9-3 嫌われ作戦開始
翌日、本当にアベルは出かけて行った。ただ今回はウィルフレッドはついていかず、アベルと下男だけで隣町へ出たらしい。
今朝、朝食の席にいなかったので、それだけをふんわりと把握したエリサは、ウィルフレッド攻略のため、頭の中であらゆるシミュレーションを考えていた。
ウィルフレッドの行動パターンは、主にアベルと共に過ごすことが多いのだが、きちんと家の仕事も怠らない。
まず、早朝より使用人たちに今日の仕事を割り振る。
そして、今日のスケジュール確認。次に郵便物の確認。手配するものがあれば、その準備と部下への采配。そういった細かい仕事を行い、主人の仕事のサポートもする。
そんな毎日忙しいウィルフレッドだが、ここにエリサの行動チェックも忘れずに逐一行うので抜け目がない。
「影分身がいるんだわ、きっと」
エリサは畏怖をこめて呟いた。
身支度を手伝うイヴリンが不思議そうに首をかしげる。
「影分身、ですか?」
「えぇ。絶対身代わりがいるのよ。でないと、そんな仕事を一人でこなすのは無理よ」
「まさか、ウィルフレッド様は確かに魔法をお使いになられますが、影分身をつくるほどの魔法は知らないと思いますよ。私も聞いたことがないですし」
「魔法使いでもできないことがあるのね」
実家は魔法至上主義だったが、魔法の知識が一切ないので、この話題はあまり広がらなかった。
「じゃあ、どうやって彼を私から遠ざけようかしら」
支度が済み、部屋の扉からこそっと顔を覗かせる。
神出鬼没なウィルフレッドの影はどこにもない。だが、どこからともなく現れる有能執事である。バレずに安心して行動するには、何かしらのカモフラージュが必要だ。
「ここはやっぱり、囮を」
そう言いかけてイヴリンを見ると、彼女は両腕で大きなバツ印をつくっていた。
「冗談よ」
苦笑しながら言い、部屋に戻る。
すでに町へ出る支度は整っていた。あとは町へ行くだけ。そのためには──
「そうだわ。ウィルフレッドに頼みごとをしましょう!」
脳内に天啓が降り、エリサはパチンと指を鳴らした。
***
「これを、私に、ですか?」
部屋にウィルフレッドを呼び、仕事を言いつけると彼はきょとんとした目を向けた。
「そう。あなたにしかできないと思うの」
「はぁ……でも、ほかにも仕事があるのですが」
イヴリンの前なので、彼はかしこまった口調で諭す。
それでもエリサは引かなかった。
「ほかならない、アベル様への贈り物です。これを完成させるために、あなたの力が必要なの。ね、お願い! アベル様がいない今がチャンスなのよ!」
「でも……本当にアベル様への贈り物なんですか、これ?」
ウィルフレッドが訝るのは、目の前に大量の菓子が置いてあるからだった。
「これを、袋詰めして形を整えると?」
「そう。お願いだから手伝ってくれない? アベル様だけでなく、ここのみんなにも食べてもらおうと思って、ハーブクッキーとかケーキを焼いてるの。でも、思いのほか多くなっちゃって。せっかくだから、みんなのご家族にもお裾分けできたらなって。食べ物を粗末にはできないわ。それに、これは食べると元気になる私の回復薬の成分も入ってるから効果は抜群よ」
長々と早口で語る。
(昨日、試作品でいろいろ試したやつがあまっただけなんだけど、こういう使い方ができるとは思わなかったよねー)
「イヴリンも私も、まだお菓子を作ってる途中だし、袋詰めする時間がなさそうで。ね?」
さらに、企みがバレないよう、上品に笑ってみせる。
すると、ウィルフレッドは片眉を上げ「やれやれ」と言わんばかりに息をついた。
「そうですか。では、私の部屋でやるので、ある分をお渡しください。時間があるときに内職しますので」
「ありがとう! アベル様が帰るまでにお願いね!」
カゴいっぱいに入れた菓子を持たせ、早々にウィルフレッドを部屋から追い出した。
「……奥様、本当にこれでうまくいくんでしょうか?」
「うん。過度に仕事があって、さらにイレギュラーが追加されれば、さすがのウィルフレッドでも私の監視は不可能だわ。きっと問題ない!」
イヴリンの心配を跳ね除け、エリサは着ていた豪華なドレスを脱いで町娘に変身した。
