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8-4 薬師エリーの初仕事【side:アベル】

 話は数時間前に遡る──


 王都、ロンブス・シュタット。

 城を囲む城壁からすぐ外には、貴族のタウンハウスが点在する。そのさらに周辺には商人が住む町があり、村へと広がっていく。

 ロンブス・シュタットの町は、貴族御用達の貴賓あふれる店から、平民が普段使いするための雑貨を扱う店や食事処、生活用品店、パン屋、居酒屋、その他に生鮮市場などが軒を連ねる。


 王城での仕事をさっさと終えたアベルはウィルフレッドを伴い、城から馬車で町まで向かった。


 エリサが何かを企んでいることをなんとなくわかっていたアベルは、エリサから頼まれた買い物をウィルフレッドに任せることにした。

 主に瓶。エリサの指定通り、メイヤー道具店で買うように言いつける。

 おつかいメモを見たウィルフレッドは眉をひそめた。


「なんで、こんなものを……?」


 ウィルフレッドは「公爵夫人がねだるものとしては不似合いだ」とでも言いたいのだろう。


「ウィル、忘れたのか? 我が妻は、金品財宝よりも雑草が好きなんだ」

「いや、雑草じゃなくて薬草だろ。知ってるよ。何度この町で彼女の調査をしたことか」


 すかさずツッコミが入るも、アベルはとくに気にせず、馬車の中でふんぞり返っていた。

 この町はエリサが慣れ親しんだ故郷。実家での暮らしは窮屈だったエリサだが、町ではのびのびと町人に混ざって生活していたようで、彼女の馴染みも多い。


「おそらく、エリサはこの町でやっていたように、我が領でも薬師としてひそかに仕事を始める気だろう」

「えぇっ!?」


 アベルの予想に、ウィルフレッドは大げさなリアクションを見せた。


「驚くのも無理はない。俺だって驚いている。まだ確証はないが、この大量の瓶は、回復薬を保存するために必要なもの。しかし、そう大量な回復薬を我が家に置いてもあまり意味がない」

「そうだな……君のあの大怪我は異例だったとして、普段は僕も君も魔法で自己治療できるし」

「あぁ、本人用や使用人向けに作るにしても多すぎる。だとすれば、やはり彼女は回復薬を作って町で売り捌こうとしている。そう考えても不思議じゃない」


 アベルは神妙な顔つきで言った。

 思い出すのは、エリサを妻に迎える前にこの町で調査していた時のこと。


 メイヤー道具店をはじめとした、平民向けの用品店、薬屋などで自ら聞き込みをした。

 アルヴィナ家の人々は鼻持ちならない者が多いが、町人たちはエリサのことを好意的に見ており、気前よく彼女の趣向を教えてくれたものだ。


「わざわざ変装して、町人に話を聞いてた甲斐があったが……今日は変装してないから、お前に頼みたい」


 いまだに訝るウィルフレッドに、アベルは気まずそうに言った。

 旅人や町人に変装すれば、平民は気軽に話してくれるのだが、今日のようにかしこまった公爵然とした格好で出向けば、彼らが怯えることは明白だ。

 ウィルフレッドもそれはよくわかっていた。


「それは別にいいんだけどさ、いいの? エリサ様のおつかいに応えて」

「どういう意味だ?」

「だから、このおつかいの品の使用用途をわかっていながら買ってあげるのかって聞いてるんだよ。君がすんなり許すのも驚きだ」

「なんだ、そういうことか」


 ウィルフレッドの困惑の意味を理解したアベルは、片眉をあげ、腕を組んだ。


「だって、買っていかないとエリサに嫌われるかもしれないだろ」

「え……あー、まぁ、そうかもだけど」

「お前の言いたいことはわかる。アンベール公爵が、女に嫌われるのを恐れているなど情けないと、そう言いたいんだ」


 自虐的に言うと、ウィルフレッドは濁すように「うん、よくわかってるじゃないか」と言った。


 ひとまず、ウィルフレッドは言われたとおりに馬車を降り、町へ出て買い物へ向かった。

 その様子を、アベルはしばらくジッと見る。


 ウィルフレッドが店に入り、姿が見えなくなったところで自分も馬車を降りた。


「すぐ戻る」


 御者にそれだけ言い、マントを翻してウィルフレッドとは反対方向へ行く。

 この町のことはわかっているので、慣れた様子で歩くが、周囲の人間はアベルの姿にどよめいた。

 チラチラと見る者や、すぐに目を逸らす者など様々だが、そんな彼らに構うことなく、町角の古着屋へ向かった。

 中は古びた木とカビのにおいが漂い、古着が棚に畳んで置かれている。壁にかけられた旅人用のマントや、年代物の上着などは埃をかぶっていて、手入れが行き届いてないようだ。


「いらっしゃ……い、ませ」


 小柄な古着屋の店主が声をかけるも、入ってきたのが貴族だとわかれば、すぐにオロオロと慌てた。


「だ、旦那様……なにか、こちらにご用で……?」


 恐ろしげに話す店主と顔馴染みではなく、さらに言えばこの店主は、アベルが『青炎の死神』という異名を持つアンベール公爵であることも知らない。

 にもかかわらず、店主は冷や汗を浮かべて応対した。貴族が買い物に訪れるような店ではないからだ。青天の霹靂である。

 また、目の前に佇む麗しい若き公爵が、仏頂面で店主に迫り、威圧感たっぷりにじっと見つめるので、冷や汗どころか顔が真っ青になる始末だった。

 そんな店主の心情を知る由もなく、アベルもまた切羽詰まっていた。


「いくつか古着を見繕ってくれ。旅人が着るような」

「へ? まさか、あなた様がご着用なさるので?」

「あぁ、そうだ。早くしろ、金はいくらでも出す」

「ひえぇ……」


 店主はせかせかと動き回り、アベルの背丈に合うものを選んだ。

 色みや、縫製の精度など説明してもアベルは「無駄話はいい」と突っぱねるので、あまりにも殺伐とした時間が流れていた。


 しばらくして、裾がぼろけたマントと薄いシャツ、地味で糸屑が出たベストとズボンを一式購入し、アベルは店を出た。

 解放された店主は、その後、すぐに店を閉めたという。


(ウィルの買い物が終わる前に帰ろう)


 急いで馬車へ戻ると、ウィルフレッドはまだ買い物中のようだった。

 何事もなかったかのように早足で戻ると、御者が扉を開ける。滑り込むようにして馬車に乗ったアベルは、買った魔法で自宅へ転送した。


「アベル、戻ったよ」


 ほどなくして、ウィルフレッドが大量の瓶を台車に乗せて現れた。


「うん、ご苦労」


 何事もなかったかのように平静を装うアベルは、白々しく瓶を調べ「うん、いいだろう」と応えて転送魔法を使った。


(これでエリサに嫌われずに済む……が、エリサの動向は逐一チェックする必要があるな)


「よし、じゃあ、帰ろっか」


 ウィルフレッドも馬車に乗り込み、帰路へつく。


「ずっとここにいた、よね?」


 何気なく、ウィルフレッドが聞いた。アベルは目をそらし、「いたよ」と返す。

 しかし、動きが不自然だったのか、ウィルフレッドは怪しむように顔を覗き込んだ。


「え、本当にいたよね? まったく、勘弁してくれよ、一人で変なとこ行ったりさぁ。自領ならまだしも」

「うるさい、子供扱いするな」


 イライラと返すと、ウィルフレッドは肩をすくめた。


「エリサ様もおとなしくしてくれてるといいんだけどな……」


(それについては全面的に同意する)


 アベルは心配になり、自領までの道のりがもどかしく感じた。

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