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5-1 公爵様の重い片思い【side:アベル】

※本作はアルファポリスに掲載している作品を加筆修正しています。

※カクヨムにも投稿しています。


【登場人物】

エリサ・アルヴィナ・アンベール…アンベール公爵夫人。ポーション作りのスキルがある転生者。

アベル・アンベール…公爵。エリサの夫。『青炎の死神』として恐れられている。

ウィルフレッド・ジーベルト…アベルの執事。

イヴリン・ゲルマー…エリサの侍女。

フリーダ・ザクセン…町の粉屋のおかみ。

リック・ザクセン…フリーダの息子。10歳。

 アンベール公爵邸はミシェーラ国との国境付近に位置する。

 近隣は連峰だが、屋敷周辺には村と町が広がっており、麦畑や果樹園、小さな市場などがある。

 人々は慎ましく暮らしており、領を治めるアベルは呪いの噂はありつつも比較的良い領主として知れ渡っていた。


 というのも、青炎の魔法は主に魔獣討伐に有効な魔法のため、ノルデン・フェルトは魔獣の被害を受けることがない。ただ、アベルのみが所有する魔法ゆえに国王や貴族らは自領が魔獣の被害を受けた際は、アベルを緊急招集することがある。

 昨夜は騎士団やハンター、魔法使いの力をもってしても魔獣討伐がかなわず、アベルが招集されることとなった。

 しかし、到着すれば彼らはすでに撤退しており、近隣住民たちが襲われるという惨劇が起きていた。人を襲った魔獣はかなり大きく成長しており、二階建ての建物くらいはあった。


 アベルは一人で立ち向かい、一撃必殺で片付けようとしたが逃げ遅れた村人を守るために負傷したというのが事の顛末だった。


 それを国王へ報告するため、アベルは王宮に足を運んでいた。玉座に座る壮年の国王は優しげな眼でアベルを見つめ、うなずきながら話を聞く。


「今回も我がロズヴィータ国と国民のため、よくぞ魔獣めを討伐してくれた、アベル・アンベール公爵。しかし、大怪我を負ったと聞いたぞ。大事ないのか?」


 アベルはひざまずいたまま答えた。


「陛下のご心配には及びません」


(騎士団たちが撤退していなければあんな大怪我にはならなかったんだがな)


 内心では苛立っていた。


(大方、どこか貴族の嫌がらせだろうな。俺を失脚させたい輩はいくらでもいるが、だったら魔獣は誰が退治するんだ。大した力もないくせに他人の足を引っぱることばかり考えていやがる)


 そんなことを考えていると、国王が「ところで」と話を変えた。


「最近、妻を娶っただろう? かの名門魔法使いのアルヴィナ伯爵の娘だったな。新婚生活を邪魔して悪かったが、調子はどうだね」


 まさか国王から新婚生活のことを聞かれるとは思わなかったアベルは、驚いて顔を上げた。


「い、至って、順調でございます」


「ん? なんだか濁すようじゃないか。さては君、奥方にも冷徹な態度なのか? ダメだよ、夫婦円満のコツは譲ることだ。もちろん、夫側がね。妻の機嫌を損ねるようなことをしてはいけないんだ。とくにアンベール家はいろいろあるんだから」


 急に厳かな雰囲気を崩した国王は前のめりになって説教した。アベルは気まずくなり、俯いて適当に相槌を打った。


「ほら、そうやって適当に頷かない! でないと、またアンベール家から夫人が逃げていくでしょ。昔、君の父上にも何度か言ったけどね、どうも君たち一族は女性の心を掴むのが下手なんだね」


