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1-2 無能令嬢と呪い公爵

 うららかな春の陽が差し込む教会で、エリサ・アルヴィナは純白のドレスに身を包み、祝福の日を迎えていた。

 隣に立つのは、直視するのも憚られるような見目麗しい男性──今日この日より、夫となる若き公爵、アベル・アンベールがいる。


 切れ長の目、凛々しい眉、透き通ったなめらかな肌、容姿端麗とはまさにこのことだ。外側にはねた襟足は鋭利な剣のようで、黒く美しい髪は光の加減で時折、青く艶めく。


(……完璧すぎるイケメンね)


 エリサはベールの内側から、チラリと彼の様子を窺った。

 すると、彼も視線に気づき、冷たい青い瞳でエリサを見る。その眼光は凍てつく氷のように恐ろしく、背筋に寒気を覚えたエリサはすぐに目をそらした。


(これが『青炎の死神』……王族から外された古の一族。その呪いを持つ人)


 エリサは真正面を見て、神官の言葉を聞くフリをした。

 そろそろ式も終盤に差し掛かる。


「それでは、誓いのキスを」


 現在、曲がりなりにも公爵と伯爵令嬢の結婚式真っ只中だが、この空間には侍従以外に双方の家族はいない。寒々しい結婚式を祝福するのは神だけだ。


「必要ない」


 すぐさまアベルが言った。ここで初めて夫の声を聞いたエリサは彼の思わぬ美声に驚く。

 結婚式で誓いのキスもないなど前代未聞だが、アベルの冷徹な表情に神官は心得たように頷いた。


「エリサ」


 アベルが言い、エリサはビクリと肩を震わせながら静かに彼の方を向いた。

 すると、アベルはおもむろにエリサの首へペンダントをかけた。それは大ぶりな青い宝石がついた豪華なペンダント。

 一体なんなのか、エリサはさっぱりわからない。しかし説明がない。胸元に光るそれが、おそらく婚姻の証なのだろう。エリサはそう解釈した。


 こうして事務的な結婚式が淡々と終わり、二人はそのまま無言で屋敷へ向かった。もちろん、アンベール公爵家の屋敷だ。


 ロズヴィータ国、王都ロンブス・シュタットより北へ遠く離れた国境付近のこの地は、アンベール公爵が治める領地、ノルデン・フェルトという。


 都住まいだったエリサにノルデン・フェルトののどかでなだらかな平野は田舎に見えたが、町はそれなりに人々の暮らしも豊かでにぎやかだった。都会のような慌ただしさはなく、気楽に過ごせそうだ。

 きっと公爵夫人として迎えられても、誓いのキスすらしない男。実家のアルヴィナ家と同じく、エリサをいないものとして扱うのだろうという予想ができ、エリサは気持ちを切り替えた。


(まぁ、暮らしはあんまり変わらないんだろうな……ほっとかれるのも慣れてるし、むしろそのほうがいいし、いつもみたいに町へ出て好きに過ごそう)


 すると、屋敷に入った瞬間、大門が閉ざされた。広大な敷地内はなぜだか閉塞感が漂う。

 横に広い四階建ての屋敷。アルヴィナ家よりも屋敷の大きさは倍ほどあり、庭も美しく整えられ、噴水まである。さすが公爵家だ。


 馬車を降り、屋敷へ入れば、アベルは侍従にマントを投げるように渡し、スカーフもカフスも早々に取ってラフな格好になった。エリサも着替えのため、私室へ向かおうと足を踏み出す。

 そのときだった。


「……エリサ」


 アベルの深い声が、エリサの背中に当たる。冷たくも深く、心の臓を震わすような美声にエリサはなぜか怖気を覚えていた。


「はい、アベル様」


 愛想よく笑顔を見せて振り返るが、アベルは冷ややかな表情でそっけない。


「これより屋敷から一歩も出るなよ」

「えっ……」


 突然なにを言い出すのだろうか。


「えっと、『一歩も』というのは敷地の外ということでしょうか? それに『これより』っていうのは、今日からっていうことで……?」

「言葉通りだ。何度も言わせるな」


 当然の疑問だと思うが、アベルは厳しい口調で遮り、それ以上の説明をしない。

 エリサは笑顔を引きつらせた。


(……まぁ、公爵様の妻だし、そうホイホイ外に出られたら厄介なのかな)


 そう思案して己を納得させていると、アベルは念を押すように言った。


「わかったな。もし一歩でも外に出たら、君の実家がどうなるか」


 手のひらから青い炎を出し、脅しをかけてくる。

 それを見て、エリサはしっかり頷いた。


「承知いたしましたわ」


(実家ねぇ……別にあの家に何かあっても私はどうでも……実際、これは政略結婚で実家に多額の支援がいってる。その支援がなくなると家族が怒鳴り込みにくる……かなぁ?)


 思いを飲み込み、優雅に微笑むと、アベルは炎を消した。目をそらしてエリサを追い越す。そのまま執事を伴って私室へ向かった。

 執事──美しいストレートな金髪を切り揃えた美青年が、チラッとエリサを見やり、無機質に会釈する。


 やがてアベルが完全に見えなくなれば、その場にいたメイドたちがホッと息をついた。緊張の糸がわずかに緩み、皆が仕事に取り掛かる。


 公爵といい、執事といい、使用人といい、公爵家の妻として迎えるはずのエリサに関心がない。

 瞬間、エリサの脳内で一筋の稲光が走る。


「これが噂の白い結婚……!」


 エリサは顎をつまみ、静かにつぶやいた。


(異世界のことは薄ぼんやりとしか知識がないけど、多分これが俗に言う白い結婚なんだ。なるほどなるほど、理解した)


 エリサ・アルヴィナ──その生を受ける前、彼女は日本で暮らす一般女性だった。いわゆる転生者だ。

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