7-1 薬師としての第一歩
アベルの新婚休暇が終わり、日常が平常へ戻っていく。
その裏で、エリサは野望を抱いていた。
フリーダの納屋を間借りして薬屋を開業するにあたり、商品となる薬の準備が必要だ。
エリサはアベルが出かける日まで薬作りに専念した。私室は広々しており、洗面所にバスタブ、簡易なキッチンまでついている。
「私室だけで3LDKはあるのよね……一人暮らしには広すぎる」
そう言いながら簡易キッチンに買った器具を並べ、もともと置いてあった鍋も置く。
「奥様、ホルストさんから薬草をいただいてきました」
イヴリンが籠いっぱいに薬草を持って現れる。
「ありがとう」
どのみちアベルが家にいれば部屋から出られないので、薬草採取はイヴリンに頼めばいい。
ただイブリンだけじゃ心もとないので、庭師のホルストに手伝ってもらうよう手配すればすんなりと事が運んだ。
(私も自分でやるんじゃなくて、こうして人を使うことを覚えたほうがいいわね……この調子でなんとかアベル様にバレないようにしなきゃ)
ひとまず、所有内の薬草で回復薬を作った。生成にはそう時間はかからない。
しかし、瓶三本くらいの回復薬の生成を終えた頃、疲労を感じてきた。
「奥様、少しお休みされてはいかがですか?」
「うーん……まさか、私がこんなに体力ないなんて思わなかった」
エリサは自分でも体力が消耗しているのを感じていた。一時間ほど水泳したあとの感じに似ている。
王都に住んでいたときに生成していた回復薬は、そう大量ではなく日に小瓶五本ほどを雑貨屋に卸していた。
今回は自分で全部売るつもりなのと、どの程度の量をこの町の人たちが必要としているのか調べるのも兼ねている。
ふと出来上がった回復薬を一口含む。とろみのある薬はシトラスのイメージで生成したので、爽やかな酸味と甘みを感じられておいしい。そして、スキルを使ったぶんの疲労が回復された。
(こうして味見しながら生成すればいける!)
「よーし、この調子でもう少しやっちゃいましょう!」
横に立っていたイヴリンがガックリと肩を落とした。
そうして夕飯前に回復薬の生成ができた。薬の消費期限はないので、戸棚に仕舞っておく。
夕飯になればアベルと顔を合わせるので憂鬱だが、今回はアベルに会って確かめたいことがあった。
(アベル様の不在日を聞き出したいわね)
夕刻、呼び出されたので食堂へ行き、アベルと顔を合わせて静かに食事した。
アベルは使用人たちがいる前では厳格な当主の佇まいをしており、エリサと目を合わせない。もちろん会話もない。スープとパン、蒸し野菜、肉料理を急いで食べ、食後の団らんに備えた。
そうして食事を終え、部屋に戻ろうとするとアベルが「エリサ」と呼んだ。
(はい、待ってました~!)
「はい、アベル様」
エリサは思わず満面の笑みを返した。周囲のみならず、アベルまでがその場で固まる。
「どうした、エリサ。なんだか機嫌がいいな」
「えっ」
アベルからの不審げな声にエリサはハッとする。
(あっぶなー……思わずご機嫌で返事しちゃった。アベル様、あやしんでるよね……)
「ついに君もこの結婚生活に慣れてくれたんだな」
(あ、よかった、全然気づいてないわ)
エリサはうつむいて「アッ、ハイ」と適当な返事をした。それでもアベルは無表情ながらも喜んでいる様子だった。
(子犬が尻尾振ってるみたいなオーラを出すわね。まぁいいわ。今からの団らんで、アベル様の不在日を聞き出すのよ!)
アベルの機嫌を窺って情報を引き出す作戦だ。エリサはいつものようにアベルの部屋へ行き、二人の時間を過ごした。
とはいえ、最近のアベルはエリサをソファに座らせ、自分は机に座って溜まった書類に目を通している。ただ、時折顔を上げてはエリサを見てほんわかと笑む。
ただそこにいればいいという要望だが、エリサにとっては手持ち無沙汰なので何もすることがない。本を持っていったり編み物をしてみたりと何かしているのが日課になっていた。
「今日は何も持ってないんだな」
目ざといアベルが唐突に言い、エリサはドキッとした。
「えぇ、今日は……ちょっと」
「そうか」
アベルは大して興味なさそうに返した。こちらもこちらで、わざとらしくよそよそしい。
ちなみにエリサはアベルが王宮へ出向いた日、町へ降りたことを一言も告げなかった。アベルもそのことを咎めないのでバレてないのだろう。
エリサはソファに座り、しばらく考えた後「あ、あー」とわざとらしく声を上げた。
「アベル様、お茶にしませんか?」
「お茶?」
「私が淹れてさしあげますわ。ほら、お体の方もきちんと治ったのか心配ですし」
「エリサが、俺を、心配?」
アベルは驚愕に目を見開いた。そして、顔を覆ってがっくりと項垂れる。
「え? えぇ? アベル様!? 大丈夫ですか? お体、まだ調子が悪いのでは!?」
思わず駆け寄ると、アベルは身を翻してエリサから距離を取った。
「大丈夫だ!」
「でも、近づかないとお加減が分かりませんわ。ほら、お顔も赤くなってる」
「そりゃ赤くもなるだろ! エリサが可愛すぎて、まともでいられるわけがない!」
アベルは顔を真っ赤にさせて言うと、エリサから一定の距離を保ったまま、ソファまで移動した。
(最近は近づいても平気になったかなと思ったのに……まだ魔法の制御ができないのね)
エリサは呆れ、使用人をベルで呼んだ。ほどなくしてメイドが一人やってきたのでティーセットを用意するよう頼む。
「それじゃ、お茶にしましょう」
そう言ってメイドが用意したティーセットでお茶を淹れる。
あらかじめ、イヴリンに頼んでいたハーブもお茶に加え、茶葉が十分に抽出されてからカップに注いだ。ふんわりと立つ湯気にハーブの爽やかな香りが混ざり、気分が落ち着いてくる。
「はい、どうぞ」
「あぁ、うん、いただこう」
アベルはぎこちない動きでお茶を受け取ると、慣れない香りなのか首をかしげた。
「これは」
「これはイヴリンに頼んで庭師から、庭のハーブを厳選してもらい、私が茶葉に混ぜて淹れました。アベル様のために」
理路整然に素早く答えると、アベルは納得してお茶を口に含む。
ゆっくり飲み下し、それからなぜか目に涙を浮かべ始めた。
「エリサが……俺のために……」
「何も泣くことないでしょう!」
(今からこんなじゃ先が思いやられるんだけど!)
アベルの情緒不安定さにさらに呆れてしまうエリサは、うんざりしながらお茶を飲んだ。ちゃんとおいしい。
そうしてひと心地つき、エリサはアベルの気が済むまで待った。
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