9-5 嫌われ作戦開始
時はアベル不在の日。
まさか夫にバレているとは思わないエリサは、今日も町へ出ては屋敷にこっそり戻り、アベルが帰ってくるのを待った。
幸いなことに小うるさいウィルフレッドもアベルと一緒に王都へ出向くので、帰宅時間を間違えなければ問題ない。
そうして、いつものようにアベルの帰宅後、夕飯をとり、夜の団らんを過ごす。
先日、贈った菓子が功を奏し、最近はお茶を一緒に飲むことができるようになった。また、ソファで向かい合わせになってもアベルの暴走はなくなり、言い争いもしなかった。
これで徐々に距離が詰められそうになったが、エリサとしては一刻も早く嫌われなくてはならない。
「アベル様」
今夜のエリサは高圧的な悪女を装い、足と腕を組んでみた。声も一段と低くし、要件を告げる。
「私、アベル様にお願いがあるのです」
「なんだ、エリサ。なんなりと言え」
「あ、瓶はありがとうございました。ううん、じゃなくて! えーっと」
(うーん、ダメだ、グダグダしちゃう。ともかく何か高価な買い物を)
悪女になるには高価な買い物をし、夫の財産を贅沢に湯水の如く使うのだとフリーダから学んだ。それを今回は実行してみる。
「そう、私、宝石がほしいのです」
「宝石?」
アベルはキョトンとした。
「どんなだ?」
「えぇ、とっても高価な魔石がほしいんです。私、魔力がありませんから、魔石を守りにしたいのです」
「何を言ってるんだ。この屋敷にいれば守りなんて不要だろう。なんたって、俺の結界がいくつも張ってあるんだから」
「でも! 私がほしいと言ってるんです! それともなんです? アベル様は私の言うことが聞けないんですか? そんな甲斐性なしなんですか?」
(ここまで言えば怒るでしょ。怒って離縁を考えてくれたら……)
そんなエリサの思惑に対し、アベルは唖然とするだけだった。
「甲斐性なし、なんて言われちゃかなわんな」
「あらまぁ! 怒ったの? こんな戯言ごときでアベル様は怒るのね。本当に甲斐性なしだわ!」
そう言ってそっぽを向くと、アベルは困惑気味に眉を下げた。
「わかったわかった。そう怒るな」
「私は怒ってなどいませんわ! 私を愛してるなんて言っといて、私の願いを叶えられないあなたに失望してるんです」
「わかった。明日にでも買ってこよう」
アベルはサラリと言い、品よくお茶を飲んだ。勢いづいていたエリサは口を開いて嫌味を言おうとしたが、すぐに「ん?」と我に返る。
「え、明日?」
「あぁ、明日だ。エリサのためならなんだってやるし、君の願いはすぐに叶える。まぁ、この屋敷から出たいという願いは承服しかねるが。それでいいかな?」
「え……あ、はい……」
虚を突かれたので、これ以上の嫌味が思いつかずにそのまま頷き、エリサも気まずくお茶を飲んだ。
***
結局、アベルは大きな魔石を買ってきて、町の職人に加工させ、守り用の短剣に仕上げて持ってきた。それもかなり上級の代物で、彼の財力の豊かさに感服せざるを得なかった。
それからも王都で流行りの贅沢なドレスやティーセット、お菓子などを買いに行かせたがどれも簡単に済まされてしまう始末だった。
アベルもまた「エリサに頼られてる気がする」とウィルフレッドに漏らしていたそうで、ただただ仲が深まったようにしかならず、ワガママ作戦はあっけなく失敗に終わった。
「これはもう仕方ないわ……別の手段を考えるまで!」
(販路を広げてたくさんお金を稼ぐ! それしかない!)
意気込みよろしく、エリサはせっせと毎日回復薬を作った。
「でも、販路を広げるのってどうやったらいいのかしら……」
「販路を広げるなら、商人ギルドに登録して各地へ商品を卸せるよう手配してもらうのが一般的かと」
イヴリンが答える。すでにエリサの行動に慣れた彼女は、もう何も咎めず、さらに説明せずとも手伝ってくれるようになった。
薬草を千切ったり、すり潰したりして回復薬の素を作り、それを受け取ったエリサが瓶に入れて生成する。
「商人ギルドか……どの町にもあるのよね?」
「そうです。このノルデン・フェルトにも存在します」
「登録には身分証は必要なのかしら?」
「いいえ。とくに必要ありませんね。強いて言うなら血判くらいです」
「だったら足もつかないし、問題ないわね!」
「……そう嬉しそうなお顔をされますと、私としては複雑な気持ちになるのですが」
イヴリンは困惑気味に言った。
「あら、あなたがもしここをクビになったら、真っ先に私があなたを雇うわよ」
「奥様……!」
気前よく言えば、イヴリンは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「それじゃあ、アベル様がお仕事しているときに行ってみましょうか」
「えっ……大丈夫なのでしょうか?」
「最近は監禁も監視もないし、彼の機嫌もいいし、頑張れば行けそうじゃない?」
エリサは楽観的に言った。
イヴリンの笑顔が引きつる。
「そんなうまくいきますか……?」
「他のメイドたちにも協力してもらって、時空穴を探してもらってるの。そろそろ情報がくる頃でしょう」
そう言ってると、部屋のドアにノックがかかった。
イヴリンがさっと動き、部屋のドアまで急ぎ足で向かう。ほどなくして彼女は一枚の紙を持ってきた。
「何かのメモが床に置いてありました」
「ありがとう」
四つ折りのメモを受け取り、広げて見る。
そこには短い文で『裏の来客用浴室に時空穴あり』と書いてあった。これを指で弾き、ニヤリとした。
「さぁ、準備は整ったわ。これで荷物を運ぶ手間も省けるってもんよ」
エリサは籠に回復薬の瓶を詰められるだけ詰めた。潰した薬草も一緒に入れ、残りはフリーダの納屋で作る。
そしていつものように変装するのだが、今回はイヴリンの服の上からメイド服をかぶっておく。こうしていればもしウィルフレッドに出くわしてもやり過ごせるという寸法だ。
「ふふふ! さぁいざ、商人ギルドへ!」
手際よく進められるのも、この生活に慣れたからだろう。
エリサは買い物へ行くメイドになりすまし、イヴリンを伴って来客用浴室の時空穴へ向かった。
浴室の鏡の裏にあるらしく、鏡をどかすと虹色のモヤがかかった穴があった。
「ここをくぐると、どこに出るのかしら。屋敷の外? うーん」
エリサは躊躇なく顔だけ時空穴に突っ込んだ。見てみると、どうやら町の路地裏に出るようだと分かった。
「うん、いいわね、ショートカットもできて最高!」
「私は心臓が縮みそうになりましたぁ……」
エリサの行動に慣れたはずのイヴリンが怯えたように言う。
しかし構わず、エリサはイヴリンを先に町へ送ろうとグイグイ背中を押した。
「さぁ、先に行っておいで。なんにも怖くないから」
「うぅ、時空穴に慣れ過ぎですよぉ……ふぇーん」
そんな泣き言を言いながら、イヴリンは籠を持って時空穴へ足を突っ込み、先に町へ行った。
エリサは周囲を見回し、誰も来ないことを確認してからメイド服を脱いで時空穴に足を突っ込んだ。そして半身を屋敷に戻し、鏡を固定して証拠隠滅した。
路地裏は人気がなく好都合。
石畳に着地すると、イヴリンも上に着ていたメイド服を脱いだ。
「さぁ、行くわよ」
「はい!」
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