8-2 薬師エリーの初仕事
それから、エリサは来られない分の回復薬を作るため、薬草採取へ出た。
「奥様ぁ、森に入るのは良くないですって」
イヴリンがエリサの服を引っ張るが、構うことはない。
「大丈夫! ちょっとそこだけ! 本当に、入り口のとこだけだから!」
今のエリサを止められる人はいない。
イヴリンはしぶしぶ従い、森の入口側に仁王立ちした。
「では、これより先へは絶対に行かないでください! 森の中は野生動物が多くいますので、何かあれば私の首が飛んでしまいます!」
「わかったわ。私もあなたを失いたくないから、そこはちゃんとします」
そう早口に言いながら、エリサは足元で風にそよぐ薬草を見つけた。
スカーフを取って、摘んだ薬草を載せる。こうしてどんどん摘み、スカーフいっぱいになった。
そのとき。
「エリー!」
リックが町の方から駆けてきた。どうやらひと仕事終えたあと、町で遊んでいたらしい。
それにしてはなんだか慌てた様子である。
だんだん近づくにつれ、リックの額に汗が浮かんでいるのがわかった。
「どうしたの、リック。落ち着いて」
「落ち着いてらんないよ! いいからきて! 早く!」
エリサは戸惑い、イヴリンと顔を見合わせた。リックがグイグイ手を引っ張る。
スカーフに載せた薬草が落ちそうになり、イヴリンが慌てて拾い集めてくれた。
そうしてリックに連れられるまま、エリサとイヴリンは町へ向かう。
やがて、一軒の屋敷の前に連れて来られる。
「ここは?」
公爵邸ほどではないが、町ではそれなりに大きく立派な家だった。
すぐさまイヴリンが答える。
「カリウス家です。この町で指折りの商家でして」
「あら、詳しいのね」
「一応、この町のことは頭に入ってますから……奥様が何かしでかさないように」
最後の言葉はボソボソしていて聞き取りづらかったが、イヴリンは町のことを把握しているらしいことがわかった。
「それで、リック。商家になんの用なの?」
「大変なんだ! レイチェルが!」
リックはずっと焦っており、説明が足りない。彼自身もうまく言葉にできないのだろう。
ひとまず、リックの慌てぶりに合わせ、エリサとイヴリンはカリウス家の門をくぐった。
「ていうか、勝手に入っていいの?」
「どうなんでしょう」
リックは勝手知ったる家のごとく、カリウス家の中へ入っていく。白を基調とした洋館で、中は綺麗な調度品がある玄関ホール、こじんまりとしたテラス、重厚な絨毯が敷き詰められた廊下が目に飛び込んでくる。
リックはバタバタと走り回り、部屋の扉を片っ端から不躾に開けた。
「レイチェル! エリーを連れてきたよ!」
洗面室に入り、目当ての人物を見つける。リックよりわずかに年上の少女がいた。明るいブロンドが水色のエプロンドレスとよく似合っており、まるで不思議の国のアリスだ。
少女、レイチェル・カリウスは涙に濡れた顔を見せた。足元には水を張っていたと思しき桶が転がっている。
「リックぅ……私にはもう無理よ!」
そう言ってレイチェルはしゃくりあげる。何がなんだかわからないエリサとイヴリンは、訝しく子供たちを見つめた。
「もう助からないかもしれないわ」
そう言って泣くレイチェル。エリサは周囲を見渡しながら訊いた。
「ご両親は?」
「今、お父様は仕事に出てて。お母様はお買い物なんだ」
レイチェルを慰めながら、リックがハキハキ答える。
「ほかに大人は? 使用人とか」
そう訊くと、リックはレイチェルの顔を覗いた。レイチェルが喘ぎながらポツリと答える。
「ハンナ……」
「その、ハンナは?」
「そのハンナが、大変なんだ。ね、レイチェル?」
両親は不在。使用人のハンナが何かしらの怪我をしたか病になったか、そう考えられる。
とにかくパニック状態の少女一人では、どうにも立ち行かない事情があるのだろう。
「リック、ハンナはどこ?」
「こっち!」
そう言ってリックはレイチェルを気遣うように見る。
