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8-3 薬師エリーの初仕事

 リックはレイチェルと幼馴染だった。

 フリーダの粉はカリウス家にもいくつか卸しており、隣町での取引を担ってくれている。その関係でリックはカリウス家に何度も出入りしているのだった。


 やがて慌てて薬草を抱えて帰ってきた夫人に、エリサたちは説明した。


「まぁ、まぁまぁまぁ……」


 夫人は始終、口をあんぐり開けて、それだけしか言えなかった。


「お母様、エリーさんにお礼をしなくちゃ」


 すっかり元気になったレイチェルがハンナを抱きしめながら言う。


「えぇ、そうね。夫が帰ってきましたら、きっとエリーさんの望み通りのお礼を差し上げます」

「そんなそんな、とんでもないことです……おほほほ」


 そう言いつつ、エリサの脳内で損得勘定のそろばんが弾かれていた。


(カリウス家は商家……つまりここのお家と仲良くしていれば、この町での商売が軌道に乗る。信頼と信用を一気に手に入れることができる……でも、今回の件は本当に賭けみたいなものだったし、自分の手柄だとは思ってないし、むしろイヴリンがいなかったらできなかったし)


 うだうだと超高速で考え、結果、


「いえいえ、お構いなく。それもこれも彼女、イヴリンのおかげですから」


 それだけ言って、屋敷を後にした。


 ***


 フリーダの家に寄り、小瓶の回復薬を生成したらすでに夕刻となっていた。

 もうすぐアベルが帰ってくる。その前に戻らなければならない。


 エリサとイヴリンは最新の注意を払い、公爵邸へ戻った。

 馬車はまだ戻っておらず、ひとまず中庭の渡り廊下から滑り込むようにして建物に入り、イヴリンの服を脱いで着替える。


「それにしても、今回はなかなか刺激たっぷりだったわ」

「本当に大変でしたよね……」

「あなたがいなかったら詰んでたわよ、本当にありがとうね、イヴリン」


 エリサは櫛で髪を整えながら言う。イヴリンもメイド服に着替え、エリサが脱いだ服を回収した。


「そういえば、奥様。カリウス様からのお礼はお断りしてよろしかったのですか?」

「どうして?」

「だって、カリウス様は商家ですし、もしお近づきになっていれば今後の薬師としての仕事もしやすくなるのではないですか?」

「あぁ、そうね」

「奥様、離縁資金を集めるとか、薬師になるとか言ってますけど、実はそんな守銭奴ってわけでもないですし、利益よりも命を優先するところ、さすがでございます。やっぱり奥様は、お優しくて素敵な方ですね!」


 どうやらイヴリンは、今回のエリサの行動に感動したらしい。

 しかし、エリサは腕を組んで不敵に笑った。


「命は優先すべきよ。でも、私は自分の利益を捨てたわけじゃないわ」

「え?」

「あの小瓶を置いていったからね。それに、またハンナちゃんが病気になったら、カリウス家は私の薬を買うでしょう。そうすれば、おのずと関係が築かれる。長期的に安全に、ゆっくりと私の味方にしていくのよ」


 得意げに笑うエリサ。

 あっけにとられるイヴリンの顔が、鏡に映っている。やがて、イヴリンはすべてを悟ったのか気まずそうな顔をした。


「い、いいのかなぁ……」

「これでいいのよ! おほほほ!」


 唐突に、扉の向こうでノック音がし、エリサは意気揚々と立ち上がった。


「奥様、夕食のお時間です」

「はーい。よし、今日はおいしいご飯が食べられそうだわ!」

「いってらっしゃいませ、奥様」


 イヴリンが困り眉のまま頭を下げ、主人を見送る。

 エリサは上機嫌のまま、部屋を出た。


 しかし、その高揚感も食堂に行けば、すぐに鎮火する。


「……あぁ、お帰りになられてたのですね、アベル様」

「夫に向かってなんだ、その言い草は」


 冷ややかな目を向けるアベルがすでに席におり、エリサは一気に気が重くなった。


(こんなクールにしてるけどさぁ、わかってるのよ。今すぐにでも私に甘い言葉を囁きたいってのが。口角が震えてるんだもん。メイドが近くにいるからそう見せないだけで)


 向かい合って座ると、アベルの引き結んだ口がわずかに振動しているのがわかる。

 この数日で、彼の考えていることがなんとなくわかってしまうことに、エリサは辟易した。


「はぁ……」

「夫の前でため息とはなんだ」

「あ、いえ。すみません」


(やばいやばい。久しぶりに自由を満喫して、現実に引き戻された鬱が表に出てたわ)


 エリサはナプキンを膝に置き、出された前菜を黙々と食べた。

 視線を下に向けていると、アベルの視線を感じる。

 じっとこちらを睨めつけるような目で、ジロジロと見ているのだろう。

 内心では、きっと「エリサにやっと会えた! 最高! もうずっと家にいたい!」とかなんとか考えているに違いないのだが。


(はー、まったく。スカした顔がお上手ですこと)


 食事は冷めているが、不味くはない。

 しかし、今日の高揚はすでになく、エリサは終始考え事に徹した。


(そう言えば、フリーダに言われたけど……アベル様に嫌われるようなことをすればいいのよね。なんだろ。高価な買い物とか? 無理難題を要求する? かぐや姫みたいに、この世にないものとか。いやでも、かぐや姫はそれでも嫌われなかったんだっけ?)


 だが、ほかに具体的な考えは閃かない。


(そもそも、私は庶民派だし、この世界の高価な買い物なんてわからないし。宝石とか、かなぁ。でも別にいらないし。なんか派手で金がかかりそうで、アベル様の財力をもってしても渋るようなもの……城、とか?)


 考えが飛躍しているのは自分でもわかっていた。


(ダメね。やっぱり私は生粋の庶民なのよ。ぜんぜん思いつかない。面倒だから、なんか、護身用のものでも頼んでみようかな……魔剣、的な?)


 すでに脳内はのんきに大喜利へと移行していた。


 その日、アベルが何をしていたのか、知る由もなく。

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