9-4 嫌われ作戦開始【side:アベル】
「──なぁ、ウィル」
数日後、アベルは部屋に呼び寄せたウィルフレッドに言った。
「俺の勘違いならいいんだが、最近のエリサ、やっぱり変じゃないか?」
「えっ」
アベルの問いにウィルフレッドは目をしばたたかせた。
「あぁ、なんだ。君もそういうのは気づくんだね」
「なんだよ、お前、気づいてたのか?」
「だって、最近のエリサ様、君の不在日をやたら気にしてるよ。あんな分かりやすく、君がいない日に機嫌がいいと嫌でも分かるだろう」
そう言うと、アベルは重く項垂れた。
「俺と一緒にいたくない……? そういうことか? 急に優しくなったり贈り物をこしらえたり、そういうのは浮気の証拠だって、何かで読んだのだが」
「いや、その路線は考えてなかった。ごめん」
ウィルフレッドは慌ててなだめすかした。
「でもね、君のその溺愛姿勢が彼女の負担になってることは最初から言ってることだから、いい加減に気づいてくれよ。頼むから」
「エリサ、他に好きな男がいるのか?」
「それはないってば。絶対にないね。君、それで怒られたばかりじゃないか。ほら、思い出せ。エリサ様からもらったお菓子を」
アベルの動揺を見てか、ウィルフレッドは即座に否定し、メンタルのコントロールを図る。すぐにアベルの表情が和らいだ。
「あぁ、エリサの作った菓子はうまかった。まだ残ってるが、大事に毎日一口ずつ食べてる」
「いや、そういうのはさっさと食べなよ。おなか壊すから」
鋭いツッコミが入り、アベルはほころびかけていた頬をキュッと引き締めた。
いつものクールな表情に戻る。しかし、飛び出す言葉は狼狽していた。
「うん。やはり、監視をつけないとダメだ。こんなこともあろうかと思って、町に魔道具を設置していてよかったよ」
そう言うとアベルは、執務机に置いていた箱を開けた。
「それ、ずっと気になってたんだけどさ……まさか」
「あぁ、監視魔道具の遠隔水晶だ」
アベルはウィルフレッドの白い目に気づかず、サラリと答えて手のひらサイズの水晶を出した。
「王都では普通に普及してるぞ。ようやく我が領にもこれを設置する大義名分ができた」
「ほとんど私情じゃん!」
ウィルフレッドは机を叩いて抗議した。
「これ、役場が認可したのか? こういうのって、なんか町を監視されてるみたいで抵抗感ある人もいるだろ……」
「役場は説き伏せた。それに今、町では不審者の目撃が相次いでるから、すんなり降りたぞ」
そう言って役場から送られてきた書類をヒラヒラ振るアベル。
そのあっけらかんとした言い方に、ウィルフレッドは眉をひそめた。
「まさか、最近ちょこちょこ外に出てたのは、この魔道具を設置するため……?」
「あぁ。まぁ、それだけじゃないが」
「はー……なってこった」
「きちんと正式な手続きを踏んで設置しているのだから悪いことは一つもない」
ウィルフレッドの嘆きも構わず、アベルはさっそく魔道具を使った。
「知らないぞ、このことがエリサ様にバレたら」
「大丈夫だ。エリサだけじゃなく、町を見守る名目で設置したんだから」
「ああ言えばこう言う」
やがて遠隔水晶は白いモヤを浮かばせると、鮮明な映像を映し出した。
「これでエリサを見守ることができるな。まぁ、町に出ずにいてくれたら助かるんだが」
「絶対エリサ様にこの監視がバレませんように……」
キラキラとした目をするアベルに対し、ウィルフレッドは天に祈るように手を合わせた。
数秒後、エリサを見かけたアベルの表情が一気に暗くなる。春の花畑に凍てつく冬が降臨したようだった。
「……なぁ、ウィル」
「え? 今度は何?」
「やっぱりエリサが町に出てる」
「はぁ? ほんとかよ! もう~あのじゃじゃ馬奥様は! じっとしてられないのか!」
「イヴリンと一緒にいるし、しかも庶民の服装で、薬を売ってるみたいだな」
「そうなの……? まぁ、そんなことだろうと思ってたよ」
「なぜか荷車を引いて、子供と一緒に粉を届けてる。町の人たちに」
「それは……えっと、なんで?」
アベルの淡々とした声に、ウィルフレッドはだんだん嫌な予感を覚えたように声を小さくした。
沈黙。不穏な静けさがアベルの部屋を漂う。やがてアベルは長いため息をついた。
ウィルフレッドは静かに近づき、水晶を見やった。アベルの言うとおり、エリサは庶民の格好をして荷車を引き、楽しそうにしている。
実は、先日ばったり出会したエリサそっくりのエリーという薬師から回復薬を買ってみたが、以前エリサに口移しで飲まされたものと風味が似ていた。
ここでようやく、アベルはエリサ=エリーなのだと確信した。
ウィルフレッドも魔道具を見て「うわぁ」と引いた声を出す。
彼もエリサを監視していたはずだが、まんまと出し抜かれたのだろう。エリサのお忍びを見て顔を青ざめさせている。
「……なぁ、アベル。これくらい許してやれよ。見たところ、エリサ様は身分を隠してるようだし。イヴリンもいるし」
「あの侍女は頼りない。エリサが気負わないよう、あえて遠い田舎から呼び寄せたのが仇になった」
「でも、イヴリンのことは君が男爵家の養女にしたんだろ。それもまぁ、エリサ様のために」
「どうにも庶民派な我が妻だ。その配慮は当然だろ……って、そんな話をしてる場合じゃない。これは緊急事態だ」
そう言うとアベルは、水晶を仕舞った。
「何か策でも?」
「もちろん、このことを想定してなかった俺じゃない。そもそも、こんな事態を想定していたのだからな。よし、次の策に出よう」
「町に降りてエリサ様を連れ戻すの? そういうのは君じゃなくて、僕の役割だよね? そしてまた『監視してたんでしょ!』って怒られるのは僕なんだよ」
「大丈夫、お前にはもうそんな役はさせないさ……多分」
アベルは毅然と言った。しかし、こめかみには冷や汗が垂れている。付け加えた一言に、揺らぎがこもっていた。
ウィルフレッドが言ったとおりのことが起きそうな予感がし、監視していることは絶対にエリサにバレてはいけないとも思った。
「かくなる上は……」
なんとかエリサにバレないよう、彼女を近くで見守るしかない。
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