18-2 ヤンデレの執着愛が止まらない
「それが何か問題?」
「……っ! 信じらんない!」
今すぐに彼を引っ叩きたい衝動に駆られる。エリサは閉じられた足で勢いよく立ち上がり、クラレンスに突進しようとしたが、思うように身動きが取れずバランスを崩した。それをクラレンスはすぐに肩を掴んで支える。
「ロズヴィータ国民がどうなろうと、僕の預かり知ることではない」
「国なんて関係ないわ! 同じ人間なのに! なんてひどいの! この悪魔! 最低よ!」
もし、このパンデミックで命を落とした者がいたら浮かばれない。
エリサの強い罵倒にクラレンスは眉をひそめた。肩を掴む指に力が入り、エリサの体に食い込む。
あまりに強い力に、エリサは口をつぐんで呻いた。
「病を持った魔獣を大量に放ち、それを討伐させた。討伐した魔獣は腐り、やがて病へと変貌する。我がミシェーラ国が誇る、生物兵器だ」
エリサは痛みに呻きながら、涙を流した。痛いからではない。こんなひどいことをされて被害にあった国民を思い、悔しくて涙が溢れた。
「じゃあ、アベル様が討伐しに行ったあの日に?」
「あそこでアンベール公爵を討てたら良かったんだけどね」
「……っ!」
エリサはクラレンスを睨みつけた。
(絶対に許さない!)
「どうやら、まだこの国の洗脳が解けてないようだね。いい機会だ。君が助けた国民が再び病に倒れ、死んで朽ちていく様を見届けるまでは我がミシェーラ国に足を踏み入れないでもらう」
そう言うとクラレンスはエリサを乱暴にベッドへ押し戻し、冷ややかに一瞥すると扉を壊す勢いでバタンと閉めた。
エリサはベッドに座り、項垂れて涙を飲んだ。
泣いてる暇があれば、一刻も早くここから出て、クラレンスの企てを阻止しなくてはならない。今度はフリーダやリック、町の人たちにも病が降りかかる恐れがある。
「このっ……! バカみたいに頑丈な縄……! 外れなさいよ!」
埃が詰まった縄を躊躇なく咥え、夢中で外そうとする。しかしなかなかうまくいかない。
「もう! 全然ダメだわ……って、きゃあ!」
激しく動いたせいでベッドから落ちてしまう。大きく尻餅をつき、その際にポケットから何かが落ちてきた。
それは真鍮と魔石でできた短剣──アベルが作ってプレゼントしてくれたものだった。
落ちた短剣は鞘から飛び出し、刃が剥き出しになっている。そこに手首の縄を当てるといとも簡単に外れた。
「すごいわ!」
短剣を握り、足首に巻かれた縄も切る。これで自由の身となったエリサは、外にクラレンスがいないか確認し、外に飛び出した。
「急げ急げ! クラレンスがやばいやつってことをみんなに知らせなきゃ!」
走って森を抜けようとすると、どこからかくぐもった呻き声が響いてきた。
あたりに目を向け、音の主を探す。熊のようにも、草食動物のようにも思えるその呻き声は背後の茂みの向こうからしていた。恐る恐る茂みをかき分けていく。
すると、そこには──
「イヴリン!」
木にくくられ、さらにスカーフで口元を巻かれたまま必死に助けを呼ぼうとしているイヴリンがいた。
すぐさまイヴリンの縄を解き、スカーフを取る。
「奥様!」
「イヴリン、どうしてこんなところに? あなた、昨日は屋敷で休んでたはず……まさか、クラレンスが留守を狙って屋敷に? あいつ、タダじゃおかないわ……!」
「申し訳ございません!」
エリサの憤慨を遮るように、イヴリンはその場に土下座した。
「私が、全部悪いんです!」
「何? どういうこと?」
エリサはイヴリンを覗き込もうとしゃがんだ。彼女は震え、一向に頭を上げない。
「クラレンスは私を使い、奥様の情報を引き出しました! エリーさんがエリサ様であること、回復薬生成のスキルがあること、旦那様と不仲であること、奥様が好きな薬草まで……全部です!」
そんなカミングアウトに、エリサは言葉を失った。
「申し訳ありません……申し訳ありません……!」
「なんで、あなたが私を、裏切るの?」
やっとそれだけ訊くと、イヴリンは涙に濡れた顔を上げて首をブンブン横に振った。
「奥様を裏切りたかったわけではございません! 私は、旦那様にも奥様のことは告げ口しない、口の固い侍女として仕えてまいりました。でも……! でも、クラレンスは……!」
そう言うとイヴリンはまた顔を伏せて嗚咽を漏らした。その様子を見て、エリサはなんとなく察知した。
「まさか、人質をとられて? あなたの家族が危険な目に遭ってたようなのは、クラレンスのせいなのね? じゃあ、あなたが黙っていたのは、このこと……」
するとイヴリンは嗚咽混じりに頷いた。
「そう……あいつ、やっぱり許さないわ」
「奥様、申し訳ありませ……」
「あなたは悪くない! 悪いのはあいつよ!」
エリサは涙目になって叫んだ。
しかし、どうやってクラレンスを撃退すればいいだろう。エリサは自分の手のひらを見た。
(薬を生成できるスキル……薬は毒にもなる……だったら、私のスキルで毒も……?)
そんなことを考えている自分に恐ろしくなり、エリサは首をブンブン振った。
(人を助けるためのスキルなのに、なんてことを考えてるのよ!)
「よし、だったらこの短剣でクラレンスを刺すしかない」
「奥様! それだけはダメです!」
「でもそんなことを言ってる場合じゃないわ! あいつ、この国を病で弱体化させるつもりなのよ!」
そうしてイヴリンとしばらく言い争っていると、それが仇となったか、すぐそばでガサガサと物音がした。
「あぁ、いたいた……エリサ。ダメじゃないか、そんなお転婆なことしちゃ。乱暴だなぁ」
「乱暴はどっちよ! あなた、さっきから言動と態度がコロコロ変わって怖いのよ!」
イヴリンをかばうように立ち、短剣を向ける。しかしクラレンスは魔法陣を出して、躊躇なくエリサの短剣を払い落とした。
「あ!」
言ってるうちにクラレンスが迫り、エリサの腕をぐいっと掴みあげる。強い力で引っ張られ、つま先立ちになった。
「い、痛い……離して!」
「このあざ、もしかしてアベルにやられたの? かわいそうに。僕ならこんなふうにはしない。もっともっと強く縛り付けて、僕だけの印をつけてあげるのに」
(ヤンデレだーーーーー!)
エリサは頭の中で叫んだ。これこそ、本物のヤンデレだ。背筋がゾワゾワするような怖気を感じた。
「さぁ、聖女エリサ! おとなしく僕と一緒に行こう!」
「さっきと話が違うじゃない! それに私は聖女じゃないってばーっ!」
「君がおとなしくしてくれないから、いろいろとやることを早めないといけなくなったんだ。せっかく町の人やアベルの亡骸にさよならをさせてあげようと思ったけど」
そう言うと、クラレンスはエリサの腕をひねりつぶす勢いで握った。
「っ! うあっ……!」
「奥様!」
エリサの呻きに、イヴリンが涙を流す。立ち向かう勇気はなく、クラレンスにすがりついて頼んだ。
「お願い! クラレンス、奥様にそんなことしないで!」
「うるさいな」
クラレンスはイヴリンを足蹴にし、エリサをジッと見た。
「すぐに返事しない罰だよ」
その言葉にエリサはゾッとした。クラレンスの暗い眼は見覚えがある。前世でのトラウマが蘇る──
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