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10-2 お忍び公爵夫人、商才あり【side:アベル】

「……ってことで、エリサ様、さらに厄介なことというか、ものをつけてしまったっぽいけど」


 町に取り付けていた監視用魔道具、遠隔水晶で様子を見ていたウィルフレッドがげんなりとした声で言う。

 水晶は音を拾わないので、エリサの嬉しそうな顔で判断した。

 その傍らでは、書類を片付けていたアベルがため息をつく。


「我が妻は本当に……薬屋を始めたかと思えば今度は詐欺師に出くわすなんて」

「あぁもう、ペンを折るなペンを。これで何本目だ」


 アベルは持っていたペンを握りつぶす勢いだった。そんな彼にウィルフレッドは気が休まらない。


「どうする? あの詐欺師は確か、この前も旅人が騙されていただろ。証言者が旅人だったから、うちの領で取り締まれなかったけど、今回はれっきとした領民だし、君の奥様だ」


「しかし、彼女は俺がこうして監視していることは知らない。よって、俺は彼女の証言がない限り助けられない」


「あぁ、まぁ、そうだね……それにエリサ様はきっと同じこと考えてるだろうし」


「そうなんだよ!」


 アベルはもどかしげに頭を抱えた。


「あー! ダメだ、発狂しそうだ! だいたい、あの男児と仲よさげにしているのも腹立たしいのに、あの詐欺師め、人の妻にベタベタベタベタ触りやがってぇぇ……っ!」


「そこかよ」


 アベルは頭を掻きむしり、本当に発狂寸前だった。今にでも部屋のあらゆる物が浮き上がり、大嵐が起こりそうだった。

 ウィルフレッドはそれを回避するべく、静かに説得した。


「どうする? 君も変装してエリサ様にもっといい条件で販路拡大させるかい?」

「いや、なんで俺が彼女の薬屋を応援するようなことをせねばならん! 阻止するならまだしも!」

「でもさ、エリサ様の回復薬は確かにいい商売になると思うよ。それに、王都でもすでに噂が回ってるんだろう?」


 ウィルフレッドの言うとおり、エリサの回復薬の件はすでに王宮でもささやかに噂になっていた。

 ただまだノルデン・フェルトに住む町娘が効き目のいい回復薬を販売始めたというもので、エリサの名は出ていない。


 こうなると、急に現れた薬師が急に消えると、アンベール領での悪い評判が立つだろう。

 伯爵家の無能令嬢とはいえ妻を娶ったばかりでなんとか貴族の間でも侮られなくなってきたというのに、悪評を自ら広めるのは得策ではない。さすがのアベルも領主としての自覚はあった。


「まぁ、だから悩ましいんだが……いっそ、エリサにすべて話して『俺は見てるぞ』と言って仕事をやめさせるしか」

「そんなことしたら、確実に嫌われて離縁コースまっしぐらだよ」


 ウィルフレッドの冷静な意見に、アベルはガックリと項垂れた。


「……やむを得ん」


 アベルはおもむろに立ち上がり、素早く移動するとランクの低い旅人風の服に着替えた。

 髪の毛もボサボサにし、目が隠れるようにする。


「まさか、君……そのためにその服を買ったのか?」

「当然だ」


 すっかり変装し、ボロのマントをまとったアベルは誰がどう見ても領主ではなかった。

 これにはウィルフレッドも顔をこわばらせる。


「じゃ、ウィル。行ってくる」


 それだけ言うと、アベルは勢いよく屋敷を出ていった。

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