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6-2 内緒の出会い

 エリサはバランスを崩したが、なんとか倒れずに済む。

 しかし、ぶつかった者は地面に転がっていた。まだ十歳ほどの少年だった。

 すぐにイヴリンがエリサの様子を窺う。


「奥様、大事ないですか?」

「私は大丈夫よ。それより、ねぇ、あなた大丈夫?」


 エリサは持っていた荷物をイヴリンに預け、すぐに子供に駆け寄った。

 どうやら子供は足をくじいたようで、起き上がっても苦悶の表情を浮かべている。


「あぁ、ダメよ、無理しないで。捻挫しちゃったのね……私がよそ見してたばかりに、ごめんなさいね」

「ううん……ぼくも飛び出してったから……あ、イタタ!」


 少年の足首を見ると、わずかに赤くなっている。このまま放置するのは良くない。

 エリサは背中を少年に向けた。


「ほら、おぶってあげる。お家はどこ?」

「奥様、それなら私が!」

「イヴリンは荷物を頼むわ。ね、君、お家に帰りましょう。案内してちょうだい」


 エリサは少年に言い聞かせ、おんぶするとヨロヨロと立ち上がった。


「ふぅ、大丈夫よ。まかせてね」


 そう言いながら少年の案内で家まで向かう。彼は粉屋の子供で、名前をリックといった。


「おつかいの帰りだったんだ。走って帰ってたらぶつかっちゃった。ごめんなさい」

「ううん、いいのよ。さて、お家はそこかしら?」

「うん!」


 そんな会話をしながら、町からわずかに外れた風車のある家までたどり着く。

 イヴリンが戸を叩くと、中からふくよかな中年女性が出てきた。怪訝そうに見る。


「はい、どちら?」

「あぁ、すみません。町でリックくんとぶつかってしまって、お届けに上がりました」


 エリサが言うと、女性はすぐに顔色を変えた。


「まぁまぁ! それは大変ご迷惑を。上がってちょうだいな」

「失礼します」


 エリサとイヴリンはリックを連れて家に上がった。こじんまりとした室内で、暖炉が焚かれている。休憩中だったのか、テーブルには飲みかけのお茶が置いてあった。

 ひとまず、リックを暖炉そばの椅子に座らせる。

 ズボンの裾を上げると、くじいた足はさらに腫れていた。


「これはなかなかひどいわね」


 エリサは足を調べながらつぶやいた。

 リックの母親も覗き込んでくるが「大げさよ」とあまり取り合わない。


「ほっときゃ良くなるわよ。リック、今日はもういいから休んでなさい」

「はーい」

「ダメよ、待って。ちゃんと直しておかないと、捻挫は癖になりやすいのよ」


 慌てて言うエリサだが、全員キョトンとしている。


「そうは言うけど、捻挫の薬なんてうちにはないよ。ちょっと温めて寝てればいいさ」


 母親はやはり軽く考えているようだ。エリサは唇を曲げて逡巡する。


「わかった。ちょっと待ってて」


 そう言うと家を飛び出した。


「奥様! いったい何をなさるんです?」


 慌てて追いかけてきたイヴリンが問いかける。エリサは立ち止まり、イヴリンに指示した。


「熱いお湯であの瓶を消毒してね。それと、湿布用のお湯と布も用意して。私は薬草を探してくる!」


 そう言い残して野原へ走っていった。エリサが作る回復薬用の薬草は意外と道端に生えている。

 とくに捻挫はよく起こりやすい怪我なので、旅人が採取しやすい場所にあるのだ。


「ただ、たくさん使うと副作用が出やすいのよね。ま、薬はだいたいそんなもんか……あ、あった」


 エリサはいくつか薬草を摘むと、もと来た道を急いで走った。


「ただいま! イヴリン、準備できた?」

「はい、なんとか!」


 イヴリンは戸惑う母親と一緒にエリサの指示通りのものを用意していた。

 テーブルに物を置き、エリサは長い髪の毛をスカーフで結ぶとさっそく摘んだ薬草を乳鉢と乳棒ですりつぶした。