スカーフを巻き、コソコソと屋敷を抜け出す。
まだ、時空穴を見つけられてないので、今回は庭師用の裏口から出る。
庭に出て、生垣の中の小さな扉があるので、そこから外へ抜け出した。
「脱出成功! あー、もう毎回こうやるのは大変だわ! 早いとこ、時空穴を見つけないとね」
エリサは元気よく腕を伸ばし、陽の光を浴びた。
ここから先は自由だ。元気なエリサはイヴリンの手を引いて、さっそくフリーダの家へ向かった。
***
「イヴリンから聞いてはいたけど、私の薬、効果はあったみたいね」
フリーダの家につくと、人々が押し寄せていた。
「エリー! あんたの薬、評判だよ! ぜひ売ってくれって注文が!」
「きゃー! 嬉しい! ありがたい限りだわ!」
「何言ってんだい。あんたの能力がそれだけすごいってことだろう。おかげで、私も新規の注文や大口取引ができそうだよ」
フリーダにも恩恵が届いているようで何よりだ。
エリサはさっそく客の前に立ち、手をパンと叩いた。
「皆様、はじめまして! 私が薬師のエリーです。ご注文のポーションを販売します! イヴリン、瓶詰めしたものを」
「はい!」
イヴリンにも指示を出し、テキパキと客をさばいていく。
フリーダとリックはその間、得意先へ粉を届けにでかけていった。
「留守も任せられるから助かるわぁ」と言っていたので、彼女たちが帰るまでは、ここで手売りすることになる。
「カリウスさんから聞いてね、なんでも腕利きの薬師だそうじゃないか。それで試してみたいと思ってね」
「私もカリウスさんから聞いたんですよ。最近、おばあちゃんの腰が重くてね。いい薬がほしいなと思ってたの」
「あの試供品の小瓶がとても良かったのよ。今回は中瓶一本でもらえないかしら?」
そんな声が相次ぎ、評判は上々である。
エリサは満悦で、客に愛想を振りまいた。
(やっばい、楽しい〜〜〜〜〜〜! やっぱり、私は家に閉じこもるより、外で羽根を伸ばすほうが性に合ってる!)
そんなことを考えていると、列の最後の客が前に出た。
旅人風の格好をした青年だ。前髪を伸ばしているので、表情がよくわからない。
「いらっしゃいませ。万能薬のお買い求めですか?」
訊くと、青年は「あぁ」とぶっきらぼうながら、どこか挙動不審な様子で返事した。
「旅人さんですか? ご苦労さまです」
「あぁ、うん。ルーウェンという」
「ルーウェンさん、ですね。ポーションはおいくつ必要です?」
「あー……ひとまず、中瓶一本で」
そう言うと、ルーウェンは銀貨一枚を出した。
エリサは優しく彼の手を取って受け取り、ポーションを差し出す。
「旅には怪我がつきものですからね。このお薬はいろんな怪我に効きますし、病気も治せます。ただ、病巣の深い病などには定期的な摂取が必要です。一発で効くのは、今回は販売対象外となりますので、もし効き目が良さそうであれば、ご注文くださいませね」
つらつらと薬の効果を説明する。ルーウェンはひたすらうなずいて聞いており、中瓶を大事そうに抱えた。
「助かる。旅をしていると、ほら、やっぱり怪我が」
「そうですよね。しばらくこちらにご滞在で?」
「あぁ。ひとまず、ここで」
「ここはのどかで、町の人たちもみなさん穏やかですから、きっと気に入ると思いますよ」
エリサは顔を覗き込みながら言った。
しかし、ルーウェンはうつむき、目をそらしてしまう。
(シャイな人ね……)
「えっと、じゃあ、ありがとう。エリー」
「はい。またのお越しをお待ちしております」
離れていくルーウェンに、エリサは愛想よく手をふる。彼も小さく手を振りかえし、だんだん姿が見えなくなった。
「あんなに引っ込み思案で、旅ができるのかしらね」
「えぇ……お一人のようですし、なんだか怪しい気もしますけど」
それまで黙って見守っていたイヴリンが困惑気味に返す。
エリサは呆れ笑いし、小瓶と中瓶の在庫を確認した。今日はもうこれで終わりだろう。この調子で売っていけば、すぐにでも資金が貯まりそうなものだ。
「目指せ、家が買えるぶんの資金!」
そう意気込むのを、イヴリンは複雑な表情で見ていた。
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