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13-2 ライバル出現

 兵士はクラレンス・パジェットという名で、西の地域、ヴェスト・シュピッツェの兵士だ。

 明るくふんわりとした金髪に、青い瞳が特徴的の好青年である。

 診療所でしばらく安静したら、町に出ても大丈夫なくらい回復した。


 そして、困ったことにどこで嗅ぎつけたか、エリサが町へ来るたびに顔を出すようになった。


「エリー、いるかい!?」


 フリーダの納屋まで来ては二言目に「結婚しよう」だ。エリサはうんざりした。


「なんか変なのに懐かれたわ……」


 納屋に閉じこもり、クラレンスを追い払うのが日課になっている。


「しかし、あの人、かなり身なりが良くないかい? 噂では金払いもいいって聞くよ」


 フリーダはどこで仕入れてくるのか、クラレンスの懐事情まで把握していた。エリサはげんなりとし、机に突っ伏した。


「どうしたものかなぁ……」


(このことがアベル様に知られたら、クラレンスが殺される)


 バレた時のことを考えると寒気がし、頭が痛くなりそうだ。そんなエリサの心情もつゆ知らず、フリーダはのほほんと言った。


「クラレンスはもしかすると、どこかのお貴族様の隠し子なんじゃないかねぇ」

「それは確かな情報ですか?」


 イヴリンが口をはさむ。なぜかイヴリンのほうがクラレンスに興味津々だ。フリーダは拍子抜けしながら首を横に振った。


「いやぁ、パン屋のおかみがそう言ってたんだ。だってあの器量よしだし、振る舞いもそうだし」

「では、不確かなのですね」


 そんな話をする二人に、エリサはテーブルを叩いて嘆いた。


「どうでもいいわよ、そんなこと! とにかく、相手にするべき人間がこれ以上増えたら困るのよ~!」


「そんなこと言われてもねぇ」


 フリーダは困惑し、イヴリンを見る。しかし、イヴリンはどうにも浮かない表情だった。


「まぁ、そんな辛気臭い顔しなさんな。幸せが逃げて行っちまう」


「そう、ですね……」


 フリーダの妙な慰めに、イヴリンは渇いた笑いを漏らした。

 エリサはわずかに気になったが、訊いても良いものかわからず、ひとまずタイミングを見計らうことにした。


(それよりも、あのクラレンスをどうにかしないと)


 クラレンスに自分の素性を知られてはならない。そう決めたエリサは、用心して薬屋を続けることにした。


(まぁ、冷たくすれば、いつか飽きるはずよ……多分。私を好きになる人なんてそうそういないんだから)


 しかし、その願いも虚しくクラレンスは懲りなかった。



 ***



「やぁ、エリー」


 近所で薬草を摘んでいると、どこからともなくクラレンスが現れた。


「クラレンス。何度も言ってるけど、私には夫がいるの。こうも毎日来られちゃ、夫に見つかったときが大変よ」

「でも、君の夫という人を町の人たちは会ったことがないって言ってるよ。本当はいないんじゃないのかい? 僕に会いたくない口実では?」


(あー、うざーーーーーっ! うざい! 顔はいいのにアピールがうざい!)


 エリサはなるべく笑顔で努めた。


(しかも私の周囲を調べようとしてくるところ、なんだか誰かさんにそっくりね!)


「どのように受け取っていただいても構わないわ」

「なんだい、つれないな。君のために薬草を摘んできたというのに」


 そう言うとクラレンスは布にいっぱいの薬草を見せてきた。


「どんな贈り物よりも君はこっちのほうが嬉しいんだろう? 変わった形状の植物もあったよ」

「うわ……」


 布の中を見れば、たくさんの緑に溢れていた。中には鮮やかな青色のヒーリング作用のある花まである。

 これを見れば手を伸ばしてしまうのが性だ。そんなエリサの手をクラレンスはそっと取った。


「ほしいなら今日一日だけでもいいから、僕の相手をしてよ」

「えっ」

「いいだろう? ここなら誰にも見られないし、君だってこんなところにいるのを夫に知られたら困るんじゃないか?」

「うぅ……」


 エリサは困惑しつつ、彼の言葉を無碍にできなかった。

 ほしい薬草が目の前にある。喉から手が出るほどほしい。


「す、少しだけよ」

「わーい! やったぁ! ありがとう、エリー! 愛してる!」


 そう言うと彼はエリサの手をぎゅっと優しく握った。ひんやりと冷たく筋張った手。それが徐々にエリサの体温で温かくなっていく。


「僕はね、君に助けられて運命を感じたんだ」

「そうなの……?」

「あぁ、聖女様のようだと思ったよ」

「へぇぇ」


(なんでこう、この世界の男性って話がオーバーなのかなぁ)


 あまり気のない返事をするが、クラレンスは気にせずアピールした。


「僕なら君に自由を与えて、好きなようにさせるのにな」

「えぇ? 何よ急に」

「だってそうだろう? 君は夫に縛り付けられてるんだ。君が不憫でならないよ。僕ならそんな目に合わせない。君のやりたいことはなんだって応援するし、たくさん回復薬もつくらせるよ」


(必死だなぁ……)


 エリサは困った。


 男という生き物は、気のある異性に対してのアプローチが過剰になる傾向がある。それは相手に婚姻関係があっても起こりうるのだと気がついた。


 しかもエリサはクラレンスにとってはちょうどよく、アベルとの離縁を考えている。これについてはすでにフリーダがクラレンスに話しているので、隠し立てできない。

 そしてこうも必死に口説いては、絶妙に自分のツボを押さえている相手を無碍にする勇気がエリサにはなかった。

 とても困る。甘い言葉と彼の手の感触がまた振りほどけない要素になり、エリサは俯いた。


 そのとき、フリーダの納屋からイヴリンが慌てて走ってきた。


「エリーさん!」


 その声は緊迫していた。口をつぐみ、あわあわとするイヴリンにエリサは駆け寄るべく、クラレンスの手を振りほどく。


「ごめんなさい、クラレンス。帰るわ」

「あぁ! エリー! 次はいつ会える?」


 エリサは足元にあった薬草を忘れずに抱え「またね!」とだけ言って逃げた。


「どうしたの、イヴリン」


 クラレンスから十分に離れてからイヴリンに訊くと、彼女は蒼白な顔で言った。


「こっちに、ウィルフレッド様がいらっしゃいました」

「えっ……それは確かなの?」

「はい。もしかすると旦那様に知られたのかもしれません」

「じゃあ早く帰りましょう」

「はいぃ!」


 二人は路地裏に隠れ、細心の注意を払って時空穴へ身を滑り込ませた。それから、急いで部屋へ戻って変装を解く。

 そのちょうど、部屋にノックがされ「奥様」とメイドの声がかかった。扉を開ける。


「何かしら」

「旦那様がお探しでしたよ。先程もお部屋に窺ったのですが、いらっしゃいましたか?」

「えぇ、シャワーを浴びていたの。悪いわね」

「さようでしたか」


 メイドはとくにあやしむことなく言うと、一歩下がって礼し、下がっていった。


(あっぶなーーーーっ!)


「でもまだ分かりませんよ! 旦那様からのお呼びで何がどうなるやら……」


 イヴリンの言うことはもっともで、まだ油断できない。


「気が重いわ……」


 エリサは肩を落としながら部屋を出た。アベルは部屋にいるのかと思いきや、そうではないようで、先にウィルフレッドと廊下で出くわした。

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