるだけだわ。ストレスは体によくありませんからね」


「俺の言うことが聞けないということか?」


「そうですね。いかがいたします? アベル様の言うことが聞けない跳ねっ返りの私は手に余るでしょう? だったらいっそ、離縁したほうが」


 そう言った瞬間、エリサの前にアベルが飛んできた。素早い身のこなしは魔法だろう。その動きの速さに、エリサは思わず気圧された。

 もし彼が武器を持っていたら即死だったかもしれない。エリサのこめかみに、つうっと冷や汗が滴る。


 アベルはエリサの肩を掴み、耳元で低く唸った。


「離縁はしない」

「……なぜです? 私を縛りつけて楽しんでらっしゃるの? こんな脅すような真似して」


 圧倒されながらも言葉を紡ぐ。しかし、息が詰まりそうになり、声が掠れた。


(DVも追加! モラハラDV男は論外よ!)


 アベルは青い瞳を光らせ、エリサを睨んでいた。


「縛りつけてなど、ない」

「でも、私のことを監視してらっしゃるでしょう!?」


 エリサは彼の瞳を見返す。深い青に既視感を覚え、エリサはゆっくりと自分の胸元に光るペンダントを掴んだ。


「これで、私を見てらしたんですね?」


 エリサは後退り、ゆっくりと間合いを取った。きっとこれ以上、彼を怒らせれば魔法で殺されるかもしれない。もしかしたら呪いを受けるかもしれない。

 そんな恐ろしい考えが巡るも、意思を強く保ってアベルを見つめる。


「最低です。嫌いだわ、そういうの」


 その言葉に、ウィルフレッドが反応する。瞬間、エリサの体がふわりと浮き上がった。

 そして、エリサがいた場所に大きな穴が空く。アベルの魔法が部屋の床を貫いていた。

 ウィルフレッドはエリサを守るように肩を掴み、安全な床に降りると声をひそめて早口に言った。


「エリサ様、それ以上のことはどうか控えてください、死にますよ!」


「構わないわ! 私には守りたいものなんてないし、もうここで死ぬ運命だったのよ! いいわ! 今度こそ自由な世界で生きてやるんだから、さっさと殺しなさいよ!」


 エリサもタガが外れ、大声で叫ぶ。すると、ウィルフレッドが無表情を崩し、アベルに向かって言った。


「あぁもう、埒が明かない。おい、《《アベル》》! いい加減にしろ!」


 当のアベルは青い炎を全身にまとわせ、肩を震わせている。

 突然のウィルフレッドの豹変に、エリサの憤怒がいくらか鎮まる。一方、ウィルフレッドはエリサをドアまで押し込み、アベルに向かって行く。


「おい、アベル、頼むから堪えろ! 屋敷が壊滅する! 鎮まれ! 鎮まるんだ!」


 必死に呼びかけるウィルフレッド。アベルは息を整え、頭を抱えた。だんだん魔法が収縮していく。


「ったくもう、取り乱すのはわかるけど、全部君が撒いた種だからな! いい加減にしてくれよ、本当に」


「……すまん」


「謝るのは僕じゃない! ほら、君の奥様、めちゃくちゃ誤解してるぞ! ちゃんと言葉にしないからダメなんだって言っただろう!」


(何これ……どういうこと?)


 エリサはドアに背を張り付けたまま、呆気に取られる。

 そうこうしてるうちに、アベルはその場でゆっくりと顔を上げた。

 冷たい瞳は潤み、頬には赤みが差し、腕を震わせるその姿に『青炎の死神』の影は一切ない。


「……したくない。エリサ、君を……てるんだ」

「え? なんです?」


(声ちっさ!)


 エリサは耳を傾ける仕草をした。アベルは息を吸い、エリサを真っ直ぐに見て言った。


「離縁したくない! エリサ、君を愛してるんだ!」

「はい、よく言えました」


 すかさずウィルフレッドが呆れて言う。アベルは顔を真っ赤にし、頭を抱えた。


「ああ、ダメだ、穴に入ってしまおう」

「やめて! 当主の威厳がなくなる!」


 威厳も何も、すでに冷徹な『青炎の死神』の影も形もない。

 ウィルフレッドは、穴に入ろうとするアベルを羽交い締めにし、なんとか彼を椅子に座らせた。そして、穴に手をかざし、唇を小さく動かして呪文を唱える。みるみるうちに穴の空いた床が綺麗に直る。


 そして、ウィルフレッドは勢いよくエリサめがけてお辞儀した。見事な直角だった。


「エリサ様、これまでのご無礼、申し訳ございません」


「え? はぁ……って、あなた、キャラ変わってない?」


「こっちが素です。僕はアベルの幼馴染兼執事。幼少より彼とは気心知れた仲でして。使用人たちの手前、あえて執事の仮面をつけているに過ぎません」


「なるほど……理解したわ」


 エリサはまだ混乱していたが、ひとまずそう答えた。


「それで、アベル様は……何? こっちもそれが素なわけ?」

「そうです。うぅん……いや、なんと言いますか……素というより、裏というか」


 まだ顔を真っ赤にして頭を抱える当主に代わり、ウィルフレッドが何やらモゴモゴ答える。エリサはさらに訊いた。


「魔法で脅してきたのは?」

「それは!」


 アベルが急に顔を上げ、必死な形相を見せる。開いた口はそのままで、声が出てこない。

 ウィルフレッドがアベルの肩を叩く。


「それは、つまり、君への愛が強くて、魔法が暴走するんだ」

「あ、い……?」

(あい? あい……アイ……愛……愛!?)


 エリサはクラクラした。


(冗談でしょ……なんなのこの人。愛しすぎて魔法が暴走する? この人、本当に他国が恐れる『青炎の死神』なの?)

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