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17 忍び寄る魔の手【side:???】

 気を失ったエリサを、その場にいた男性たちが運んだ。

 屋敷へ運んだほうがいいか、それともすぐに安静にさせるため、誰かの家に運んでしばらく寝かせるかその話し合いが飛び交う。


 そんな中、一人の青年が手を挙げた。


「僕がエリサ様を介抱します! 任せてください!」

「あぁ、君が見てくれるかい」

「彼なら大丈夫だろう」

「エリサ様、しっかり! もうすぐ楽になりますからね!」


 そんな声が飛び交いながら、青年はエリサを抱きかかえた。


「うちに運ぶかい? ベッドなら空いてるよ!」


 フリーダが声をかけるも、青年は「心配ご無用です」と断る。


「でも、アンタの家って、どこにあるんだい?」

「今はそんなこと言ってる場合じゃありませんよ、フリーダさん。大丈夫です。エリサ様はきっと回復薬の生成でお疲れなだけですから」


 そう言ってフリーダの心配を振り切り、彼は町からエリサを遠ざけた。誰の目にもつかない場所へ向かう。


 青年の家はこのノルデン・フェルトにない。彼は今、ノルデン・フェルトとヴェスト・シュピッツェの間に位置する森の猟師小屋で仮住まいしている。

 彼は小屋の戸に立つと、中にいる人物を呼び寄せた。


「開けてくれ! 今、手が塞がってるんだ!」


 ふわりとした金髪が朝露を含んだ風で揺れる。

 戸が開き、恐る恐る顔を出したのは怯えた目をした少女──


「やぁ、《《イヴリン》》。君の主人は彼女で間違いないかな?」

「あ、は、はい……間違いありません」

「よかった。普段の彼女と装いが違うから、本当にそうなのかなって思ったけど、この美しい銀髪と顔立ちはまさしくエリーそのものだね。僕の目に狂いはなかった」


 満足そうにそう言うと、青年は小屋に入って、簡易ベッドにエリサを寝かせる。


「奥様をどうなさるおつもりですか?」


 イヴリンは小声ですがるように訊いた。


「そりゃもちろん、僕のものにするんだよ。そのために君に協力してもらったんじゃないか」

「協力って……私は、あなたのためにこんなことをしたわけじゃありません!」

「でも、君は裏切ったんだよ。主人よりも家族が大事だった。そうだろう?」


 青年はクスリと笑うと、煌めく青い瞳を歪ませた。その表情にイヴリンは恐れをなした。


「あなた、何者です? ただの兵士じゃないですよね? 《《クラレンス》》」


 声に力を込め、イヴリンは勇気を振り絞って訊ねた。

 青年、クラレンスは歪んだ表情のままエリサを見下ろすと、愛しげに頬を撫でて答えた。


「僕はこのロズヴィータ国に迷い込んだ聖女様を迎えにきた。隣国ミシェーラの使者だ」


 エリサの手を取り、キスをする。イヴリンは怒りをあらわにし、クラレンスを突き飛ばそうとした。しかし、クラレンスは魔法陣を放ち、イヴリンを軽く吹き飛ばす。

 床に転げたイヴリンはそれでもなお、果敢に挑もうとする。


「離れて! 奥様にそのような無礼、許しません!」


 クラレンスはさらに魔法陣を出し、イヴリンを近づけないようにした。

 魔法陣がイヴリンを囲み、圧迫した。手も足も出せなくなったイヴリンはクラレンスを睨みつける。そんな彼女をクラレンスは、笑顔で見下ろした。


「一体今さらどの面下げて、そんなことを言うんだい? 君は裏切り者だ。僕に全部情報をくれたし、エリサの不貞の噂も流した。敵国のスパイとして十分な働きをしてくれたよ」


 最近、イヴリンはエリサに対してよそよそしかった。それはクラレンスから、脅されていたからだ。

 イヴリンは手に持った手紙を丸めて放り投げた。そこには、イヴリンの弟妹が今、どこでどんな仕打ちを受けているか詳細に書かれている。

 彼らは敵国に捕らえられ、十分な食事も与えられず監禁されているのだ。


「家族が人質にとられなければ、そんなことはしませんでした! 卑怯者!」


 エリサがクラレンスと出会う少し前、イヴリン宛に手紙が届いた。それはたまに送られてきていた。弟妹が行方不明になったという知らせを受けたイヴリンは、彼らが所属している学校へ問い合わせたが、情報は正しく、彼らの行方不明が明らかとなった。

 それからというもの、クラレンスに脅され、仕方なくエリサの情報を渡していたのだ。


 エリサを裏切るのは心苦しく、真綿で喉を締め付けられるようだった。

 そして今、イヴリンは今まで抱いたことのない激しい憎悪をクラレンスにぶつける。


「この悪魔め……! お前が敵国だとわかってたら、こんなこと……! おぞましい下劣な男! 絶対に許さない!」

「ははっ! どう罵倒したって、君がやったことは重罪だ。僕が今すぐ君をこの国に突き出すことも可能なのに」


 そう言うとクラレンスは、イヴリンを縛り、そのまま小屋の外に出した。引きずって、森の木にくくりつける。


「それじゃ、僕は聖女様を我が国へ運ぶ手筈を整えよう。それまで君はここでひとまず大人しくしておくんだな。そうすれば君は殺さないであげるから」


 イヴリンの口にスカーフを巻くと、彼は小屋に戻った。


「さて、このまま眠っていてもらえると助かるんだけど、起きた時が面倒だな……ともかく、アンベール公爵がいない今がチャンスだ」


 すでにミシェーラ国に手紙を送った。聖女エリサを見つけ、国へ戻るための人手がほしいと記してある。手紙をくくりつけた伝書用の魔鳩は夜のうちに発ち、今ごろミシェーラ国の王宮へ届いているだろう。ロズヴィータ国を攻めるのはエリサを奪還してからだ。


 それがクラレンスの作戦だった。


 アンベール公爵は今、都でエリサが生成した回復薬を国民に手配する任務に当たっている。彼はまだ帰ってこないだろうというのがクラレンスの見立てだ。


「ロズヴィータ国は弱体化。全部アンベール公爵の魔法頼りだったのが、運の尽きだな、この国は。アンベールさえ崩れたらあとはこちらの思うがままだ」


 ミシェーラ国は資源が乏しい。常にこの広大なロズヴィータ国を占領し、領地を広げようとあらゆる手を考えていた。

 しかし、アンベール公爵領の分厚い壁に阻まれ、身動きできなかったのだ。

 そこで彼らはアンベール公爵から人質をとり、合わせてロズヴィータ国を弱体化させようと画策した。そのときに偶然見つけたのが、エリサのスキルだった。


「彼女がいれば、あいつも手出しできないだろう」


 クラレンスはエリサを見つめ、愛しげに髪を撫でた。


「あぁ、エリサ。待っててね。今すぐに君をこの国のしがらみから解放する。そして、この僕と一緒になろうね」

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