「こうして少しすりつぶすだけで、葉っぱからたくさんエキスが抽出されるの。それを、煮沸消毒した瓶に入れて……」


 エリサは瓶の口に手を当て、片方の手で瓶の底を持った。息を吸い、ゆっくりと吐く。

 すると、瓶の中がパァッと明るく光る。リックも母親も驚いて目を丸くし、イヴリンはあんぐりと口を開ける。

 数秒後、瓶の中にはたっぷりのポーションが出来上がっていた。


「さぁ、リック。これを飲んで」


 エリサはポーションをスプーンに並々入れ、リックの口に突っ込んだ。リックは不安そうに目をつむったが、口に含んで飲み込むとスッキリした顔になった。


「おいしい! 薬なのに!」

「ちゃんとおいしい味つけもしましたからね」


 たしかにこの世界の薬は苦いものだ。これは前世の知識が生きた結果だ。現代日本は子供や年配者が飲みやすい薬をたくさん開発している。エリサが薬剤師として生きていたときはあまり携わることのない分野だったが、飲みやすい薬を考えるのは好きだった。


「うん、これで捻挫は大丈夫でしょう。大事をとって、湿布も忘れないでね」

「うん! ありがとう、お姉ちゃん!」


 リックはすっかり元気を取り戻した。その様子を見ていた母親はまだ信じられないといった具合で、リックの足をおそるおそる見る。


「ひゃー、本当に腫れが引いてるよ。すごいねぇ、あんた」


 母親は感心し、エリサを労った。


「大したことはしてないわ。今回は私がよそ見してたせいだから、これくらいは」

「それでもすごいよ。まぁ、なんとお礼を言ったらいいか……あぁ、あたしはフリーダだよ。フリーダ・ザクセン。仲良くしておくれ」

「まぁ、フリーダ。ありがとう。私は……エリー。エリーって呼んで」


 エリサはなんとなく本名を知られないよう誤魔化した。

 背後でイヴリンが気まずそうな顔をするが、主人の動向を咎めることはできず、黙って見守っている。

 エリサとフリーダは握手すると、フリーダの厚意でお茶をご馳走になった。


「その腕とスキルがあれば、薬屋だってできそうなもんだけどねぇ。この町は薬問屋が一軒だけだし、何かと不便ではあるんだよね」


 すっかり打ち解けたあと、フリーダが笑いながら言う。

 これにエリサは「またまた~」と笑ったが、一瞬真顔になると脳内であらゆる図式が思い浮かんだ。


(私が薬屋をやる……そうなれば、お金が稼げる。一人でも生きていける資金が集まれば、アンベール家から脱出することも不可能じゃない。離縁できる!)


 ピシャーンと頭の中で一筋の稲光が走った。


「いける」

「何がです?」


 すかさずイヴリンが横槍を入れたが、エリサは構わず立ち上がるとフリーダに頭を下げた。


「お願い、フリーダ! ここで薬屋をさせてもらえないかしら!?」


 その勢いにイヴリンが「えっ!」と短く声を上げ、フリーダはあっけにとられる。リックは「わぁ」と手を叩いて喜んだ。


「母ちゃん、そうしようよ! ぼく、このお姉ちゃん面白いから好きだよ!」

「子供は黙ってなさい! でも、本当にうちで薬屋をやるのかい?」

「お邪魔だとは思うけど、お庭で露店でもいいからやらせてほしいの! 粉屋さんのお邪魔はしませんし、なんなら家賃もお支払いします! なので、どうか!」


(ここだと屋敷の反対側だから、アベル様の目を誤魔化せそう、かも、しれないし!)


 フリーダはエリサの勢いに、困惑を示したが笑いながら口を開いた。


「そんな、家賃までなんて。まぁ、間借りという形でなら、ちょうど納屋があるからそれを使ったらどうだい?」

「いいの!?」

「あぁ、うちでいいならね。ロバがいるから多少は臭いかもしれないけどさ」

「全然構わないわ! むしろ屋根がある場所でやらせてもらえるなんて最高よ!」


 エリサは感激のあまり、フリーダの手をしっかり握ってブンブン振った。

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