8-1 薬師エリーの初仕事
待ちに待った週末、エリサはそれまでに作っておいた回復薬を籠に詰め、イヴリンと一緒に変装して町へ降りた。フリーダの家へ向かう。
「ひとまずこれを売りたいんだけど……フリーダはいつもどうやって粉を売ってるの?」
訊いてみるとフリーダは快く答えてくれた。
「粉を引くだろ、そして小分けにしたものを町へ運ぶんだ。リックがやってくれる。それで、お得意さんに届ける。たまに新規さんも拾って、どんどん販路を広げてくって寸法よ」
「つまり通販ね」
エリサは神妙に頷いた。
「まぁ、まずはうちの粉と一緒に売るのは悪くないと思うよ」
「えっ!? セット売りしていいの? ありがとう!」
思わぬ収穫に飛び上がると、フリーダはにっこり笑った。
「よく売れるように宣伝をしなきゃねぇ。アタシも知り合いに話しとくよ」
「はぁ~! ありがとう、フリーダ! 最高よ!」
エリサは感激のあまりフリーダに抱きついた。まるでフカフカのテディベアに抱きついたような感触だった。
それから、リックの案内で町で粉と一緒に薬を売り込んだ。
「どうも、このたびこの町で薬師として働くことになったエリーです! 以後お見知りおきを! あ、コチラはお試しのポーションでございます!」
自分で手売りしたことはないが、前世で試供品販売をアルバイトでやったことがあったので難なくできた。
「ポーションなんて高価なものを……本物なの?」
そう疑念を抱く者が多く、そのたびに、ついてきていたイヴリンがハラハラと見守る。
エリサはものともせず、高い声と笑顔で商品説明をした。
「これは王都でも人気のあったポーションです。擦り傷、切り傷、やけど、打ち身、病を一時的に緩和するものです。たちまち回復とまではいきませんが、効き目は抜群です。ぜひお試しください!」
「これをタダで?」
「はい! 今回はお試しですので、無料でご提供いたします。もし、効果がなければ捨ててくださって構いません。効果があれば、ぜひ今後はお買い求めくださいませ」
お試しとして小瓶サイズを粉と一緒に既存客へ渡す。
「まぁ、フリーダの粉は安心安全なものだし、おかみもいい人だしねぇ」
「フリーダがあんたの薬をいいって言ってるんなら、ちょっと試してみようかな」
「ありがとうございます!」
客は戸惑う様子だったが、フリーダの人徳のおかげか受け入れてくれる。
これもエリサの狙い通りだった。
(誰が売るか、より誰が勧めてるかが一番効果的なのよね! 要はお墨付きがあればいいのよ!)
こうして町を売り歩き、フリーダの家に戻る。
「エリー、すごいね。初めてとは思えないよ」
帰りながら、リックが感心げに言う。
「まあね! こういうのは王都で慣れてるから!」
「へぇぇ、エリーは都会にいたのか。なんでまたこんな辺境に?」
「それは、大人の事情ってやつよ」
エリサは上機嫌にごまかした。
その横で、イヴリンがコソコソと耳打ちした。
「奥様、あまり話をするとバレちゃいそうで怖いです」
「大丈夫よ。イヴリンがあわあわするとバレちゃうかもだけど、堂々としてれば問題ないわ」
イヴリンの心配もどこ吹く風。
フリーダの家が見えてくると、受け取りに来ていた客が目に入った。
「あ! あの人にも押し付けよう! すみませ〜ん!」
エリサは持っていた小瓶を掲げながら、小道を駆けた。
あとは同じように戸惑う客に押し付ける。フリーダもいたので、客は小瓶をしげしげ見ながら帰っていった。
「初日はこんなもんよね。これからどんどん売り込むわよ~!」
「毎日のほうがもっと効果があると思うけどねぇ。どうしてもたまにしか来られないのかい?」
客を見送りながら、フリーダが訊く。
エリサはドキッとし、引きつった笑いを浮かべた。
「う、うん……ちょっと一身上の都合があって」
「じゃあ、ひと月分の薬を置いていきなよ。こっちで売ってあげるからさぁ」
「それは悪いわ! なんとか毎日行けるように頑張るわよ!」
フリーダの気前の良さにエリサは慌てて言った。フリーダは本心で言っているようだが、エリサが遠慮するので無理にすすめはしなかった。
しかし思うことはあったらしく、考えながら言葉を紡ぐ。
「まぁ薬屋をやれって言ったのはアタシだけど、なんだか隠れてコソコソやらなきゃいけないみたいじゃないか?」
「ギクゥ!」
エリサだけでなく、それまで黙っていたイヴリンまで全身をこわばらせた。
「なんだい、旦那が厳しい人なのかい?」
「え、あ、えーっと、そんな感じね」
「ありゃまぁ、男なんてのは大概がそうさね。女のやることにいちいち口を出すくせに、自分はいい加減な働きしかしないし、よそで女は作るし」
そう言うフリーダは何か思い出したのか眉間に皺を寄せた。
そんな話を聞いているとエリサも過去のクズ男たちを思い出し、うんうん頷いてしまう。
「確かに。男なんてみんなそうよね。それでこっちの堪忍袋の緒が切れたら泣いて謝ってくるのよ」
「本当にそう! そんなんばっかりよ! はぁ、エリー、アンタも苦労してんだねぇ」
「フリーダ、あなたもね!」
意気投合した二人はそれから、部屋に入ってお茶しながら過去の男について話が盛り上がった。
どうやらフリーダは現在、夫がよその女のところへ行ったきり戻ってこないらしい。
稼業が粉屋で、フリーダが病にならない限りは食い扶持に困らないそうだ。
「でも、そんなじゃ、もしものことがあったとき、リックがかわいそうじゃない?」
「ぼくは別に大丈夫だよ。もう十歳だし、働けるしな」
聞いていたリックが会話に入ってきて言う。
エリサは幼い少年のやる気に満ちた目を見て、思わず涙が溢れそうになった。
(ええ子やぁ~健気でええ子やぁ~!)
