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2-2 好きにさせてください

「あなた、名前は?」


「ウィルフレッド・ジーベルトでございます。アベル様の執事です」


「そう。では、ウィルフレッド。ホルストもイヴリンも悪くありません。私はこの家のことが知りたくて、ホルストに話しかけたのよ。そして、イヴリンは私の言うことを聞いてるだけ。侍女としての務めを立派に果たしてます」


 説き伏せるように言うと、ウィルフレッドは「はぁ」と不満そうに返事した。

 どうもこの執事だけは攻略できそうにない。それも堅物で何を考えているか分からないアベルの腹心という立場だからだろう。


 エリサは腕組みし、ため息をついた。


「まぁ、私はどうも旦那様から歓迎されてないようだから、あなたも私のことを良く思わないのでしょう」


「そんなことはありません。ただ、アベル様からそう言いつかっておりますので。奥様はなるべく、部屋から出ないようにと」


「どうしてよ?」


「アベル様がそう仰せですので、私の口からはそれ以上のことは申し上げられません」


(くっ……手強い!)


 ウィルフレッドのよどみなく達者にのらりくらり躱すので、エリサは前髪を掻き上げて観念した。


「もういいわ。わかりました。イヴリン、戻りましょ」

「は、はい!」


 ウィルフレッドの視線を無視しながら部屋へ戻る。内心では納得していない。


「あーあ、公爵家の妻って、窮屈なのね。よその奥様方もそうなのかしら? 私が変わってる?」

「奥様はみなさんが言うように好奇心旺盛でいらっしゃいますよね。それに考え方が個性的といいますか」


 すぐにイヴリンが取り繕うように言う。

 エリサは納得いかず「そうかなぁ」と宙を見上げた。


(そりゃ心は庶民のままだし、伯爵家でも令嬢っぽく扱われてないし、普通とはちょっと違うかもだけど)


「もし夜会などにお招きされましたら、ご婦人方に窺ってみるといいかもしれませんね」

「夜会か……私、そういうのちょっと苦手かも」


 夜会どころかデビュタントも経験していない。妹がきらびやかなドレスをまとっていたのを思いだしたが、着飾るのがそもそも好きではないのもあり羨ましさなどもなかった。

 だからこそ、気が合いそうな人と話したい。それが屋敷で働く人たちなのだ。


「私がこの屋敷で誰と話そうと勝手じゃない? だって、ここから出ちゃダメなんでしょ? 町に出るのも許可されてないし……」


 廊下を歩き、プリプリと文句を垂れる。そうして、部屋に戻るとアベルが静かに佇んでいた。


「あ、アベル様……!?」


 エリサは驚き、イヴリンは床に頭をつける勢いでお辞儀する。


「勝手に屋敷から出たな」


 アベルは冷たい碧眼をエリサに浴びせた。その声には、なぜか憎しみのようなものがにじみ出ている。

 さすがのエリサも背筋がヒヤリとし、たじろいだ。


「忠告したのに、愚かなものだ」

「あ……いや、だって、屋敷の敷地内なら、いいかと」

「ダメだ」

「なぜです?」


 すかさず問うと、彼はエリサを睨みつけた。その瞳が青く光り、彼の周囲に熱風が渦巻く。

 異変に気づいたイヴリンが「ひっ!」と短い悲鳴を上げた。エリサも一歩後ずさり、イヴリンを守るように手で制す。

 一方、怒りをあらわにしたアベルは、手のひらに青い火花を散らせていた。


(青炎の魔法……! ここで出すの!?)


