5-2 公爵様の重い片思い
その頃、エリサはガーデンでお茶を飲みながら、昨夜のことを考えていた。
「昨夜のキス、みんな見てたわよね……最悪。私、人前ではキスできないのに」
そんな主人のつぶやきに、イヴリンがダラダラと冷や汗をかく。
「お、奥様、声が漏れてますよ」
「え、あ、あははは! あー……もう死にたいかも」
「奥様!? やだ、死なないでくださいぃ~!」
エリサの情緒不安定に振り回されるイヴリンは、いちいち本気に捉える。
しかしエリサはあまり構わず、頬杖をついて呆けていた。
(でも、なーんか怪しいのよね。あの怪我もわざとなんじゃないかって。私のこと、どこまで知ってるのかな。私が回復薬生成のスキルを持ってるのを知ってて、その力を試したかったとか? いや、でもそうだと私をまず最初に叩き起こさないとだよね。うーん……?)
どうにもアベルの思考が分からない。
「とにかく、ヤンデレはダメよ。なんでもかんでも破滅的な思考回路になるんだから、ああいうタイプは。しかも魔法も暴走しがちだし」
そう言って立ち上がる。ほだされてはならないと胸に誓い、お茶をぐいっと一気に飲み干した。
「愛情に飢えてて、家柄という呪いに縛られた孤高……なのに、なぜかほぼ庶民の私に執着して独占しようとする。ここが謎なのよ。本人に訊くのは早いけど、でも極力会いたくないし、本人も話さないだろうし。あれ? そう言えば、今日はアベル様もウィルフレッドも見てないわね」
独り言から質問に変えると、イヴリンが一歩遅れて反応した。
「旦那様は早朝より、王宮で国王陛下と謁見のためお出かけなさいました」
「あぁ、どうりで。昨日の討伐からすぐに謁見だなんて、公爵様のお仕事は大変ね……」
ここから王都までは馬車で四時間かかる。日帰りで行ける距離だとしても、馬車での移動はそう楽ではない。
「じゃあ、まだ帰ってこないわよね」
エリサは静かに言った。後ろでイヴリンが察したように「え」と声を漏らす。エリサは満面の笑みで振り返り、腰に手を当てた。
「町へ行きましょう!」
(こうなったら気分転換にお出かけよ!)
エリサはすぐにティーセットを片付け、イヴリンを伴って屋敷へ入った。
当然、人の目を盗み、コソコソと入る。どこにアベルやウィルフレッドの手先がいるかわからないからだ。
正面玄関はもってのほか。メイドたちが出入りする扉や裏口もダメ。
庭師のホルストが出入りする通路もあるが、彼の口の軽さを考慮し、こちらも使えない。
今回はしかたなく、中庭の渡り廊下から出入りしたが、吹き抜けになっているこの空間も安全とは言い切れない。
「早いとこ、外へ出る抜け道も探さないとね……あ、そうだわ、イブリン」
「はい、なんでしょう、奥様」
おどおどしながら周囲を見ていたイヴリンが返事する。
エリサは思いつきを口にした。
「あなたの服を貸してもらえない?」
「えっ……」
イヴリンの顔がさらに青くなる。
しかし、ここで引くわけにいかない。彼女が何を危惧しているかはなんとなく想像はつくが、この絶好のチャンスを逃すのは惜しい。
「お願い! お願い! おねが〜〜〜〜〜い!」
三回拝み、しまいにはすがりついた。
「どうか! 私に御慈悲をください! イヴリン様ぁ!」
「ひぃぃっ! おやめください! 奥様! わ、わかりましたからぁ!」
そうして、イヴリンの部屋に入り、なんとか私服を貸してもらうことに成功した。
「これなんていいわね! 素敵だわ!」
エリサはイヴリンが出してきた私服をいくつか見た。
主に灰色や茶、ボルドーなどのくすんだカラーのドレスが多い。どれもワンピーススタイルになっており、イヴリンの髪色によく似合うものばかりだ。
「これにするわ!」
エリサはウキウキと手を伸ばし、地味なボルドーのドレスを取る。
ちょうどふたりとも服のサイズが同じだったのでピッタリだった。コルセットも簡単なものだったので、緩めに締める。スカーフを巻き、変装完了。
だが、イヴリンは気が気でなく、常に冷や汗をかいて「いいのかなぁ、大丈夫かなぁ」と不安げだった。
「だって、アベル様からいただいた服はどれも派手なんだもの。黄色とかピンクとかアイスブルーとかね。確かに私の見た目には合うかもしれないけど、私の趣味はこうじゃないのよ」
それから、イブリンも着替えさせられ、ブラウスと深緑色のスカートになった。
イヴリンの頭にもスカーフを巻き、二人でコソコソとメイド用の扉から屋敷を抜け出す。
幸い、メイドたちはその場にいなかったので、誰にも見つかることはなかった。
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