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13-3 ライバル出現

「あぁ、エリサ様! 屋敷におられましたか?」

「えぇ、ずっといたわよ。どうしたの?」


 すっとぼけてみると、ウィルフレッドは眉間に皺を寄せつつ、エリサの耳に小声で告げた。


「アベルが怒ってます。エリサ様のお姿が見えないと」

「何を急にそんな」

「詳細は省きますが、エリサ様を心配しておいでです」


 そう言うと、彼は一歩下がって普通のトーンで訊いた。


「本当に、屋敷におられましたか?」


 その念を押すような言い方に、エリサはわずかに怯んだ。これはアベルも激怒しているに違いない。


 押し黙っていると、背後から強い陰の気を感じた。カーテンが舞い上がり、明かりが消える。薄暗くなる廊下の先に、炎をまとったアベルが立っていた。


「エリサ」


 憎悪を浮かべたアベルは、ゆらりとエリサのもとに近づく。

 イヴリンが素早く避け、ウィルフレッドは圧倒されたように立ち尽くす。エリサもその場に根が生えたように動けなくなった。


「来い」


 アベルは乱暴に言うと、エリサの腕を掴んで引っ張った。部屋に連れて行かれる。

 彼の手は炎がまとい、掴まれた手から強い魔力と熱を感じる。しかし、エリサは恐ろしさで声も出せず、言われるがままだった。


 部屋に入ると、彼はエリサをソファに叩きつけた。

 今までの彼とは大違いな豹変ぶりに、エリサは何も言えずにアベルを凝視した。


「エリサ、俺に隠し事をしてないか?」

「か、隠し事、ですか」

「言え。何を隠している?」

「何も隠しておりません」


 必死に言うと、アベルは冷たく笑った。


「本当にそうかな? 今日、君は屋敷にいなかった。それだけじゃない。昨日も一昨日もその前もだ」


(バレてる……!? 嘘でしょ、どうして!?)


 エリサは身をこわばらせた。掴まれた腕がヒリヒリ痛む。しかし悲鳴を上げることすら許されない気迫だった。

 アベルは我を忘れ、激怒している。本当のことを言ったほうがいいか、隠し通すべきかエリサは瞬時に判断できず悩んだ。


(話したら……クラレンスはともかく、フリーダまで危険が及ぶかも)


 話さないほうが吉と感じ、口をつぐんで目をそらした。


「エリサ!」


 その怒号にエリサは思わず身震いした。血の気が引いていくのが分かり、初めてアベルが怖いと感じた。

 そのとき、部屋の戸が勢いよく開き、ウィルフレッドが駆け込んでくる。


「アベル、やめろ!」


 その言葉にアベルはハッとし、エリサから手を離した。

 エリサの腕にはアベルが掴んだ痕が青あざのように残っている。強く掴まれていたことももちろんだが、これはアベルの魔力が染み付いているようでもあった。ジリジリと焼けるように痛み、彼の魔力の怖さを思い知る。


「君、エリサ様に呪いをかけるところだったぞ。気をしっかり持て」


 ウィルフレッドが叱責すると、アベルは自分の手を見てゆっくりと現状を認識していく。

 しかし彼の怒りはまだ収まっていなかった。


「エリサ、君が外でよその男と親しげにしているという噂が出ている」

「えっ?」


 アベルの言葉に、エリサはなんのことか分からず息を呑んだ。


「これがどういう意味か分かるか? 君はアンベール公爵夫人なんだ。その自覚が足りない」

「なぜですか? どうして私にそんな噂が」

「自分の胸に手を当てて聞いたらどうだ?」


 アベルは冷たく言うと、失望を瞳に浮かばせてエリサから目をそらした。


(だって、町の外にいるのは〝エリサ〟じゃなくて〝エリー〟よ。それに、このことはイヴリンしか知らないはず……誰がそんなデタラメを流したのよ)


 頭の中で言い訳がよぎるが、自分がやってきたことは夫を裏切ることだと実感していく。

 アベルは窓のそばにおり、眼下を見つめていた。その背中に声をかける勇気が出ない。


「エリサ」


 声をかけられると反射的に肩が震える。底冷えしそうな暗い声でアベルは静かに言った。


「社交場にもサロンにも出なくていいが、自分が公爵夫人という立場だというのをよく肝に銘じておけ」

「……あ、アベル様」


 申し訳ありませんでした、その言葉が出る前にアベルは被せるように続けた。


「もういい。部屋から出ていけ。君を見てるとまた我を忘れそうだ」


 エリサはその言葉に従い、立ち上がった。ふらつく足をウィルフレッドが支えてくれ、部屋から出る。

 その間際、アベルが何か囁いたように思えたが耳に届きはしなかった。

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