 それからも国王は長々と話したが、結局「そのうち顔を見せに来なさい」と言って締めた。

 報告よりも新婚生活の話が多くを占め、気づけばなぜか疲労感が全身を覆っていた。

 外で待つウィルフレッドの元へ向かう。


「アベル様、国王様への謁見、お疲れ様です」

「あぁ、ウィル。支度は済んでるか」

「えぇ、すぐに」


 そう言って、二人は馬車に乗り込んだ。王宮の使用人や兵士たちが訝しげに見ていたが、王宮では基本的にはれもの扱いされるのが常なので大して気にしない。

 馬車に入れば、二人は幼馴染に戻った。


「あー……疲れた。城はやっぱり嫌いだ。堅苦しくて合わん」

「国王様の話、長かったなぁ。何をそんなに長話してたんだい?」


 気だるげに背をもたれるアベルに、ウィルフレッドが笑いながら訊く。アベルは苦々しい表情で答えた。


「夫婦円満のコツ」

「ぶほっ! あぁ、失敬。いや、しかし国王様みずから、夫婦円満のコツをね……さすが子だくさんの子煩悩王だ」

「そう、だから無下にするわけにいかんだろう」

「いや、国王様なんだから何事も無下にできないだろ」


 ウィルフレッドは呆れてツッコミを入れたが、やはり面白かったのか肩を震わせて笑う。

 アベルはほっとくことにし、エリサのことを考えた。彼女のことは長年調べた甲斐があって性格や生活習慣、趣向などは頭に入っている。

 しかしこれからは毎日新しい情報を更新できるので、彼女と片時も離れたくなかった。


(大変だったな……彼女を知るために王都での仕事を引き受けて、魔獣討伐もして、いろんなことに首をつっこんで……アルヴィナ家と親しくなるために彼女の兄妹を王宮務めに推薦したり。うん、俺はいろいろ頑張った)


 その代償に、有能アベル・アンベール公爵という名が知れ渡り、国王に気に入られるまでになったことで成人した今でも命を狙おうと企む者が後を絶たない。

 ゆえに鍛錬し魔力に磨きをかけ、強大な力を得たことで常に魔法を身にまとうことができるようになったが、エリサへの愛が暴走すると魔力に影響が出てしまうのは誤算だった。


(彼女に触れるだけで心臓が跳ね上がるし、今までずっと会わずにいたからその反動のせいかもな……慣れていくしかない)


「おい、アベル。エリサ様のことを考えてるだろ」


 そう言われ、ハッと我に返る。馬車が浮き上がっていたので、馬が驚いて鳴いていた。


「あぁ、すまない。まったく、魔力が強いとすぐこうだ」


 魔力をコントロールし、馬車を地面に下ろす。馬はまだ興奮気味で、しばらくその場で止まった。


「君のエリサ様への愛が重すぎるのが原因だと思う……だって、いつもはコントロールできるだろ」


 ウィルフレッドの言葉に、アベルは腕を組んでため息をついた。


「しょうがないだろ。我が愛しの妻、エリサ。これからは毎日一緒にいられる。そう考えるだけでも、あぁ、ほら……ドキドキして死にそう。生きててよかった……!」


「キャラがブレるからやめてくれないかなぁ!? その冷徹顔で何をそんな初心な少年みたいなこと言ってるんだ!」


 ウィルフレッドは顔を覆ってさめざめと泣き真似した。


「そりゃ今まで、エリサ様をお迎えするためにいろいろやってきたよ。彼女と仲がいい人達から情報を集めたし、彼女と親しくなりかけていた男たちは片っ端からいい職に就かせて遠ざけたし、彼女が飢えないよう食事させろと町の人を脅してたし……本当に、今まで裏でやってたけどさぁ」


「あの頃が割と楽しかったな。すべてはエリサのため。それが生き甲斐だったが……今はもうそれもやらなくていいしな。暇になったと言えば暇だな」


 ウィルフレッドは遠い目をするが、アベルはあっけらかんとする。そんな主人兼幼馴染に対し、ウィルフレッドは眉を吊り上げた。


「じゃあエリサ様ともっと一緒にいなよ。なんで誓いのキスも初夜も省いたんだよ」

「だって恥ずかしいだろ。急にそんなことできるわけない」

「バカじゃないの!? 結婚して初めてのイベントを台無しにするの、本当に意味分かんないんだけど!」

「じゃあお前はできるのか! 十年間、ずっと陰で見守ってきた彼女が急に目の前に現れて、目が合って、話をしてもいいって、そんな環境になって! そりゃもちろん理性は吹っ飛んださ! そのせいで神殿も吹き飛ばすかと思ったんだ! よく耐えたと思うよ、俺は!」


 勢いよく言い返したアベルは肩で息をし、頭を抱えた。ようやく馬車が動き出す。


「あー、いっそのこと理性も飛ばして、二十四時間エリサを抱きたい……毎日手をつないで一緒に歩きたいし、夜会では完璧にエスコートしてそっと会場から抜け出して星を眺めながら愛を囁きたい。でもそんなことしたら絶対殺してしまう……魔力のせいで」


