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3-1 呪い公爵の正体

 翌日。エリサは立入禁止区域へは近づかないようにし、またアベルの部屋から反対側方面へ探索に出かけた。


「そうだわ。何か、抜け穴があればいいんだけど」

「抜け穴、ですか?」


 イヴリンが不思議そうに問う。

 エリサは「ふふん」と笑い、ひとさし指を立てる。


「そう。私の実家もそれなりに広かったのよ。魔法至上主義だから、魔法の練習場がいくつもあったし、お庭も広くて森や池まであったわ。そこで、いろんなお弟子さんたちが魔法の練習をしていたの」

「それは立派ですわね」


 イヴリンは感心の声を漏らす。

 エリサは「まぁね」と言い、実家の広さを思い出した。屋敷はこのアンベール家ほどの広さではなくとも、弟子が寝泊まりする部屋が複数あり、また拡張魔法がかかっていたので実際の面積より広々していたのだ。

 あとを続ける。


「そんな数多の魔法使いたちが、魔法の練習中に壁に穴を空けたり時空に穴を空けたりして、それが複数残ってたのよねぇ。なんか、よくわかんないけど、複数の魔法がいろいろ掛け合わされると時空の穴ができるみたいで」

「はぁ……それはまた、とんでもない魔法ですね」

「ねー、すごいよねぇ。私は魔法が使えないけど、そんな抜け穴を使って、あちこち出かけるのが息抜きだったの」


 この時空穴は、どこにつながっているかわからないし、一般的には危険だから立ち入らないようにと子供の魔法使いは大人から言い聞かされる。

 しかし、エリサはそんな教育を受けていないので、知るよしもなかった。


 エリサは実家でのことをぼんやり思い返す。

 父と母は自分をいないものとして扱っていたし、兄や妹は会えば蔑むような目で見てきた。また、そんな家族の弟子たちも魔法が使えないエリサをからかうこともあった。

 幼少期はそれが嫌で逃げ回っていたが、抜け穴を見つけてからは、あらかじめいじめられないように穴を使って隠れていた。


「だから、この屋敷にもあるんじゃないかって思って。ほら、アベル様って癇癪持ちのようだし、魔法が暴発して穴でも空けてそうじゃない?」


 エリサはいたずらっぽく笑った。イヴリンは複雑そうな顔をする。


「そのような発言、もし旦那様に聞かれでもしたら……」

「大丈夫よ。監視してるわけじゃあるまいし」


 そう言いながら、エリサは地下へ続く階段を見つけた。


「あら、なんだかちょうどいい具合の不気味な場所があるわよ」

「うぇぇ? 奥様、さすがに地下室はちょっと……」

「こういう地下に通路があって、外に出られるようになってるとかありそうじゃない?」


 イヴリンの制止も聞かず、エリサは冒険心をくすぐられワクワクする。


「ね、行ってみましょうよ」

「でも、大人しくしてたほうが絶対いいですって!」

「それはそうだけど、少しくらいならバレないバレな……」


 そう言いながら、エリサは自分の喉がヒュッと鳴るのを自覚した。イヴリンの背後に、怖い目をしたウィルフレッドがいる。

 イヴリンも遅れて振り返る。瞬間、イヴリンは猫のように飛び上がって驚いた。


「あっ……あっ……うぃ、うぃるふれっど、さま……」

「君はちょっとこちらへ」


 ウィルフレッドはイヴリンの腕をぐいっと掴むと、エリサの前に迫った。


「エリサ様」

「う、はい……」


 エリサも気まずくなり、素直に返事する。


「アベル様がお呼びです」

「えぇ……嘘でしょ。まさか、地下へ行くのもダメなの?」


 訴えるも、ウィルフレッドは答えない。クルッと踵を返し、アベルの部屋へ促そうとしてくる。


「うぅ……はいはい、わかりましたよ! 行きます!」


(なんでバレちゃったのよ! 意味分かんない!)


 アベルに見つからないよう細心の注意を払ったはずだ。メイドたちにも告げ口されないよう誰にも姿を見せてない。

 イヴリンが何かしらの方法でアベルかウィルフレッドに教えているのだろうか。しかし、イヴリンも新鮮な驚嘆ぶりで、ウィルフレッドの登場に怯えていた。


(監視……ウィルフレッドかしら? いや、彼も今ここに来たばかりのようだし……貴族の屋敷には結界が張ってあるから、移動魔法は使えないし、じゃあやっぱり何かで監視されてる?)


 天井を見上げる。監視カメラのようなものがあるかもしれない。しかし、それらしき魔道具は見当たらず、清潔な白い天井があるだけ。では、調度品だろうか。花瓶や柱、カーテンなどを移動中に見つめた。

 時折、エリサが立ち止まるので、ウィルフレッドは振り返る。


「エリサ様、何を?」

「……監視魔道具でもあるのかしらって思ったのよ」


 抜け目ない執事なので、ここは素直に言っておく。

 そんなエリサの開き直った態度に、イヴリンは気が気でない。

 対し、ウィルフレッドは怪訝そうにエリサを見つめた。


「監視魔道具ですか」


「えぇ。だって、おかしいじゃない。いくらあなたが有能な執事だとしても、私とイヴリンを尾行して突然現れるなんてできないわよ。監視魔道具があって、急いで来たんじゃないかしら」


「私は監視などしておりませんが」


「じゃあ、アベル様かしら? 私を監視して、都合の悪い場所へ行けば阻止しに行くよう、あなたを遣わせた。違う?」


 鋭く問うと、ウィルフレッドはわずかに眉をピクリと動かした。


「なるほど、あなた方のやり口はよくわかりました」


 エリサは目を細め、ウィルフレッドを見据える。


「そういうことなら、なおのこと大人しくなんて出来ないわ。アベル様がいくら癇癪を起こそうとも、私は屈しませんからね。なんなら離縁状を突きつけてやってもいいくらいだわ」


(モラハラ男は論外よ! 絶対に嫌だ! 私の異世界生活を邪魔されたくない!)


 あくまで脳内だけで叫び、表情は貴族令嬢らしく毅然とする。

 そんなエリサに、ウィルフレッドはしかめっつらになり、肩を震わせた。


「よろしいのですか? ご実家がどうなろうとも」

「望むところよ! あんな実家がどうなったって私には関係ないわ! 私を虐げてきた人たちなんか知るもんですか!」


 怒りに任せて思わず怒鳴る。今まで飲み込んできた鬱憤が爆発した。


(そうよ! なんかいろいろ諦めてたけど、なんで私がこんなに我慢しなきゃいけないのよ! 絶対おかしい! もう二度と我慢なんかするもんかぁぁ!)


 これにウィルフレッドは目を丸くしたかと思えば、俯いて肩を震わせた。怒りに震えているのだろうか。しかし、彼は何も言わずエリサから背を向けると、声を低めて短く告げた。


「……アベル様がお待ちです。急ぎましょう」

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