頭にポンと手を置き、涙目を見せないように顔をうつむける。
「リック、あなたに何かあっても私が守ってあげるからね」
「ん? 何言ってんの、エリー。ぼくが守ってあげるんだから、心配いらないよ?」
「いい子すぎる!」
「うちの子はそりゃいい子さ。バカ亭主にならないよう育ててるんだから」
「フリーダ先輩、マジパないっす!」
「奥様、心の声が漏れてます」
横でコソコソとイヴリンが言う。エリサはハッとし、イヴリンの耳元で素早く言った。
「ここではエリーと呼ぶように」
「あ、はい! 申し訳ありません、エリー、さん」
ぎこちないイヴリンに、念を押すようにエリサは頷いた。
気を取り直して、イヴリンにリックの相手をさせ、フリーダと話を再開する。
「それで、アンタの旦那はどんなだい? さっきから聞いてりゃどれも過去の男みたいだったけど」
「えっ、あ、えーっとね」
フリーダの質問にエリサは思わず口ごもった。
(私が貴族だってことはバレないようにしたいし……なんかいろいろ面倒そうだし、身分が違うってなるとこうして砕けて話すこともできないし。誤魔化しながら話そう)
「容姿はいいと思うの。イケボだし、なんでも買ってくれるし……でも、束縛家なのよね。重度の束縛家。私を家から出してくれないし、人にも会わせてくれないし、だからこうして忍んで町に出るしかないのよね」
「はぁ……」
フリーダは目を白黒させた。しかしエリサの愚痴は止まらない。
「そのくせ、私には触れないし魔法で脅すし、私に触れると魔力が暴走するらしいけど、それもこっちにしたら迷惑でしかないし……しかもただの束縛家じゃないのよ。私が男性と一言話そうものなら、その相手を殺すって言うし。愛情に飢えてるとか愛情表現が下手だとかいろいろ言ってるけど基本的に病んでるんだわ。束縛ヤンデレなのよ! 重いわぁ、本当に重すぎる」
「うーん……その人は、ほかに女でもいるのかね」
「いや、たぶんあの感じだといないわね。きっと女性関係もなかったに違いないわ」
「おやまぁ」
フリーダは口に手を当てて目を丸くした。そして、まばたきをすると首をかしげた。
「それのどこがクズ男なんだい?」
「へ?」
「だって、さっきから聞いてたら惚気みたいじゃないか」
「はぁ!? そんなわけないでしょ! 私にとっては迷惑でしかないのよ! 家に閉じ込められて、男性との接触を禁じられて、それで毎夜毎夜部屋に呼ばれたかと思ったら何もせずに、私を人形のように愛でるだけ! やってらんないわよ!」
「うーん、その変なプレイさえなければいい旦那だと思うんだけどねぇ……それに、何もしなくていいんだろ? やっぱりその旦那、一途でいい人なんじゃないのかい?」
(ダメだ、何を言ってもアベル様の印象が悪くならない! この世界で束縛家はいい人認定されちゃう!)
エリサは頭を抱えた。もう何を言ってもダメなので、アベルの悪口はやめた。
「とにかく、その夫と離縁したいのよ」
「えー! もったいない! アタシだったら絶対に離縁したくないのに」
「私はもっと自由に生きたいのよ。だから、離縁資金を貯めて夫の前から消えようと」
だんだん自分がヒドイことを言っているような気になっていき、エリサの声は急激に小さくなる。
フリーダは苦笑を浮かべ「そうなのかい」と理解してくれた。おそらく納得はしていないのだが。
「まぁ、聞いてる感じだと、その旦那はアンタにぞっこんなんだろ? だったら、嫌われるようなことをしたらいいんじゃないのかい? ワガママを言ったり、とかさ」
具体的な方法が思い浮かばないのか、フリーダは困惑気味に提案した。しかし、その一例はエリサにとって天啓だった。
「それは名案ね!」
「あ、それでいいんだ」
「もちろんよ! ありがとう、フリーダ!」
こうして、エリサはアベルに嫌われる作戦を立てようと闘志を燃やした。
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