4-3 執着愛を止めて
「あの、奥様、何を……」
メイドが声をかけるが、エリサは答えずにただグラスの中にある薬草へ意識を集中させた。
その瞬間、ふわりと小さく淡い緑の光がエリサを包んだ。グラスに置いた手に光が集中する。
やがて薬草は淡い緑の光を放つ液状となった。
「ポーション!?」
唐突にイヴリンが合点した声を上げ、全員が目を丸くしてこの光景を見た。
エリサに備わるスキル──薬草をポーションに変えること。主に生成できるのは回復薬。
この国の誰も、魔法使いでさえこんな能力を持つ者はいない。唯一無二のスキルだ。
「こんな奇跡みたいな力……」
「いったいどうやって」
「素晴らしいわ!」
エリサは周囲のどよめきに一切構わず、回復薬の精度を瞬時に調べた。
「うん、光が一定時間残ってる。完璧な仕上がりだわ。アベル様、この薬を飲んでください」
エリサはアベルの口元にグラスを近づけた。しかし、彼はもう意識を失っている。
「アベル様! ダメよ、戻ってきて! 死んじゃうわ!」
呼びかけにも応じない。熱はどんどん高くなり、息も荒くなっていく。
「こうなったら」
エリサはグラスを傾け、回復薬を口に含んだ。そのままアベルに口移しする。
なんとか薬を飲ませることができ、エリサはそっと口を離した。全員が固唾を呑んで見守る。
やがて、全身の出血が止まり、熱も徐々に引いていった。アベルの表情も和らいでいく。
「よかった……」
ホッと息をつくと、全員が歓声を上げた。
「エリサ様! 素晴らしいです!」
「お見事でございました! まさか、このような能力をお持ちだとは」
そう口々に言う使用人の中で、イヴリンは涙ぐんでいた。
他のメイドたちも緊張の糸が切れたように泣いたり笑ったりする。なんだかんだここの使用人たちはアベルに畏怖し、敬意を持っているのだとわかった。
「……騒がしい」
意識が戻ったのか、アベルがうるさそうに言う。エリサは脱力し、その場にしゃがんだ。そんなエリサを支えるようにアベルの手が伸びる。
「エリサ」
「お加減はいかがですか?」
彼の手を取り、顔を上げる。アベルの顔の生々しい傷はすっかり塞がった。
「楽になった。君のおかげだ、エリサ」
そう言って彼はエリサをぐいっと引き寄せ、抱きしめた。
「アベル様、魔法……! 暴走……!」
「魔力が消耗したから大丈夫だよ」
小さな声で言われ、エリサは思わず赤面した。ドキッと鼓動がし、アベルにしがみつくような格好で固まる。
「やはり君の才能は素晴らしい。いいや、君自身すべてが素晴らしい」
「や……でも……そう頻繁に役に立つものじゃないですよ」
彼の優しい言葉に、つい卑屈な言葉をぶつける。
ふと、幼い日のことを思い出した。自分も何かの役に立てるかもしれない──両親に認められるかも──そう考えていたが、あっけなくその思いは砕かれた。
「だって、親も兄妹も、魔法じゃない能力なんて、無価値だって。使う機会もないですし」
「そんなことはない」
アベルはエリサの腕を掴み、顔をまっすぐ見つめた。
いつも二人きりのときに見せる潤んだ瞳を向けてくる。そして、何か言いたそうにするが、目を伏せて含むように笑った。
「そんなことは、ないよ。エリサ」
そう言うと彼は、エリサをまた抱き寄せた。
「お前たち、ご苦労だった。部屋に戻っていい」
厳格な調子でメイドたちに命じる。これに彼女たちはあっけにとられていたが、主人の命令には素直に従う。
ウィルフレッドも空気を読み、メイドたちを追い立てながら部屋を出ていった。
しんと静かになる。
「……アベル様、あの、離して」
(いつまでこうしていなきゃいけないのよ!)
さすがにずっとアベルにしがみつく体勢がつらい。
「離したら君は逃げるだろ」
「え、まぁ、そうですね」
「じゃあ嫌だ」
「この体勢きついんですけど!」
「だったら、俺の膝に座ればいい。ほら」
そう言ってエリサをくるっと翻し、膝に乗せる。後ろから抱きしめられる形になり、エリサは恥ずかしさのあまり頭を抱えた。
「あの、アベル様……お怪我に障りますよ」
「心配ない。君が治してくれたからな」
そう言って彼は甘えるようにエリサの首に顔をうずめた。柔らかい感触がそのまま、首筋を食む。
「ちょ、アベル様……!」
「ずっとこうしたかったんだ。今なら大丈夫。魔法も暴走しない」
しかし、そう言った瞬間に暖炉の火が一気に燃え上がった。エリサだけでなくアベルまでも驚いてハッとする。
「暴走してるじゃないですか!」
エリサは大声で抗議し、無理やり立ち上がった。
「あぁ、エリサ!」
「もう、心臓に悪いですよ! 金輪際、大怪我しないでください! 絶対に治しませんからね!」
「待って、エリサ! 今日くらいはせめて一緒に!」
「お断りします!」
ピシャリと言い、エリサはその場から逃げ出した。
居間を開けると、ウィルフレッドが立っていたが構わず部屋に逃げる。
(だって、明日の朝、一緒にいたらアベル様の魔法が暴走するだろうし、執着が重くなるのは目に見えてるし!)
部屋の扉を閉め、ずるずるとしゃがみこむ。胸がまだドキドキしている。
「止まれ、心臓!」
しばらく寝付けなかったのは、誰にも言えなかった。
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