 ゾッとして身構えるも、アベルは魔法を発動しなかった。

 彼の周囲にあった風も止み、魔力の波動が徐々に消える。


「ともかく、禁止だ」


 そう短く告げられ、エリサは怪訝に眉をひそめる。


「禁止?」

「庭へ出て、庭師と話すのは禁止」

「えっ」

「キッチンでシェフたちと話すのも禁止」

「は、え?」

「図書館も同様。司書と話すのを禁止。もちろん、今挙げた場所には立ち入りも禁止だ」

「ちょっと、お待ちください! いくらなんでもそれは」


 まさかの決定にエリサは動揺し、先ほどの恐怖をかなぐり捨てる。アベルに近づき、彼の顔色を窺った。


「一体なぜです? そんなに悪いことですか? 私がこの屋敷の者たちとなぜ仲良くなってはいけないんですか?」


 しかし、アベルは答えない。エリサを一瞥すると、踵を返してさっさとその場から消えた。


「いや……いやいやいや、待って、なんなの今の」


 何が起きたのか状況を整理しなくては動揺のあまり思考が鈍る。理解不能だ。


(百歩譲っても、私が勝手な行動したせいでアベル様が怒ったとして、なんでそこまで行動の制限をされなきゃいけないわけ? そんなに人と関わるのがダメなの? この世界の常識なの?)


 しかし、実家ではメイドたちと家族はそれなりにコミュニケーションを取っていた。ただ、メイドたちももれなく魔法使いだったり、父の弟子だったりしたので、距離が近しかったのだが。

 そして、いくら虐げられていたとはいえ、人と話すことを制限されたことはない。無視はされたが。

 でも、この屋敷の人達は違う。みんなアベルに怯え、黙ることを強制されているのか。


「そっか。我が道を行く彼のマイルールなんだわ……つまり、モラハラ!」

「モラ? ハラ?」


 イヴリンが首をかしげる。エリサは説明が面倒だったので曖昧に笑った。


「それより、イヴリン。怪我してない? 大丈夫?」

「私は大丈夫です! ただ、旦那様の気迫は恐ろしかったです……腰が抜けるかと思いました」


 そう言って彼女は不甲斐ないとばかりに苦笑する。


「でも、奥様が盾になろうとしてくださったのは、とても嬉しかったです」

「あなたを守るのは私の務め。当然でしょ」


 そう言うと、イヴリンは涙目になってエリサを見つめた。今にも抱きつきそうだ。


「奥様ぁ……!」

「よしよし、イヴリン。怖かったわね」


 イヴリンを抱きしめ、なだめすかす。

 部屋に戻り、ソファに腰掛け、イヴリンにも座るよう促した。


「それにしても、あのモラハラ旦那をどうにかしなきゃ」


 ガーデンでのお茶会をここで開くこととし、エリサは神妙に言いながら紅茶を一口含んだ。高級茶葉なのか、水色が鮮やかで香り高い。そんなお茶をイヴリンは恐縮しながら、小さく口をつける。


「旦那様を、どうにかって?」


「どうにかしないと、私のこれからの生活はお先真っ暗だわ。せっかく魔法至上主義の実家から解放されたのに、今度はモラハラ夫に虐げられるなんて……ストレスで早死しちゃう」


「それはイヤです! 奥様、死なないでください!」


「ありがとう。私ももう死にたくないわ」


 エリサは死んだときのことを思い出し、苦々しく目をつむった。


「だからね、あの旦那様の目を掻い潜ってでも、ささやかな自由を手に入れてやろうと思うのよ」

「うぅ……それもそれで、私の心臓がもたなそうですが」


 イヴリンの気持ちはわからなくはないが、エリサの決意は固かった。


「だって、あんな宣戦布告されたら、イヤでも火がついちゃうわよ。仏頂面の旦那様と鉄壁の執事……あの二人を攻略するのは不可能だし……だいたい、なんで彼は私の行動を知ってるのよ? あのウィルフレッドが告げ口したんでしょうけど」


 そう言いながらエリサは、茶をもう一口含んだ。柔らかな甘味を感じながら、今しがた自分が言ったことを反芻する。


「ん? でも、ウィルフレッドとは庭で出くわしたわよね」

「えぇ、そうです」

「まさか彼、今日一日ずっと私の後ろをついてきてたわけじゃないわよね?」

「はい、奥様の後ろには私がいました」


 イヴリンの証言に、エリサは「そうよね」と納得し、思案する。


(じゃあどうして、アベル様は私が庭師以外の人と話してたって知ってたの?)


 ひらめきそうでひらめかない。エリサは深く考え込みながら、つかめない答えに悶々とした。

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