15-1 公爵夫人、反省する【side:アベル】
エリサが部屋から出てこなくなった。
食事も入浴もすべて部屋で行うと宣言し、塞ぎ込んでいるらしい。
アベルは気を揉んだが、エリサが部屋から出ないというのは好都合だった。監視する手間も省け、メンタルも安定する。
しかし、部屋から出てこない妻を心配しないわけではない。
「……エリサのあざ、治ったかな」
「自分で確かめては」
ウィルフレッドはあれから剣のある言い方をする。それでもアベルは気にせず、執務机に頬杖をついて考えた。
(エリサの侍女を呼んで、様子を探ろうか? いや、イヴリンは要領を得ないしな……あの娘、思いのほか主人に忠実だから、こっちがどんなに脅しても口を割らないし)
「イヴリンを使ってエリサ様の様子を聞こうなんて考えてないよね?」
「思考が漏れてたかと思った」
ウィルフレッドの鋭い指摘に、アベルは心底驚き、目を丸くした。
そんな主人の驚きように、ウィルフレッドはわずかな不機嫌を見せ、ぶっきらぼうに返す。
「だだ漏れだよ。君の思考回路はもう全部読める。何年付き合ってると思ってるんだ」
「やっぱりダメか?」
「ダメ。だいたい、そんなみみっちいことを公爵がするものか? もっとドンと威厳を持ってくれよ。アンベール公爵様」
ウィルフレッドの言うことはもっともだった。だが、長い付き合いなら彼もアベルのことをわかっているはずだ。
「俺は公爵という柄じゃないよ。父上にしっかり教育されたわけじゃないし、もともとの性格もこうじゃない」
そう言うと、肩を落として項垂れた。
誰にも愛されず、自尊心など育つことなく成長した。心はいつも隙間風が吹き、自己肯定感は皆無である。
魔力だけは巨大で、人間としては小さい。気弱な自分を捨てようと、虚勢を張って生きてきただけなのだ。
だからこそ、過剰に愛を求めてしまうのだろう。そんなふうに自己分析しても変われない自分に、アベルは自嘲気味に笑った。
「情けないのは重々承知だ。だから鍛えた。自分の中にある甘さを全部捨てて『青炎の死神』になってやった。だから外では振る舞えてるだろ?」
自嘲気味に言って両手を広げると、ウィルフレッドは気まずそうに唸った。
アベルは苦笑し、そのままため息に切り替える。
「そのせいで、ずっと命を狙われるんだけどな……だから、エリサの身を守るには外との接触は最小限にしなくてはいけない。国の中でも外でも、俺を狙うヤツはいる」
「あの魔獣討伐の時みたいな?」
「あぁ。結局あれも、昔からやられてた嫌がらせ及びあわよくばの暗殺だろ。死神公爵が魔獣討伐に失敗して落命した、なんて、貴族らにとっては喉から手が出るほど美味しい吉報だ」
つまり、ロズヴィータ国がアベルを必要としているというわけではない。
国王も今はアベルの味方をしているが、それは保守的だからに過ぎない。
貴族たちが本気を出して『青炎の死神』を消そうと企み、反乱でも起こそうものならアベル暗殺もすぐに実行されるだろう。
また、国内だけでなくすぐ隣に位置する隣国ミシェーラもアベルという障壁がなくなれば、ロズヴィータ国国をいつでも侵略しようと考えている。
誰に命を狙われてもおかしくないというのは、つまりこういう事情があるからだ。
「まだエリサの不貞疑惑のほうが可愛げがある。まぁ、貴族の間でも噂になってしまえば、俺の評判も少々悪くなるかもしれないが、やむを得ないだろ」
「うーん……それでいいのか」
「エリサもおとなしくなったし、都合がいいのは否めない」
「本気で言ってるの? 本当にそれでいいのかい?」
ウィルフレッドはなおも突っ込んで訊いた。
その問いに、アベルは思わず言葉に詰まる。そんなアベルにウィルフレッドはさらに詰め寄った。
「僕は今の状態は健全じゃないと思うね。こういう事情をエリサ様に話せよ。でないと僕たち使用人が君ら夫婦に翻弄されるんだ」
「それができたら苦労しない」
アベルは目をそらして言った。
そのとき、机に置いていた金色の腕輪が音を鳴らした。これは王都からの呼び出しを告げるものだった。普段は使者が来るか書簡が届くものだが、緊急性の高いものはこうしたアイテムで呼び出される。
「なんだろう」
なんとなく救いを覚え、アベルはおもむろに立ち上がった。ウィルフレッドも眉をひそめる。
「緊急の知らせ……今日はゆっくり寝られると思ったのに」
「仕方ないだろ。ウィル、馬車の手配を」
「承知」
ウィルフレッドは嫌そうに言いつつ、部屋の扉を開けた瞬間、険しい顔つきの執事に戻ってアベルに一礼した。
「またエリサに謝りそびれるな……はぁ」
気乗りしないが、行くしかない。アベルはマントを羽織り、簡単に身支度を済ませて部屋を出た。
馬車の支度が整い、屋敷を出る際、ふと見上げた。
屋敷の表側、三階の部屋。エリサがカーテンからこちらを見ているような気がし、思わず屋敷に戻った。
「アベル様!?」
驚いた侍従らが声をかけるが気にせず、走って駆け上がる。
(やっぱり、きちんと話したい……!)
「エリサ!」
部屋の扉をノックする。しかし、声は返ってこない。
「エリサ、すまない。あのときは、気が動転してたんだ。言い訳にしかならないけど……君を思う気持ちは変わらない」
これだけ言っても、彼女には少しも理解されないのだろう。
もどかしくなる。
「エリサ、愛してるよ」
返事はない。扉に手をつき、項垂れながらアベルは深呼吸し、気分を整える。
顔を上げたときには、威厳のある公爵の顔になっていた。
「王宮から緊急招集が入った。帰りはいつになるかわからない。その間、君は……好きにするといい」
厳しい声音でそれだけ告げ、アベルは振り返らず颯爽と出ていった。
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