16-2 緊急事態発生
やがて、夜がきてもアベルは戻ってこなかった。ウィルフレッドも戻る気配がなく、屋敷の中はいくらか落ち着いているが、夜半になってから町の明かりがポツポツと目立つようになった。
気になって部屋から出て廊下に出る。メイドたちはヒソヒソと何事か噂していた。
「旦那様が王宮へ呼ばれた理由、聞いた?」
「なんか流行病のせいらしいわね」
「それでどうして旦那様が呼ばれるのか、見当がつかないけど」
そんな話を耳にし、エリサは思わずメイドたちの輪に入った。
「ねぇ、どういうこと?」
「あっ、奥様!」
すぐさま彼女たちは姿勢を正し、礼をする。こちらを見ず、慌てたように互いを小突いていた。
「ねぇ、流行病って、王都の? まさか結構まずい病だったりする?」
「はぁ……しかし、こちらにはまだ届いてないそうです」
「うちの領土はアベル様の魔法で守られてるんだったわよね……だからアベル様の魔法が必要ってことなのかしら?」
「おそらくは」
メイドたちは焦りながら答えた。そんな彼女たちから情報を得られそうになく、エリサは「もういいわ」と解放した。
そそくさと去っていくメイドたちを見送らず、イヴリンを探しに向かった。
イヴリンはエリサの衣服を洗濯し終え、乾いた衣服を運んでいた。しかし彼女は気がそぞろで、ぼうっと窓の外を眺めている。
「イヴリン!」
「……えっ、奥様! いかがなさいましたか?」
「流行病のこと、聞いてる? 聞いてるわよね?」
「え……うそ、奥様のお耳に?」
とぼけるようでもあったが、ごまかしきれていない。
そんなイヴリンの態度に、エリサは不審を覚えて詰め寄った。
「どうして言ってくれないの? 私を心配して黙ってたとか? こういうときこそ、私の出番だって、あなたならよくわかってるでしょう?」
「それは……そうですけれど」
「アベル様のご命令?」
「はい」
すかさず答えるイヴリンだが、目を泳がせている。
エリサは追及の手を緩めなかった。
「じゃあ、今日何かお手紙を読んでいたのは、アベル様からなのかしら? 私宛のものだったんじゃないの?」
「それは違います! 私宛のものです! 奥様には関係ございません!」
エリサの手を強く掴んで、必死の形相で訴える。その尋常じゃない剣幕に、エリサは気圧された。
「そうなの……それなら、信じるわ。でも、私には関係のないことって何? やっぱりご家族からのお手紙なの?」
「どうしてそんなに気になさるんですか?」
「あなたの挙動が不審だからよ。だって、さっきも部屋から出るとき、あなたの顔色が悪かったわ。何か隠してるような……ともかく、あなたの様子が変だわ。私と一緒にいない間、あなたは何をしてるの?」
問い詰めていくと、イヴリンは口を真一文字に結んだ。怪しい。他にも何かを隠しているのではないか。
「イヴリン! 事は一刻を争うわ。私にすべて話しなさい!」
すると、イヴリンはサッと青ざめた。その場にしゃがみこむ。
慌ててエリサもしゃがみ、イヴリンの肩をつかんだ。
「イヴリン、ごめん。強く言い過ぎた? 大声出してびっくりさせたわよね。でも、なんで話してくれないの。私はあなたを信じてるのに」
「……いえ、あの」
「やだ、あなた泣いてるわ。本当にごめんなさい」
焦りと不安のせいで大事なイヴリンを傷つけた。そう感じ、エリサは怒りをしずめてイヴリンを慰めた。
一方、イヴリンは涙をポロポロ流しながら、何かを飲み込んで首を横に振る。
「なんでもないんです。申し訳ありません」
「いや、そんな真っ青で、なんでもないなんてことはないでしょう。イヴリン、まさかあなたのご家族にも何かあったんじゃ……?」
「お許しください、奥様! どうか」
「許すから、ちゃんと話して? ね? もしかして、ご家族も病に倒れたとか? そうだったら、あなたも気が気じゃないでしょう? 私のポーションをお届けして? ね、そうしましょうよ」
泣くイヴリンにエリサもだんだん気持ちが逸り、矢継ぎ早に言う。イヴリンは肩を振るわせ、とうとう泣き崩れた。
「あぁっ……お、奥様ぁ……っ!」
そうして彼女は震えて泣き出し、まともに口がきける状態じゃなくなった。
「こうしちゃいられないわね。イヴリン、あなたはちょっと休んだほうがいいわ」
そう言って、通りがかったメイドたちにイヴリンを連れて行かせ、エリサはすぐに部屋へ戻った。外へ出る支度をする。
「奥様、どちらへ?」
「町へ行くわ。私が回復薬をたくさん作ります。それを都へ送るのよ。みんなも手伝って!」
その力強い言葉に、周囲のメイドたちは一斉に「はい!」と返事した。おそらく、イヴリンの他にも故郷が病に晒されている者が多いのだろう。みんなの心情を考えるといてもたってもいられなかった。
するとメイド長が駆け込んでくる。
「奥様、先程、ウィルフレッド様より連絡がありました!」
「何事?」
「今、領内では重篤な患者の受け入れをしています。なんでも、周辺地域の流行病に倒れた人が次々後をたたないそうで、今や我が国はパンデミック状態です。この領内での治療を早急にと国王陛下から」
「ちょうど良かった。私も今から回復薬を作って町へ降りようと思ってたのよ」
そう言うと、エリサは屋敷中の人に声をかけ、出かける準備を始めた。今は何かしているほうが気が紛れていい。
荷車に作り置きの回復薬に合わせて、ありったけの回復薬を生成して詰め込んだ。それをメイドや屋敷に仕えるすべての人材を集めて町へ卸す。
一方、町人たちはよその地域で重篤な患者たちを受け入れ、看病していた。中には持っていた回復薬を分け与え、患者たちの面倒を見ている者もいる。
そんな中に、エリサたち一行は荷車を引き連れて飛び込んだ。
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