これにエリサはすぐさまイヴリンに指示を出した。
「レイチェルのそばにいてあげてくれる?」
「はい、わかりました」
そうしてリックに案内させ、エリサは小さなテラスに出た。
「ハンナ!」
リックが駆け寄るのは、一匹の大型犬。苦しそうにうずくまっており、息も荒い。
エリサは思わず面食らった。
「え? わんちゃんなの?」
「そう。ハウスメイド犬のハンナ。レイチェルの母親代わりなんだ。優秀なんだよ。なんでもできるんだから。でも……」
リックの説明を受けながら、エリサはすぐにハンナに駆け寄った。
あちこちを調べてみる。
「怪我はないわね。何か悪いものでも食べたのかしら? とにかく息が苦しそうね」
「もうおばあちゃんだし、寿命かも。ここ最近、ずっとこうで。レイチェルのお母様も、それで犬に効く薬を探しに出たんだ」
「そうなのね……寿命だったらちょっとどうにもわからないけど」
「エリーの薬でなんとかならない? 治せないかな?」
リックがエリサの服を強く握る。
正直、人間以外の生物に自分のポーションが効くのか、試したことはなかった。
前世でも同様で、動物相手の薬の調剤知識がない。
「なんとかしてよ、エリー! ぼくに飲みやすい薬を作ってくれたじゃないか!」
ためらっていると、リックが必死に懇願する。
「私からもお願いします。お願い……どうか」
後ろから、イヴリンに手を引かれてきたレイチェルが言う。
エリサは唇を噛んだ。
(どうする? もし、回復薬が犬に効かなかったら……それで最悪な事態を引き起こしたら)
しかし、目の前で苦しむハンナを前にしては、居ても立っても居られない。
ハンナの状態を見ながら、頭の中でなんとかできないか考える。
そのとき、急にイヴリンが声を上げた。
「奥様、回復薬を与えてみてはいかがでしょうか?」
「でも、それが犬にも効くかどうか」
「大丈夫です。奥様の回復薬は薬草由来のものですから、きっとハンナちゃんにも効きます」
そう言って、イヴリンは静かに近づき、エリサの手を握った。
「保証します。もし何かあった場合は、私が罰を受けます。ですから、どうかいつものように」
いつもとは違う、責任感のある言葉にエリサは、まだ訝りながらも頷いた。
ポケットに入れていた小瓶を出し、手のひらに少量のせる。
「ハンナ、お願い。これを飲んで」
全員で見守る中、ハンナは小さく「クゥ」と鳴き、弱々しく顔を上げてエリサの手にのせた回復薬をひと舐めする。
ハンナは目を閉じ、また地面に伏せた。
「ハンナ!」
レイチェルが駆け寄り、ハンナの首に腕を回す。すると、ハンナはゆっくり顔を上げてレイチェルの顔を舐めた。
「ハンナ!」
「わん!」
ハンナはたくましい声で鳴き、あっという間に回復した。
それを見届けたエリサは、思わず尻餅をついて、この状況を驚いて見つめる。
リックとレイチェルはハンナに抱きついて喜び、イヴリンは安心したように息をついた。
「治った、のかしら?」
「そのようですね。はぁ、よかった」
疲労感がのしかかる大人をよそに、子供たちと犬は元気を取り戻してはしゃいでいる。
エリサは安堵から乾いた笑い声を上げた。
「はー……まさか、この回復薬が犬にも効くなんて。イヴリン、どうしてわかったの?」
横を見ると、イヴリンは涙をうっすら浮かべていた。
「昔、飼ってた子がいたんです。その子は怪我したとき、いつも自分で薬草を食べていました。賢い子だったんです。それを思い出して」
「なるほど。この世界の生物は、みんな薬草でなんとかなるのね」
「はい。寿命は確かにどうにもなりませんけど、病気や怪我ならなんとでもなりますから。ハンナちゃんは、高齢ですし寿命もあるかもしれませんが、あの苦しみようなら病気だったのだと思います」
イヴリンの静かな言葉に、エリサはただただ感心した。
ブクマ、評価などの応援、よろしくお願いします!