「極端なんだよなぁ……ちょっと本気で一時的な魔力封じの魔法とかあったら、アルヴィナ伯爵から教えてもらいなよ」


「そうしたいけど、もうあの義父に会うの嫌だ。あいつ、エリサを虐げてきた男だぞ。エリサに対してなんの愛情もないあの目! 最悪だろ! いっそ殺したいくらいなのに……二度とエリサをあの家に近づけるものか!」


 情緒不安定なアベルに、ウィルフレッドは付き合いきれないとばかりに窓へ目を向けた。


「まったく、エリサ様が気の毒だ」

「なんでエリサが気の毒なんだよ。今まで愛されず、虐げられてきたかわいそうなエリサを、今度は俺が深い愛情で甘やかしてやるんだ。それの何が気の毒なんだ」

「あのエリサ様が、それを本気で望んでるとは思えないけど」


 ウィルフレッドはズバッと斬り込んだ。しかしアベルはまったく聞く耳を持たない。


「なんでかなぁ……どうしてこう、エリサ様のことになると周りが見えなくなるんだよ。僕でさえ、彼女と少し話しただけで溺愛NGだって分かるのに」


 そうボソボソつぶやく執事の言葉も一切耳に届いてなかった。


「今朝はエリサに会えなかったからな……彼女、何を食べたかな」

「え? あぁ、今朝は軽くスープとパン、卵料理を召し上がってたよ」

「そうか。エリサは朝が苦手だからなぁ。滋養のあるものを食べさせて、もっと太らせないと。あのままじゃ細くて触れるのも怖い。実家ではろくな食事もできなかったというし、あの実家は今にでも潰したいほど憎らしいが、エリサに嫌われたくないからなぁ」


 そう言ってアベルはチラリと馬車のカーテンを開けた。一方、ウィルフレッドは「こわ」と引いた目をする。


「ふむ、ちょうどこの付近にアルヴィナ家があるな」

「アベル、吹っ飛ばしちゃダメだからね?」


 瞬時に悟ったウィルフレッドが笑いを引っ込めて言う。アベルは「冗談だ」と返し、舌打ちしてカーテンを閉めた。


「君はエリサ様のことになると、なんでいつも破滅的な思考回路にしかならないわけ? 友人として本気で心配」

「そりゃ、エリサが大事だからに決まってるだろ。何言ってるんだ」

「その僕が変なこと言ったみたいな空気出すのやめろよ。君のほうが百倍おかしいからな」


 ウィルフレッドは冷ややかな目をした。


「ちなみに、昨日の大怪我はエリサ様に介抱してもらうためにわざとやったわけじゃないよね?」

「見損なうなよ、ウィル。さすがにそんな考えはなかった」


 しかし、アベルはハッとし、顎をつまんで思案した。


「その手もあったな」

「あったな、じゃないよ! ダメだよ! 普通に人でなしだよ!」


 ウィルフレッドは「人の善意をなんだと思ってるんだ」と本気で怒る。アベルは顔をしかめた。


「もちろん、あんな大怪我を見せたらショックを受けるだろ。だから遠ざけてたのに、まさか見つかるとは思わなかった。そして、そのあとも」


 そこまで言って口を閉じる。しかしウィルフレッドは目ざとく悟り「あ!」と大げさに驚いた。


「あー! 君、わざと気絶したフリしたな! キス待ちしてたんだ! 最低! 人でなし!」

「ウィル、殺されたくなかったらその口、今すぐ閉じろ。絶対にエリサに言うなよ」

「言うもんか! 恐ろしくて言えないよ!」


 ウィルフレッドの想像は当たっていた。確かに気絶しそうなくらい意識が朦朧としていたが、ここで起きなかったら彼女は必死に蘇生しようとするだろうと考えていた。きっと彼女はそうすると。あのキスは人生で最高の瞬間だった。


 もう一度あの甘い瞬間を味わいたい。しかし、自分の魔力とこじらせた愛情が邪魔をする。また同じように魔力を消耗したらいけるだろうか。


(今度はどうやったらまたエリサと触れ合えるかな)


 味をしめたアベルは次の策を考える。そのたびに何度か馬車が宙に浮き、帰路は一向に縮まらなかった。

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