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2-1 好きにさせてください

 エリサは不遇だったが、前世の記憶がよみがえった八歳頃から物事を俯瞰して見るようになった。

 それが年不相応であるので、両親も兄妹も不気味がっていたのだが、本人はそんなこと一切思いもしなかった。


 明るい笑顔、何にも執着しない割り切った姿勢、物分かりの良さは初対面の人間から印象を良く見せる効果がある。とくに庶民に人気だ。

 そうしてこれまでなんとか世の中を渡り歩いてきたエリサは、さっそくイヴリンと打ち解けた。


 翌日から屋敷内を散策し、内部で働く人々に挨拶しようと思い立った。


「ていうか、部屋に閉じこもっても何もすることがないのよね……結局、アベル様は昨夜お出でにならなかったし」


 新婚だというのに彼が部屋を訪れることはなかった。やはりこれはただの政略結婚で、アベルが自分を愛することは一生ないのだと悟る。


(そのほうが気楽よね……私もベタベタされるのは嫌だし、なんなら私が追いかけたいタイプだし。勝手に決まった結婚に愛を求める方がどうかしてるし、そもそもアベル様はイケメンだけど、そこまでタイプじゃない)


 エリサは完璧で完全無欠な男性より、お世話しないと生きていけなさそうなダメ男がタイプだった。だから歴代の彼氏が全員クズなのだ。

 好きになる人は決まって優しい人だった。最初は高校生のとき。一緒に居酒屋でアルバイトしていた大学生の先輩。優しく丁寧に教えてくれて、失敗したときは励ましてくれた。『大丈夫だよ。君ならすぐにできるようになる』『俺に任せて』そう言われてすぐ好きになった。

 でも──楽しかったのは最初だけ。だんだん互いに依存しあって、だんだん嫌になって、でも振りほどけなくて、不毛な恋愛を繰り返していた。


『愛してる。だからどこにも行かないで』


 そう言ってたくせに、捨てたのはいつも向こう。


(男運が悪いのか、私の見る目がないのか……ともかく、今世は絶対に恋愛しない!)


 イヴリンを伴い、冷たい廊下に出て屋敷の中をじっくり見て回る。


 アンベール家は歴史の長い由緒ある家柄で、廊下に置いてある花瓶や柱など、古いデザインのものばかりだった。魔法の力で綻びが出ないようになっているらしく、それほどアベルの魔力も強いのだと分かる。


 すれ違うメイドたちに「ごきげんよう」と声をかけると、驚いた顔をされる。それが堪らなく愉快で、エリサは持ち前のコミュ力でメイドたちとあっという間に打ち解けた。


「奥様は天真爛漫でいらっしゃいますね」

「そんなことないわ。みんなと仲良くしたいだけ。これから、どうぞよろしく」


 優雅に微笑むと、メイドたちはほんわかとする。そっけなかったのはアベルを恐れているだけで、根は良い人ばかりだ。また話していけば、皆がそれほど裕福な家の育ちではないことが分かった。


 それからは好奇心旺盛に、あらゆる扉を開けて様子を窺った。キッチン、図書館、魔法薬が並ぶ備品室などなど。キッチンにはシェフをはじめとした料理人が複数おり、どれも男性だった。


「はじめまして、エリサです。よろしくね」


 そう気さくに挨拶すれば、全員が慌てて一礼するのだった。


「そうかしこまらないで。どうぞよろしくね」

「はぁ、よろしくお願いいたします」


 シェフは巨漢で険しい顔つきだったが、エリサの明るさのおかげかいくらか表情がやわらいだ。仕事の邪魔になるといけないので、軽い挨拶だけにする。

 図書館も同様に、男性司書がいたので簡単に自己紹介して出ていった。

「変わった方ですな」とイヴリンにコソコソ言う声が聞こえたが、エリサは気にせず先へ進む。


「あのぅ、奥様……」

「なぁに、イヴリン」

「そろそろ休憩にいたしませんか?」

「何言ってるの。まだ屋敷の半分も見てないわ。でも、ほとんど客間ばかりね」


 若き公爵は、妻を娶るまで一人暮らしだった。というのも、アベルの父は彼が十代の頃に亡くなり、そのすぐあとに母は行方知れずになったとかで暗い噂が尽きない。

 談話室と客間ばかりで、あまり使われてない様子。そんな屋敷の中を堂々と闊歩するエリサを、イヴリンは困惑たっぷりに見つめていた。


「はぁ……しかし」


 そう呟くも、主人には逆らえないので黙ってしまう。そんなイヴリンに構わず、エリサは振り返って気楽に言った。


「ねぇ、お庭に出ましょう。休憩なら東屋ですればいいわ。ここのガーデン、気になってたのよね」

「はぁ、かしこまりました」


 部屋にあるティーセットのトランクを持って庭に出る。

 屋敷の表から裏までガーデンの迷路となっており、裏庭の中心に位置する東屋までの道のりは少々複雑だった。迷路の外には温室もある。


「わぁ、ここには薬草がたくさん生えてるわね。すごい! あら、こっちにも!」


 若く柔らかい緑を見ながら、エリサは楽しげに言う。


「これ、お茶と一緒に淹れて飲むと、スーッと喉が透き通って声の通りが良くなるのよ」

「へぇぇ、奥様は博識でいらっしゃいますね」

「まぁね」


 エリサは得意げに笑い、先を進んだ。

 途中で年配の男性庭師に遭遇し、挨拶を済ませて東屋までの道を教えてもらう。


「そう、ここからぐるっと時計回りに行けば、自然と東屋に行けますよ」

「ありがとう! なぁんだ、意外とシンプルだったわね」

「奥様は気さくで愉快な方ですなぁ。お美しいですし、優しい聖女様のようだ」

「やだわ、お世辞がうまいわね!」


 そんな調子でしばらく話し、エリサはこの庭にある薬草について聞いた。


「このお庭、美しいお花もあるけれど、ほとんどが薬草ばかりね」

「えぇ、どれも旦那様のお指図です。旦那様がまだお若い時分には、お命を狙われることもありまして。だからこうして庭を迷路状にし、植物も薬草で揃えてるんです。旦那様が一度、重篤になったことがあり、その時、薬草のおかげで助かったと……」


 庭師が饒舌に語ると、背後から突然、鋭い声が貫いた。


「ホルスト! 何サボってるんだ!」


 どうやら、ホルストとは庭師の名前らしい。庭師は顔を伏せてかしこまる。


 声の主は、金髪の青年──アベルの執事だった。

 叱られたホルストは会釈し、そそくさと迷路の中へ消える。エリサは執事を見つめた。


「エリサ様。どうか屋敷の中へお戻りを」


 口を開く前に、彼の方から厳しく言われた。またイヴリンにまで飛び火する。


「イヴリン、奥様にはなるべくお部屋におられるよう努めなさい」

「申し訳ございません!」


 これにエリサは「ちょっと」と、素早く口を挟んだ。


「この子も、あのお爺さんも関係ないわ。私が勝手にしたことなんだから、私を叱ればいいじゃない」

「私がエリサ様を? ご冗談でしょう」


 そう言いつつも執事は眉をつりあげる。鼻持ちならない。エリサも負けじと睨みつけた。

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